紫原くんとあまいもの
俺だって普通のスウィーツ食うし。ゲテモノ大国出身の劉ちんにすら「菓子界のグラップラー」とか言われるけど、別にいっつもいっつもパンチ効いたもん食ってるわけじゃないし。普通に期間限定とか新商品とか気になるし、むしろコンビニスウィーツ部門では俺クラスの女子に負けないし皿とかブランケットとかもらえるシール集めるの超早いし、だから別に俺が普通に、普通のシュークリームとか食ってるだけで驚くの失礼だから。学食のデザート菓子パンとか超好きだし。キムチ味とかディアボロ風とか書いてないからって俺が興味ないとか偏見だからマジで。

だから金曜日限定で学食に並ぶ菓子パンのマロンパンだって別に普通に好き。でも個数限定だしそもそも金曜日限定だし俺のクラス食堂から遠いしそういうのの所為でマロンパンゲットできるのっていっつもギリギリ最後の2個とか最後の1個とかで、学食のおばちゃんに「まにあったねー」とか笑われたりする。ホイップクリームにカスタードクリーム、マロンホイップに栗の甘露煮のちっちゃいのがコロコロ入ったマロンペーストがたっぷり。超甘い。普通にうまい。だからそれだけ。うまいから買うって、それだけ。それだけなのに食堂でたまたま会った室ちんと劉ちんが俺のこと見てにやにやしてくるのが超ムカつく。うまいから買うの普通じゃん。うまいから食いたいの普通じゃん。別にそんなにやにやすることじゃ無いじゃん。

「アツシはまた栗ぱんアルか」
「金曜だもんな、ファイトだアツシ!」
「なんか2人超うっとうしいんだけどぉ」

ファイトじゃねぇし。別にパン買うだけだし。かごに残った最後の1個を前に、深い意味は無いけど伸ばす手がゆっくりになる。これ買って食うだけじゃん。

「あー!まだマロンパンありますか!?」
「残念でしたー、これ最後の1個」
「また紫原くん?!今日は負けないからね?!」
「みょうじセンパイだって毎週栗パン飽きないの?」
「飽きない!から、じゃんけんっ!!ほら!!」
「えー、俺が先だったのにぃ?」
「えー!私の方が先輩なんだよ?!」

ほら来た飛んで来た。毎週毎週金曜日に、栗パン目当てに食堂に突っ込んでくるみょうじセンパイ。最初は本当に2人同時に栗パンとっちゃって、結構ドラマっぽくって普通の女子ならドキっとしていいくらいのシチュエーションだったのにみょうじセンパイは俺の手と重なった手でグッと栗パン押さえつけて「あ!ごめんなさい!形崩れちゃった!こんなの嫌だよね?!そうだよね?!ごめんね!責任とって私が買います!」とか当たり屋みたいに強引に俺から栗パン奪ってった。そんなんされたら栗パン食ってみたかった俺は次の週にまた栗パン買おうとしたら、またギリギリ最後の1個の前でみょうじセンパイと鉢合わせた。「先週譲ったじゃん。今週は俺」「ここは公平にじゃんけんでッ!!」栗パン持った手を、ちっちゃい両手でぎゅうってされて、なんか、また栗パンつぶされちゃたまんないし、しょうがないからじゃんけんしてあげたら案の定負けた。でもさすがに悪いと思ったのか自分の大人げの無さに気が付いたのかみょうじセンパイはその場で栗パンの袋あけて、半分(正確には5分の2個くらい)くれて、食い意地を恥じたのか一般に言う乙女の恥じらいなのかわかんないけど、ちょっと照れ笑いしてから「ごめんね」とか、ちょっと意地悪に笑い直した。そん時の5分の2個の栗パンは、べろと脳みそにじゅわじゅわ沁みるくらい甘くてうまかった。

それから栗パンのリピーターになった。安くて甘くて美味い栗パン。だから金曜日はみょうじセンパイとじゃんけんするのが恒例になった。最後の1個の栗パンをかけて真剣勝負のじゃんけんは、3回戦だったり5回戦だったり、あっちむいてほいになったり、1回だけゆび相撲になったけど俺の手のサイズとみょうじセンパイの手のサイズが合わなすぎて流れた。みょうじセンパイが実は室ちんと同じクラスだったらしくて、みょうじセンパイに俺の事バスケ部の後輩だとかなんとか余計なこと言うからそれからみょうじセンパイが図々しい。俺が勝ったりみょうじセンパイが勝ったり食えたり食えなかったり繰り返す中で、半分お金払うから半分ちょうだい!とか平気で交渉してくるし、自分が持ってきたお菓子と交換してくれとか、別に友達とかじゃないのに馴れ馴れしい。うっとうしいんだけど栗パンうまいし、みょうじセンパイがむかつくから余計にコイツに栗パン食わせてたまるかって気分になる。

パン1個に真剣になってさ、大人気ない事したり言ったりして恥ずかしくないのかなこの人。チビのくせに偉そうで、のくせに命令する時は歳相応の顔になったり、でも栗パン口いっぱいにほおばってる時なんてちっちゃい子みたいに嫌味のない幸せそうな顔してさ。ばかみたいだ。そういうみょうじセンパイみてると、なんかもやもやする。むかつく。だってそういう時ってつまり俺が栗パン食べれてない時だからムカついて当たり前だ。それでも今日は3回戦のじゃんけんで俺のストレート勝ち。はっはー気分いい。半分こ!ってみょうじセンパイが小銭突きつけてくる前に、自分が出したちょきの手を悔しがってるセンパイの目の前で栗パンの袋開けて、でっかく一口食ってみせる。センパイは「紫原くんのばか!けち!巨人!」て言いながら俺にボディブロー決めて食堂から出てった。

「今週は栗パン死守ぅ〜」

室ちんと劉ちんが俺の席もとっといてくれたから栗パンかじりながらテーブルに着くと、やっぱり2人ともにやにやしてる。なにクリームついてる?

「なに、なんで2人笑ってんの?なんなの?」
「いや、アツシは子どもだなァって」
「素直じゃねぇアル」
「はぁ?俺こどもじゃねぇし、ブラックコーヒーに砂糖とミルク入れたやつ普通に飲めるし。ってか子どもって、どう考えてもみょうじセンパイのほうが子どもじゃん。栗パンに執着しすぎデショ」
「そういう所が、子どもなんだよ」
「向こうは栗パンで、アツシが執着してるのはァー?」
「はぁ?何言ってんのこの人たちー訳わかんねー日本語でしゃべって欲しいんですけどォー。てか普通に栗パン美味いんだよ?毎週食っても飽きないからマジ、来週2個食っちゃおうかなぁー」

2個食った。2個食えた。最後の2個を前にして、いつもの時間になったけど、誰も食堂に滑り込んでこなかった。今日が金曜日だって忘れてんのかな?クラスの用事とか?もしかして休みとか?でももし用事とか移動教室とかのなんかで買い損ねとかだったら貸し作るためにちょうどいいかなーって思って、栗パン2個買っといた。栗パン1個タダであげるって言ったらあの人どこまで俺の言うこと聞くだろう?宿題代わってとかいけそう。パンツ見せてとか、言ったら怒るかな?舐めんな!って殴られそう。おっぱい触らせてー、とパンツ見せてなら、どっちならやらせてくれるかな?栗パン1個じゃ無理か?てか逆にたかが菓子パン1個でパンツ見せたりおっぱい触らせてくれる女子とかキモい。そんなん考えながら食べる栗パンはいつもより複雑な味がして、ちょっとあんまり美味しくなかったし、パンツとかおっぱいの事考えながらパンの中にべろ突っ込んで柔らかくてしっとりしててたっぷり甘いクリーム舐めてたらちょっとちんこ固くなった。そう思うと栗パンって名前ギリギリだよねー

次の週も、次の次もみょうじセンパイは来なかった。長期休み前の全校集会の人の波の中に見つけたじゃんけん弱い栗パン依存症の丸い頭。胸の辺りにたくさんたくさんある頭を掻き分けて、そのお目当ての頭を逃がさないようにわし掴むと「おひょッ?!」って変な声あげた。

「栗パンもういらねぇの?」
「紫原くんとりあえず頭、頭放して」
「やだ。ちょっとこっち来てよ」

みょうじセンパイの頭掴んだまま2人だけになれる場所探してる間ずっと「ねーえ、頭はなしてってば!いたいいたいッ毛が抜ける!!」って色気の無い声を上げてるセンパイ。教室に戻ろうとしてる生徒の波の中に劉ちんと室ちんが居て、2人ともデカいから目立ってて、なんかむこうも俺の事見つけたっぽくて、手にみょうじセンパイの頭掴んでるの見てなんか騒いでた。なんかもうどうでもいいなんだっていい何言われたっていい。

「なんで栗パン買いにこねぇの?」
「べ、べつに…もう食べたくないから、」
「あんな美味いのに?クリーム増量したの知ってる?」
「えッ?!うそ?!うっ…で、でも…要らないの」

クリーム増量なんて嘘。でもセンパイだって嘘いってる。クリーム増量の嘘情報への食い付きが以上だもん。それにあんな風に栗パン食ってたセンパイが急に栗パン食わなくなるなんておかしい。後輩から強奪するくらい好きだったじゃん要らないとか嘘じゃん。黙ってセンパイの事見てたら、居心地悪そうに体くねくねさせてからこしょこしょ髪の毛いじって、そんな女らしい仕草も出来るんだなーって、この間ちんこ固くしちゃったこと咎められてる様な気持ちになった。

「す、好きな人か…痩せてる子がタイプだ、って」

なにそれ。すきなひとがやせてるこがたいぷってなにそれ。だからくりぱんもうくわねぇの?いらねぇの?じゃんけんしねぇの?はんぶんこもしねぇの?あんなにすきだったのに??こんなにすきなのに?…??…????

「…別に太ってないじゃん」
「太ってないと痩せてるは違うの!」
「ってかそれ、男のほう完全に体目当てじゃん?」
「紫原くんには関係ないでしょ?!」
「あるし」
「ないし」
「ある!」
「ない!」

頑固に顔ゆがめて俺の事睨みつけるみょうじセンパイ。おもしろくない。それでも放り出したくないって気持ちがズボンのポケットの中で大きくなる。ポケットに手突っ込んで、中でもけもけになってるものをずっぽり引き抜く。

「これ、センパイの分…」
「ま、ろん…パン?」
「俺のおごりなんだけど?要らないとか言ったら怒るよ」
「おごりって…ぺっちゃんこなんだけど…」

あんた初めておれから栗パン奪ったとき、こんくらい栗パン押しつぶしたじゃん。それでも平気そうに食ってたじゃん。嬉しそうに美味そうに食ってたじゃん。そういうの、可愛いとか思ったんだけど?気に入って、何回でも見たくて、でも意地悪もしたくて、栗パン食べれないときの悔しそうな顔だってやっぱり可愛くておもしろくてたまらなくて、毎週毎週室ちんたちに笑われながら栗パン買って、栗パンが欲しいのかあんたが欲しいのか分かんなくなるくらいわかんなくって、でもあんた栗パン要らないとか言うと、なんかあの時間が嬉しかったの俺だけみたいで悔しくてだから余計、余計

「俺は栗パンよりみょうじセンパイが好き。だからあんたも俺の方が好きになってよ」
「言ってること、めちゃくちゃ…」

それでも、顔真っ赤にして俺の手の栗パン受け取ったって事はそういう事?ホイップクリームにカスタードクリーム、マロンホイップに栗の甘露煮のちっちゃいのがコロコロ入ったマロンペーストがたっぷり詰まった栗パン並みに甘い関係期待しちゃうよ?

「ねぇ、みょうじちんって呼んでいい?」
「なんか響きが下品だからダメ」

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