社畜と同棲年下笠松くん
『俺たちってなんで一緒に暮らしてんだっけ?』

22:45、1人っきりの部屋に電気もつけないで、寝る気もないのにベッドに仰向けに転がる。飯も風呂も済ませてる。使った食器は洗って水切りカゴに並べてあるし、食台だって水ぶきした。おなまえさんが夕飯のメニューとして最も嫌うこってりラーメンにハムと卵をのせただけのを、冷蔵庫で冷やされている俺しか飲まないビールを缶のままと交互に、ちょうど2時間前に食べ終わって、2人でああでもないこうでもないとなかなか険悪なムードになりながら選んだローテーブルに飛び散った汁の油汚れが頑固になる前に拭き取った。風呂だって帰ってすぐに洗って、湯もはった。仕事で疲れて帰ってくるだろうおなまえさんに、1番風呂を譲ってやるつもりで帰りを待ったけど、俺だって疲れてる。授業を受けてバイトに行って帰って風呂洗って自分で飯作って食って、観る気も無ぇテレビつけてせめて興味のわくような番組が無いかリモコンを機械的なローテーションでザッピング。スポーツニュースでプロ野球の試合結果を眺めながらテレビ画面のふちに表示された『22:04』にため息をついた。テレビを消して風呂場に向かう。俺にだって明日の予定がある。帰りが何時になるか分からない恋人のために、いつまでも自分の生活を制限していられない。

のろいの様な明かりをたたえ続けるスマートフォンの画面、おなまえさん宛のメッセージの入力欄にそう入力して、送信はしないまま自分に問いかける。なんで俺とおなまえさんって一緒に暮らし始めたんだっけ?単純な問いかけじゃ無い。好きあってるから、恋人同士だから、愛し合ってるからエトセトラ。そういう答えが欲しくて訊くんじゃないし、本人には訊けない。こんな事いったら絶対に泣くわ、あの人。『ごめんね』って何が悪いのかも分からないまま、俺の機嫌を損ね(って勘違いし)たことをとにかく誤り倒すだろう。あるいは黙るか。そういうのはウンザリだ。スマートフォンの画面に映し出された俺とおなまえさんの最後のやり取りだって、彼女の『ごめんね』で締めくくられている。得意の顔文字も無し、絵文字も無し。謝って欲しいわけじゃない。そういうのが欲しいわけじゃないし、おなまえさんを責めたいわけじゃない。ただ、ふと、思ったんだ。俺たちってなんで一緒に暮らしてんだっけ?つまりこれは皮肉だ。

一緒に暮らしていながら、違う生活をしている。家に帰ったら「ただいま」を言ってもらえる、「おかえり」って言ってやれる。交代で風呂場を使ったり、一緒に飯食ったり、片付けとかも一緒にしたり、そもそも買物とか一緒にいったり、持て余した時間を無駄にする事無く親密に粘着質に触れ合ったり、「おやすみ」を言ったり、言われたり。そういう生活がしたくて、そういう生活の相手にふさわしいとお互いに思ったから、一緒に暮らす事を決めたんじゃなかったんだろうか?まともに話をしたり、触れ合ったり出来るのは週末だけ。週末っても俺のバイトが入る時があるから丸々2日間ってわけじゃない。平日の朝は、お互い仕事や学校の準備にせわしいし、そもそもおなまえさんは朝が弱いし、夜が遅いから、俺が家を出るぎりぎりの時間に辛そうに起き上がって、押し付けがましい「いってらっしゃい」を告げる。寝ててくれればいいのに、って思いつつ、それを言えないのは、もちろん好きだからだ。寝癖で髪がぐしゃぐしゃだろうが、徹夜続きで肌が荒れていようが、よだれのあとで口の周りがよごれていようが、それでも好きだから、せめてものわがままで俺の「いってきます」も聴いていて欲しいんだ。

誰が悪いって話じゃない。俺は悪くないし、もちろんおなまえさんだって悪くない。頭をかきむしって寝返りを打つ。スマートフォンを握った手をベッドに放って、もう一方の手で、顔をごしごしとこすってみたって何も始まらない。ふっとため息が漏れた。…何をそんなイラだってんだ、俺。おなまえさんの帰りが遅いのは今に始まったことじゃない。昼休みにはなんだかんだメッセージだってくれるじゃないか、寂しいのは俺だけじゃないだろう…、…そうか、寂しいのか。真っ暗な天井を見つめる。ゆっくりと眼球が乾いていくのを感じながら、窓の外の車の走行音や何処かの部屋のテレビの音に耳を澄ませる。寂しい。まさにそれだ。2人の部屋のはずなのに、まるで俺しか居ないようだ。ゆっくりとまぶたを閉じると、ひりひり痛みながら眼球に涙が沁みていく。最後にまともにおなまえさんと触れ合ったのはいつだっけ?腕を絡めてきたり、頭を押し付けてきたり、抱きついてきたりってボディタッチは向こうからよく仕掛けてくるくせに、キスとかセックスになるととたんにしり込みされる。嫌がってるんじゃなく、恥ずかしがってるんだって事は分かってんだけど、夜遅かったり、彼女が疲れている様子だと、時間をかけてゆっくりってのが面倒で、どうしてもはばかられて…最近、そっちの処理はセルフばかりだ。彼女と同棲してるくせに…。

『寂しい』
『はやく帰ってきて』
『あとどんくらいで終わんの?』
『先に寝ちまうぞー』
『(;0;)』

送信し始めると、返事がないのをいい事に、言いたいことをつらつらと流してしまう。正直、こんなこと言うのも送るのも初めてだ…それだけ、参ってるって、ことなんだろうけど…最後のは気色悪ぃよな…これって送信済みのやつ消せたっけ?

『私も、寂しいよー(;0;)』

ピロンっと軽快な音とともに画面に現れたおなまえさんからの返信…、やばい、見られた…顔文字なんて使ったこと無ェし、なのに、こんな…そんな…消そうと思ってたとこだったのに…恥ずかしさと、なんか悔しさに、スマートフォンをぎりぎり握り締めて何とは言えず怒鳴り散かしたくなったけど…『もう帰るよ』の返事に、あっさり幸せになって、もう何度目か分からないため息。液晶画面に映し出された時刻は23:14…、今日はなにがあっても絶対押し倒してやろう。そう心に決めて、おなまえさんが帰るまでに何をしようかと、とりあえずベッドから起き上がってリビングの電気をつけた。


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