笠松くんがシロクマ

※笠松くんがシロクマです。
※獣相手の性描写があります。



目が覚めると抱きしめてくれているはずの恋人の腕が、尋常じゃないほどに毛むくじゃらで、太くて、重たかった。タイマー機能が切れてしまった暖房は冷たい朝の空気も知らんぷりで、静かに無関心にベッドで寝ている私たちの事を見下ろしていた。敷く様の毛布とかぶる用の毛布と羽毛布団に挟まれた、狭く暖かい空間で丸くなっている私を、背中から抱きしめてくれているのは、もちろん、ゆきおの腕のはずなのに、しっかり覚め切れていない私の目にうつったのは、真っ白な毛に覆われて鋭い爪が見え隠れした重厚なクマの手。シロクマの手だった。

「…ゆきお?」

首をもたげて、枕に押し付けられていた髪をくしゃげながら、そこに在るはずのゆきおの顔を見ようと、振り返った。おでこに、ひたりと触れたのは、冷たく濡れた真っ黒な鼻。見事に毛に覆われたシロクマ。窓から差し込む朝日を反射して、艶やかな体毛が黄金に輝いているように見えた。私の口から出た彼の名前は、線香花火の燃えカスのように、枕に落ちて、布地に吸われて、無かった事になってしまった。寒い朝だった。それでも、ゆきおの腕の中は、滑らかで保温性に優れた毛に覆われ、皮下脂肪をたっぷりに蓄えた彼の腕の中は、シロクマに抱かれているという生命の危機を感じるべきこの場面でも恐怖を感じさせないほどにあたたかくて、安心した。怖くなかった。むしろ、ここまで非現実的なことが起きてしまうと、人間は慌てないものなのだろうか。動かないほうが良い、とか、思ったわけじゃない。そのままが心地よかったから、私はシロクマ(ゆきお)に抱きしめられたまま、しばらく彼の顔を観察していた。

近頃、土曜の夜に5週連続でNHKで放送されていたホッキョクグマ特集に釘付けになっていた私だ。こんなに近くでシロクマ(つまりホッキョクグマ)を見られるなんてまるで夢のようで、怖い感覚とは違う、ドキドキを感じていた。抱きしめるように私の体の上に乗せられた腕が重たくて、でも放して欲しくなくて、こっそり、ゆっくりと、ゆきおに向き合えるように布団の中で体を回転させた。ずっと首を仰け反らしたままの体勢じゃさすがに疲れてしまう。体を動かすと、ゆきおと触れ合っているところがこすれて、柔らかくて、あたたかくて、気持ちが良かった。時間をかけて、向き合えた体。抱きしめても、いいだろうか?いま、この状況では襲われるだとか、食べられてしまうとかは、思わないけれど、目を覚ましたらどうだろう?少し、心配だけど、好奇心の方が勝った。だからきっと、好奇心はネコをも殺してしまうんだろうな。出っ張りの少ない肩に腕を回そうと、伸ばす。長い首を曲げて、まるで私の髪のにおいを嗅ごうとしてるような姿勢に、いつものゆきおを思い出す。毛布と布団がズレて、伸ばした私の腕が外気に晒される。

ぶふぁっと、生暖かい鼻息が、私の前髪を吹き飛ばした。

「ゆきお」

ぱちっと開いた、真っ黒な瞳。起きたら、食べられてしまうだろうか?襲われて、切り裂かれて、踏み潰されて、噛み砕かれてしまうだろうか?そんな不安は、前髪と一緒に生暖かい鼻息に吹き飛ばされてしまった。ああ、彼は間違いなく私のゆきおなんだ。そう、思うしかなかった。言いようが無い。感じるんだ。彼はゆきおだ。バカみたいだけど、目が合って、今度は意図的な、控えめな鼻息を吹きかけられて、皮膚で感じた。

「おはよう」
(おはよう)

ゆきおの言葉は、声じゃなかった。頭の中でつぶやく独り言みたいだ。彼の目を見て話しかければ答えがあった。それは私のおでこに降ってきた小さな氷の粒が、私の体温に溶かされて、ゆっくりと皮膚に浸透していくみたいな言葉だった。鼓膜を震わす、空気振動型の言葉よりも、ずっと優しくて穏やかで親密な言葉。体がそうしたいと望むままに、彼の首に腕を回して擦り寄ると、彼もそんな私を歓迎するように、そっと背中と腰に手を添えて引き寄せた。表面こそ硬いけど服越しに押し付けられた肉球は、中に潜んだ柔らかな脂肪で、そっと私の体を撫ぜてくれた。彼に抱かれて、その毛に覆われた体温を感じながら、目を閉じる。布団の中で、シロクマに抱かれている自分を想像するんだ。どうしてか、本物の彼に抱かれている自分よりも、ずっと簡単に想像ができた。まるで絵本の中の出来事だ。彼がシロクマになった。


夢見心地にずっと寝ているわけにもいかなかった。私はトイレに行きたくなってベッドから降りると、ゆきおも気だるそうに体を揺らしてベッドから這い出し、その大きな体をぐうっと伸ばして欠伸をした。トイレの向かう途中、振り返ってその様子を見届けているのというのは、なんて素敵な気分なんだろう。朝食はいつもトーストと目玉焼きとコーヒーなのだけど、丁度、食パンを切らしていたので、新品のシリアルをあけることにした。大き目のスプーンを1つくわえて、2つのスープ皿にざらざらとシリアルを盛って、牛乳を注ぐ。ベッドを背もたれに座り込んだゆきおの目の前のテーブルに皿を置いて、スプーンを添えて、向かいにしゃがみ込んで、まじまじと彼を眺めながら、一口、二口と箸、ならぬスプーンをすすめた。フルーツグラノーラ。パンプキンシードの歯ざわりが好みだ。

「…アザラシじゃないと、食べれない?」

一向に食べようとしないゆきおに不安を覚えた。そうだ、そもそもシロクマってシリアルなんて食べないよな…。と、いうか、人間と同じサイクルで食事なんてしない。普通のシロクマに比べてゆきおはなかなかいい体格をしてるし、今は食事を取らなくても平気な時期なのかもしれない。でも、人間だったゆきおは、昨日の夜、眠りに付く前に「腹減ったー」と、私のうなじに鼻をこすりつけて、甘えるように小言をもらしていた。「起きたらお腹いっぱいシリアル食べさせてあげるよ」って腰に回された手に手を重ねてあげれば、なんだか納得のいかないもにょもにょした返事を返してきた。彼はシリアルがあまり好きじゃない。それでもパンが無いんだ。仕方ない。そう、だから。きっと彼だって、今の彼だって。お腹が空いてるはずだ。…シリアルでは、やはり、ダメなのだろうか?他のメニューを提案しようと思ったとき、ゆきおが指先でテーブルの上のスプーンを弾いた。(食べれない)(スプーンを握れない)簡単なことだった。彼の横に立ち膝で並んで、見合わないサイズのスプーンでシリアルを食べさせる。この体に、この量で満足するとは到底思えないんだけど、シリアルを食べさせられているゆきおは、なんとなく満足そうだったから、これでいいんだろうなー。あーん、とか、小さい子を相手にするように、この状況を楽しんでいる私を見つめる彼の真っ黒な瞳に気が付いて、手を止める。

「もう充分?」

牛乳とシリアルが8:2になったふやけた湿っぽい彼の残りを胃に流し込んで、自分の皿と一緒に流しで水に浸す。牛乳は早めに流しておかないと洗うのが大変だから、こうしておかないとゆきおに叱られる。なんとなく、目玉焼きは食べられそうになかったから初めから用意はしなかった。ぬるくなったコーヒーを啜っていると、案の定ゆきおが爪先でコーヒーカップを私に差し出してきた。

「飲めそうに無い?もうぬるいけど」

(飲ませて欲しい)そう言ってることは分かったけど、ストローなんて常備してないし、シリアルみたいにスプーンで、というわけにも行かないんだろう。シロクマの口って、大きく裂けてる形だけど、汁っ気のあるもの(というか汁、液体)を飲み込めるんだろうか?流し込む…感じでいいのだろうか?人にする感じで、口移しなんてして、ちゃんと味わえるんだろうか?疑問でいっぱいだけど、まぁやってみるしかないと思って、両頬いっぱいにコーヒーを含む。ゆきおの股の間に立って、彼の両頬に両手を添えて、上を向かせる。艶っぽい滑らかな毛。眩しそうに細められた目が優しくて、シロクマに口付ける事に対する嫌悪感とかそういう、普通じゃない事への抵抗が無かった。黒くて薄い、グミみたいな感触のくちびるに触れる。あたたかくて、吸い付くような感触が気持ちよかった。注ぎ過ぎないように、そっとコーヒーを吸い上げながら、ゆきおの口に零す量を調節する。ずぼぼっと口に空気が入る音が部屋に響いた。零れてくるコーヒーを舌で受けて、喉の奥に流し込もうとするぺちゃっぺっちゃと粘着質な音が、彼の口の中にこもっていた。器用にも、吸う様な口が出来るものだ、シロクマ。でも、よく考えれば、当たり前なんだ。子どものころには、母親のおっぱいを吸わなきゃいけないんだから。

口の中のコーヒーが尽きて、ゆきおの頬に添えていた手を放そうとすると、急に、乱暴に、太い腕で抱きしめられた。体が絞られて、潰されるかと思うくらいの力強さに、肺からたくさんの空気が押し出されてきた。息苦しさに大きく開いた私の口の中に、ゆきおの大きな舌が、ずるりと、押し込まれる。人間よりも、ずっと粘着質なよだれにまみれた、大きくてぶにぶにした舌が、狭そうに私の口の中に押し込まれてきて、喉の奥にまで触れてしまいそうだ。頬をくわえ込まれて、顔にあたたかく湿った息がかかる。苦しくて、おかしくなってしまいそうだ。息を吸えない、吐けない、体は押しつぶされて、手足を動かそうにも力が出なくなってきて、私の体は濡れたタオルのようにゆきおの腕の中でだらりと垂れ下がった。ようやく私の異変に気が付いたゆきおは、驚いて、私を放してくれたんだけど、力加減が分からないのか、床に叩きつけるように放り投げた。やっと息が出来る。喉に張り付くような彼のだ液を、むせこんで吐き出した。コーヒーと牛乳の味がした。ぜぇはぁとやっとのことで息をする私を、心配してなのか、とうとう四足歩行を始めたゆきおが、倒れこんだ私に覆いかぶさった。

「大丈夫だよ」

手を伸ばすと、自分から私の手に擦り寄ってくる。においでもつけるみたいに私の手に自分の顔をこすり付けて、甘噛みしたりにおいをかいだり耳を触れさせたりした。そういう仕草が、愛おしいと思った。人間だった頃の彼は、こういうスキンシップが得意ではなかった。唯一あまえてくれるのは眠る前。それ以外では、自分の思いを言葉にも態度にも出せずに悶々としているタイプだ。

息が整ったところで、起き上がろうとすると、大きな前足で、上半身を床に押さえつけられた。ぐっと力をこめられると、床に、体が、のめりこんでしまうそうで、息苦しさがまた始まった。足をどけて欲しくて、両手で指を握ってみる。放して。目で訴えようと、ゆきおの目を見つめていると、参った事に彼の方が助けて欲しい様な目をしていた。艶っぽく濡れた真っ黒な瞳。熱のこもったようにギラギラした、欲情しているような瞳。物理的に、本当に、食べられてしまう、と、思った。肉を引き裂かれて、内臓も筋肉も骨も全部、食べられてしまうと思った。けど、そんな事なかった。本当に、ただ、彼は、欲情しているだけなんだ。お腹のほうにも生えそろった真っ白な毛。キレイに真っ白なお腹を、内側から突き破るように、つるりとしたペニスが飛び出している事に気が付いた。瞬間に、どうして、シロクマ相手なのに、体を求められる喜びを感じた。シロクマのペニスとして正しいサイズなのかは、分からないけど、入らなさそうなサイズではなかった。もちろん人間だったときの彼のものよりはずっと大きかったけど、それでもきっと無理ではないサイズ。ただ、あんなサイズのコンドームは持ってない。

「えっち、したいの?」

濡れて冷たい鼻先で首筋をなぜられて、ぞくりとした。そういえば暖房をつけないままだった事を思い出す。全身が粟立ったのは、寒さの所為なのか、彼に求められていることに興奮してるのか、どっちなのか見当も付かない。この状況下でのセックスに賛成だという意思を、伝えるために、両足を持ち上げて彼の腰にしがみついた。ゆきおは控えめに口を開いて、あの大きな舌で私の首を顔を、余すところ無く舐めあげた。私もできるだけそれに応えようと思って舌を突き出しては見たものの、ゆきおの舌に押しつぶされて、口の中に押し込まれてしまった。大きな前足で、私の服を脱がそうとしてみても、今の彼にはそんな繊細な動きできるわけも無くって、結局引き裂いてしまった。けど、そんな事、お多大にどうでもよかった。細かい動きがかなわないシロクマの前足では充分な愛撫なんて出来るわけ無くって、それでもゆきおのペニスからはあたたかい体液が粘着質に滴っていた。

「ゆき、大丈夫、いいよ」

腕を伸ばして抱きつくと、引き剥がされてしまった。驚いている暇もなくひっくり返されて、うつ伏せにされる。後ろから顔を覗き込んできて、私の顔に自分の顔をこすり付けるゆきお。きっとサイズの問題で、こっちの体位の方がいいんだろう。全部が入るとは思ってないけれど。手を潜り込ませて私の腰を持ち上げ、ずるりと押し込まれる。入りそうだとは思ったし、実際に入ったけれど、動かされるとその反動は大きくて、遊園地のアトラクションに振り回される子どものようだった。痛みだけではなく、その圧倒的な力に、声を抑えることが出来なくて、喘ぐというよりはほとんど叫ぶようにないた。うっうっと喉の奥から空気が漏れるような、低く響く声を漏らすゆきお。体を伝わってくる振動。体力が追いつかなくて朦朧としてくる意識の中で、そっと、人間だった頃のゆきおの声を思い出した。

「俺もシロクマに産まれてこればよかった」

たしかに、彼はそう言った。何故か、すごく遠い昔のような気がしたけど、そんなことは無い。つい昨日の夜の事だ。私とゆきおは一緒に暮らしているわけじゃない。彼は1人暮らしだけど私は実家暮らしで、甘くない父は私の頻繁になる外泊にとうとう制限を設けた。土曜の夜だけ。私がゆきおの家でおやすみからおはようまでを過ごせるのは、土曜の夜から日曜の朝までに限られているのだ。なのに、NHKからの素敵なお知らせ。5週連続土曜スペシャル〜ホッキョクグマの現在〜。私はゆきおの家に泊まりに行って、毎週土曜日、テレビにかじりついてホッキョクグマのその生態やら、今後の行く末やら、地球温暖化がもたらす自然界への恐ろしい影響だとかに夢中になってた。氷も獲物も無い過酷な夏を、痩せながらも乗り切ろうと必死になるホッキョクグマからの、SOSですよー物言わぬホッキョクグマからの人類に対するSOSの声なんですよとでも言わんばかりの演出のドキュメンタリー番組にかまけて、隣でふて腐れていた照れ屋で自分の要望を伝えることが苦手な彼のSOSに気が付かなかったんだ。「シロクマ可愛いなァ!」私ののん気な言葉に帰ってきた彼の言葉だ。「俺もシロクマに産まれてこればよかった」私はとんだ大馬鹿者だった。このままシロクマになってしまったゆきおに頭から爪先まで、全部全部食べられちゃえばいいんだ。肉も骨も皮も髪も全部、全部目に見えない部分だってせんぶ彼のものになってしまえばいいんだ。



目が覚めたとき、顔中涙焼けが酷くて焼けるように痛かった。裂けた服がなにやら体液で体にこびりついていて、いま自分がどんな状況なのか確認しようと体を動かすと、全身ががちがちに固まってしまったように痛んで、声を漏らして動くのを諦めた。それでも、後ろから私の事を抱きしめてくれる腕が、もう白い毛で覆われたあの前足ではないことが、私には分かった。それでも、それが嬉しいのか、やっぱりちょっと寂しいのかは、今のところ、わからない。ぎしぎし痛む体を、彼の腕の中で回転させて、彼に抱かれたまま向かい合う。腕を伸ばして首に巻きつくと、ふっと息をついて困ったように笑った。

「俺、息臭くなかったか?」
「そんなに酷くなかったかな?」

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