笠松くんとありがちなお話
こういう事って…つまり、人気の無い廊下の突き当たりや誰も居ない昇降口や定番の体育館裏で数人の女子にじりじり詰め寄られて囲まれて、理不尽な文句や誹謗中傷不平不満をぶつけられ数回の暴行をうける事ってことなんだけれど、こういう事って、ちょっとかっこいい彼氏をもつ女の子はみんな経験するものなのだろうか?「あんたなんてふさわしくない」なんて言っちゃってサ!じゃあお前ならふさわしいのかよ?!って話だよね!まったくまったく!べー!だ!!突き飛ばされたときに受身を取り損ねて顔面から地面に突っ込んじゃって(ふんって冷たく鼻で笑われた)口の端がドラマティックに切れて血が滲んだ。影でこそこそ卑怯なことしかしない人たちの前で、弱い仕草を見せたくなかったから、なんか、気分でワイルドに、血は流したままにしておいたら、いつの間にか乾いてかさぶたみたいに唇にこびり付いてて、ぺろっと舐めてみると、当たり前だけど血の味がした。

お昼休みも終わりがけ、校舎と校舎の間を繋ぐ渡り廊下の、生徒のオアシス自動販売機が数台鎮座しているちょっとはずれに呼び出されて、案の定「笠松くんと付き合ってるって本当?」とか…ねぇ、もうお昼休み終わるんですけど?なんで時間無い時にそんな事確認にくるの?授業始まっちゃうよ、てか、もう、チャイム鳴っちゃったよ授業始まっちゃったよ、どうするのサボりになっちゃうじゃないですか…と、いいますかね、もうそれ何回言えばいいの?私と笠松先輩が付き合ってるかって?それ訊いてくる時点で分かってるんじゃないですか?え、なに、大きい声で言ったほうがいいの?各学年各クラスにお便りでも配布したほうがいいの?校内新聞に掲載したほうがいいの?お昼の放送で宣言したほうがいいの?全校集会で壇上発表したほうがいいの?いい加減イライラする。相手が3年生の先輩×3人だろうと関係ない。肩を強く押されてズザっと地面に落ちる。笠松先輩とおそろい(男女の違いはあれど同じ学校指定)の制服が砂埃で汚れる。私を見下ろしてくすくす笑う先輩たちの口はグロスでどろりといやらしく光って歪んだ三日月になっていて胸くそ悪い。ああ、さっきまでは完璧なお昼休みだったじゃないか…。お弁当は大好きなおかずのオンパレードで、覚えないけど友達から返ってきた臨時収入の小銭で大好きなイチゴ・オレのパックジュースを買って、それを友達と中庭で飲んでたら渡り廊下を行く森山先輩が私に気がついて、わざわざこっちに来てくれて私と友達にミルキーを1つずつくれて(森山先輩は女の子に喜んでもらうためにいつもポケットにミルキーやらキャンディーを常備してる)、それ頂きながら友達をおしゃべりを続けてたら笠松先輩から『森山なにした?』なんてメールが来て、何事かと思ったら、そうかここの中庭は3年生の教室から良く見える位置なんだ!ってことに気が付いて、え?ってことは先輩?なに?見てたの?イチゴ・オレを飲みながら一生懸命友達に"今でしょ?"のモノマネしてる私を上から見てたの??うっわ恥ずかしい…恥ずかし死にする…あ、でも、これ、あれ、私が森山先輩に構ってもらったこと…あんまり快く思ってらっしゃらない感じ?の、文面?やだん嫉妬?先輩嫉妬?って恥ずかしいのと嬉しいのにさいなまれながら『見てたんですか?』ってメールを返せば、速攻で『ばか』って返事が来て、うおおお!!先輩!!マイエンジェル!!笠松先輩うおおおお!!なってたのに何故?

何故私がこんな、目にあわなきゃいけないんだ…笠松先輩がかっこいいからか?かっこよすぎるからか?そんな笠松先輩に猛烈アタックをかまし続けた私が見事に汗と涙と血と涙と努力と女子力で恋の実を結んだからか?おいばかやろうあの笠松先輩おとすのに私がどんな血の滲む努力をしたと思ってんだばかやろう私が笠松先輩に「ふさわしくない」なんて言うんならお前、1つ上の先輩だけども、お前、お前ら、毎朝5:30から笠松先輩と同じランニングコース走ってみろ、痩せるぞ?私は痩せたぞ?ものすごい筋肉痛に苛まれたけどね、日焼け止めもばっちりしなきゃいけないしね、そもそも笠松先輩に話かけるのだって大変でね、毎日同じランニングコース走って、帰りにはバスケ部の最終練習が終わる頃合を調べて、近所のわんこを借りて夜の散歩だと称して偶然を装ってわんこを使ってお近づきになったりな、学校でも運動部に注目してもらえるように体育科の先生に気に入られるように面倒くさい授業も真面目に受けてだな…その他口外できないような手もあれこれ使ってな、ようやく笠松先輩と結ばれた私を…「ふさわしくない」の一言で片付けやがって…はらわた煮えくり返るどころか煮詰まるわ、はらわた煮詰まって片腹痛いわ。壁にぶつけたときに自分の腕が変な位置にあった所為で片腹痛いわ。マジこいつら「ウチらも笠松くんの事好きなんだけど」とか抜かしてくれちゃってますけどね?なら追いかければいいじゃん?ゆびくわえて鏡覗いてスカート短くしておっぱい強調してくちびるにグロス塗ってれば笠松先輩の方から告白してくれるとでも思ってんのか?!?!!勘違いも甚だしいヴァカどもだな!!笠松先輩のウブレベルなめんなよ?!好きならそれくらい把握しておけよ!!私が先輩と付き合ってるって事知ってから、そんな、後出しみたいに好きだったとか言ってきて私の事攻撃するのはおかしいでしょうよ?!

笠松先輩に恋心を抱いていたらしい先輩方3名様の不平不満理不尽な言葉の暴力、少々の暴行を受けても、だまってる。心の中では唾を吐いて暴言の渦に妄想の中でこの先輩3人を溺れさせてへっへーん!とかしてるけど、実際はじっと言葉に耐えて、暴力をいなし、相手が飽きるのを時間が過ぎるのを待っているんだ。目を伏せて、笠松先輩の事だけ考える。午後の授業はなんだろう?今日は天気がいいしあったかいから先輩うたたねとかしちゃってないかな?眠いの堪えて授業受けてる先輩なんてバカみたいにかわいいんだろうなー!朝練もきついもんね、おなかいっぱいになったら眠くなっちゃうだろうなー、午後の練習は今日は何時までやるのかな?先輩は自分のコンディションを考えて遅くまで残る日とそうじゃない日がある。あとでメールしてみようか?今日は、久しぶりに一緒に帰りたい気分だ…。帰りに手なんて繋いで先輩の事を驚かせてやりたい。「見られるぞ?」とか、照れながら、手を握り返しながら、言う先輩はずるい。あんな風に指を絡められて、放せるわけが無いのに。笠松先輩は、バカじゃない。たまに察しが悪いときもあるけど、こと他人の変化には目敏い。仕草とかしゃべり方でなんでも見抜いてしまう。そういうのってバスケの試合で役に立つんだろうか?相手の選手の挙動を読んで、心理戦とか?そんな、漫画みたいなことってあるのかな?とにかく、先輩は知ってる。私がこうやって、実は居る笠松先輩のファンに、呼び出しを食らっていることを。

はじめは、まさか自分に女の子のファンが居るなんて夢にも思ってなかった先輩だから、私がはじめての彼女いびりにあった後、掴みかかられた所為で服装を乱して、理不尽で攻撃的な言い分に涙を零しながら1人で居る所を見た先輩は、どうしてそうなるのか…私が男性にいたずらされそうになったんだと勘違いをして鬼のように飛んできてあたふたしながら具体的なことは言葉に出さずに、なんか、青と赤を混ぜたような絶妙な顔色で、ほとんど泣きそうになりながら私を抱きしめてくれたけど、ことを説明すればぽかんっと放心してしまった。私と笠松先輩が付き合い始めたのは私が1年生の終わり。つまり笠松先輩が2年生の終わりで、付き合い始めはなんの障害も無く、かといって恋人レベルもたかくはなく、ただただ平凡な先輩彼氏と後輩彼女だった。もとより早川と同じクラスだったし、さらには笠松先輩の繋がりで、バスケ部の森山先輩や小堀先輩ともお近づきになるようになった。そこまではよかった。でも、学年があがって、1年生に現役モデルの黄瀬くんが居て、バスケ部に入って、バスケ部の部活見学に来る子が爆発的に増えて、例えば1人の女の子は黄瀬くんが目当てでバスケ部の練習を見に行きたいんだけれど、1人じゃ行けないとかいう女の子特有の集団行動意識の強さを見せる→黄瀬くんに興味の無い子もつれていかれる→黄瀬くんはタイプじゃないけど、あの黒髪の凛々しい先輩はどなた?!みたいな展開で、着実に笠松先輩のファンは増えていった。女の子として、そういう鼻は利く。言っても、笠松先輩は信じてくれなかった。照れて笑って「ンなわけあるかよばか」って私の頭をぽんぽんってした。ンなわけあるんですよ先輩…。

先輩…私、別に、自分がこうやって笠松先輩と付き合ってることを羨ましがられて妬まれて嫌味を言われて多少の暴力をされたっていいんです。いや、よくないけど…なんていうか、気にしないんです。もちろん胸糞悪いです。つば吐いて殴り返してやりたいです。でも、違うんです。きっと男の子にはわかんないでしょうけど、つまりこれって、女の勲章?みたいな…いい男を彼氏にもつと苦労しちゃうぜまったくへへへって世界なんです…って、理不尽な怒りをぶつけられた私の膨大な怒りの熱量は、そんな冗談と笠松先輩のおごりのジュースと笑顔でどうにかなっちゃうんです。本当に。その瞬間はもちろん殺してやる!!っておもったりしちゃうくらい心無いこと言われたりして、たまに泣きそうにもなります。でも、そういう、嫌な気持ちって、その気になれば一瞬で消えちゃうんです。私が気がかりなのは、私がこういう目にあってるのを、もしも先輩が自分の所為だって思っちゃッたらどうしようって、とこです。口のはじの血を舐めながら、ポケットのケータイを取り出せば、授業はもう半分も過ぎていて、これからでたってしょうがないや…。…整理のつかない気持ちに思考を奪われしばらくぼうっとしてたけど、そのうちに口の中の血の味が嫌になって、しかたないので自動販売機で何かかって飲むことにしよう。今回も他人の理不尽に見事堪えきった私へのご褒美だ!重い腰を上げて自販機を覗き込む。大好きなイチゴ・オレは賞味済み。さて、何を飲も「お、みょうじ」

「…受験生がサボってていいんですかー?」
「自習なんだよ。てかお前こそ、2年の癖に生意気にサボってんじゃねェよ」
「いや、私はこれ、ほら、あれですよ…なんですか?」
「…お前、その脈絡のないしゃべり方いい加減直せよ」

突然現れた笠松先輩。神様がかわいそうな私にあたえてくれた特別イベントなのか?ぽけっとから小銭を取り出して、スマートに缶コーヒーをご購入なさる笠松先輩をとなりでじっと見つめる。凛々しい眉毛とか、つんとしたまつ毛、鼻筋、薄い唇。やっぱりどこもかしこも好きだ。先輩を見てる、胸のどきどきで、さっきの面倒な集いの事なんて押しつぶして殺せてしまう。それくらい、私は笠松先輩に、恋をしているんだ。視線に気が付いた笠松先輩が、私のほうは見ずに、それでも頬を染めて居心地悪そうに「あんま見んな」とか言うもんだから、もっとぐっと近寄ってよくよく観察してやる。見ますよ見まくりますよ視線で穴あけてあげましょうか?いい加減にじれてきた笠松先輩(沸点低い)が「あーもう!」って私を振り返る。人が好きすぎて、涙がこぼれることなんてあるんだろうか?人を好きでいることを否定されて、涙がこぼれることなんてあるんだろうか?私は、この人を好きでいてはいけないんだろうか?こんなにも好きで、すくなからず先輩からもそう思ってもらっているのに、なにがいけないんだろうか?疑問の渦が凝縮されて、ぽろっと目から一粒落ちた。うわ、先輩にばれていませんように。

「…何のむんだよ」
「へ?」
「飲み物買いに来たんだろ?」
「え…あ、っと…」
「おごってやっから」
「え?!いいんですか?!」
「サイダーな」
「私の選択権は?!」

笠松先輩に笑われてる間に、サイダーが自動販売機の出口にごとんと転がり落ちてくる。よく冷えたそれを、笠松先輩が屈んで取り上げてくれて、私に差し出す。受け取ったそれは冷たくて、でも、さきっちょ触れた先輩の手はあったかかった。座って飲もう、って先輩が自販機の隣を顎でさすから、私は素直に、日焼けも気にせずに日向にしゃがみ込む。先輩も隣にしゃがんで缶コーヒーをくいっと傾け、私はサイダーのふたをありがたく開ければ、フィクションみたいにぶしゅっと吹き出て手を濡らし、地面も黒く濡らした。炭酸の気泡が地面でぱちぱちなって消えていく。そ、んな事ある?!うっへ、私悪運強すぎ?せっかく買ってもらったのに零すし!外でよかったよ!なんか可笑しくてくつくつ笑う。おもしろくない、手がサイダーの砂糖でべたべたする。でも甘い匂いが広がる。先輩に零しちゃいましたごめんなさいしようと振り向けば、驚くことに、音も無く泣いてた。私が零したサイダーのシミみたいに、先輩の涙が地面にシミをつくってた。

「せんぱ、」
「お前は、笑っておれにジュースおごられてりゃ、それだけでいいんだよ」

胸張って隣で彼女づらしてろよ。そういって、自分のポケットからハンカチを引っ張り出して、私の濡れた手ではなく、口の端をぐいっと拭う。あ、血…

「せ、ぱ…」
「おう」
「かさまっせ…笠松せんぱ、い」
「おう」
「ど、して…せんぱいが、泣いてんですか」
「ンなのッ、きくんじゃねェよ!!」
「泣き、たいの、わっ…わたし、なのに!」
「だったら、泣きゃ!いいだろっ」

そういうか言わないかで、先輩にぎゅっと抱きしめられた。あったかい先輩の胸で自分の全部がとけてしまいそうで、とけちゃうのはこわいけど、もう先輩にならとけちゃってもいい気がした。完全に手から離れたサイダーは地面に倒れて、どぷんどぷんと地面にこぼれだしてゆっくりしみこんでいった。

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