大和守安定くんに焦がれられる
旧・××が欲しい
人の体を得て視覚を五感を得てそこから得られるものすべてに感情を映そうとしてしまい近頃は頭とも心とも言えないどこかが酷く疲れることが増えた。加洲清光に相談しようにも自分の中ですらなんとも説明し難いこの心情(という言葉が正しいのかも怪しい)を上手く伝えられる自信もなければ、そもそもあいつに相談事だなんておかしくてやめた。夜明けの冷たい空気が肌に気持ちが良かった。澄んだ空気はよく冷えていて身が締まる思いで鼻がつんと沁みようが手指が凍えてしまおうが気にならなくて、芯が冷えるまで本丸の庭園を散歩した。しゃりしゃりと霜を踏むかすかな感覚を草履をはさんだ足裏に感じながら、昇る太陽に照らされる花木を目に、最近覚えたため息をつけば真っ白なもやが現れた。

「今朝もよく冷えてますね」
「主さま、おはようごさいます」

おはようございます、と丁寧なお辞儀を返す主さま。沖田くんじゃない僕の主は、主なんて呼ぶのも憚れるくらいの女の子でその手に刀を握ることは無い。僕の朝の散歩の時間を知ってか知らずか同じ時間に鉢合わせる。もしかしたら僕が本丸に来る以前から朝の散歩が彼女の日課だったのかもしれない。とにかく僕と主さまは毎朝毎朝こうして足元に朝もやが残るような時間に顔を合わせては挨拶を交わし、天気の話をし、庭園の花木の話をした。僕の指先が赤く凍っているのを見て主さまはその柔らかな両手で包み「冷たい」と笑った。僕の肩の高さあたりに咲いたその笑顔は昨日の夕方遠征から戻った堀川国広に向けられていたものだ、僕の凍った手を包むあたたかく柔らかなその手は昨日の夜に出陣から戻った加洲清光に強請られ頭を撫でてやっていたものだ、大切な宝物をそうするように僕の手に寄せる桃色に染まった頬は一昨日の昼下がり三日月宗近の手に優しく撫ぜられていたものだ僕を見つめる黒いまつげに縁取られた澄んだ瞳は3日前の遠征に向かう鯰尾藤四郎の背中を見つめていたものだ「お腹が空いたでしょう」といたずらに微笑む口元その言葉はいつも今剣や五虎退にむけてられているものだ僕の手を放し零れた髪を掛ける真っ白な耳はいつか足を滑らせ転げそうになったのをとっさに同田貫正国に掴まって驚き真っ赤に染めていたものだ。ならばその柔らかく微笑む薄紅色のくちびるは白くすべらかで丸い顎の柔らかな輪郭はあたたかな血の管が走る首筋は僕も知らないその着物の下は笑ったくちびるのその奥に覗く真っ赤な舌は?今はこの瞬間あるいは僕のものであったとしても瞬き一つのその後には誰のものになっているんだろう。朝食に向かう主さまがよく開いた赤椿の横を通り過ぎていく。鮮やかで硬い緑の葉は刺せば血が溢れそうなほど鋭く冷えていた。

月にやわらかく照らされた赤椿が音も無くころりと地面に首を落とした。ああ美しいものは首が落ちるものなのか、いまアレを拾ってしまえばアレはずっと僕のものなのか。

「どうして」

床についた主さまに跨ってそっと首元に舌を這わせる。ぬるりと光る、目星をつける。緊張に血の気を失った真っ白なくちびるは僕だけのものだろうか浅く短い呼吸に上下する胸は僕だけのものだろうか壊れたからくりのようにひくりと不自然な動きをする手指は僕だけのものだろうか次第に布団越しの主さまの温度を感じる「やすさだ」どうして、と繰り返されても、僕にはなんとも説明し難いこの心情(という言葉が正しいのかも怪しい)を上手く伝えられる自信がないのだ。柄を握った手に汗が滲んでいる。僕から零れた涙が主さまを濡らした。

「ごめんなさい。僕、主さまが欲しいんだ」

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