そんな神くんだから好きだ!!
じりじりと太陽が肌を焼く。動いてなくとも流れる汗はとめどなく、さらに動けばまさに滝のように流れてくる。日中の日差しは容赦無く、校舎の影と日向のコントラストが眩しく感じた。

ががががっがっがががっが…

クラブハウスが立ち並ぶ校舎裏。ずっと昔から、海南高校の運動部の青春に汚された衣類やタオルを、悲痛な叫び声をあげながら洗濯をしてきた洗濯機。ぎりぎり二層式洗濯機じゃないそれは、本来ならば今日(土曜日の昼間)は動いていないはず。いや、正確には私がスイッチを入れない限り、動かされる事はないはず…。

「『バレー部』…」

洗濯機の胴体にぺたりと貼られた、はげたマグネットには『バレー部』の文字。このマグネットは『使用中』の部活を示すもの。…おかしいなー、今日はバスケ部が使う日なのに…。洗濯機が使える日にち、時間は部活スケジュールと一緒に決められている。マネージャー版部活スケジュール。洗濯機や合宿用宿舎、掃除機などなど…。失礼して中をちらりと覗いてみると、部活中の練習試合に使う仮ユニフォーム。ああ、これは急ぐよねー。他の部活であろうと、マネージャーの子の気持ちはよく分かる。

私は手に持っていたバケツを眺める。急ぎな訳ではないけど、洗って干して、今日中には乾いて欲しいタオルたち…。部員はただ今外周ランニング中。時間が無いわけではない…。日光に照りつけられている給水場。銀色の首が立ち並ぶ。

「仕方ないかー」


「あ!おなまえさーん!!ただいまっすー!!」
「あ、清田くん!おかえりなさーい、おつかれー」

バケツに突っ込んでいた手を抜いて、首からぶら下げたタイムウォッチをちらりと覗く。うわあ、速いなあ…

「清田くん速いねぇ!一番だよ!」
「かっかっか!!このスーパールーキー清田ッ!!日ごろの鍛え方が違いますからねッ!!」

腰に手を当てて豪快に笑う清田くん。結んでた髪をほどいて、蛇口でがばああっと水を浴び始めた。きもちいーってわあわあ喜んでて、なんだか犬みたいだ。可愛い。笑いながら清田くんを見てると、気が済んだのか清田くんはまた髪を結びなおしてお気に入りのヘアバンを戻しながら私の手元を覗き込んだ。

「タオル…っすか?」
「うん。今日中に乾かしたいから」

洗剤の泡がついたタオルを、少しだけバケツからあげて清田くんに見せる。すると清田くんはきょとんと目を丸くした。

「洗濯機使わねぇんっすか?いつも手洗いっしたっけ?」
「ううん、洗濯機はいまバレー部が使ってるみたいで…」

先取りされちゃったーって笑うと、清田くんは背景にぼわあって炎が見えそうなくらいカンカンに怒り始めた。ええ?!どうしたんだ清田くん?!

「バレー部の奴らァ!!おなまえさんにこんな苦労かけさせやがってェ!!」
「え、ちょ…清田くん?」
「俺、ちょっとバレー部んとこ行ってきますッ!!」
「ま、まって!!」

止めようと思ったけど、清田くんはいつの間にかずっと遠くに居て「バレー部ゥ!!」とかなんとか叫んで、どう見ても我を失っていた…。あれじゃあ私には止めらんないな…。どうしよう…

「なんだ?清田の奴…」
「あ、牧さん!お帰りなさい、お疲れ様です」
「おう」

ランニングから戻ってきていた牧さんは首から下げたタオルで汗をぬぐいながら、走り去っていく清田くんを訝しげに見ていた。長距離ランニングの後は、休憩が入るから清田くんを急いで呼び戻す必要はない。牧さんは『まぁいいか』という風に肩をすくめた。顔を洗おうと蛇口をひねった牧さんは、清田くん同様。私がバケツでタオルを手洗いしてるのを見て驚いた。ぽかんとした表情の牧さんは失礼だけど、可愛い。

「バレー部か」
「はい。あ、でも怒らないであげてくださいね?洗い物、仮ユニフォームだったんで…止めちゃうとかわいそうなんです…」
「…って言ってもなあ…規則も守らず、さらにはうちのマネージャーに手洗いなんてさせて…」

少しだけ眉間にしわを寄せて、厳しい表情を見せる牧さん。まさか、牧さんまで清田くんのように怒ってバレー部に注意しに行く事なんて…ないよね?ちょっと心配しながら牧さんの顔を覗き込む。私に気が付いた牧さんは、ぱっと表情を崩して私の頭をぽんぽんっと叩いた。

「俺は清田ほどガキじゃねぇよ、心配するな」
「は、はぁ…よかった…」
「だが、毎度バレー部に洗濯権をとられっ放しってのも困るからな…」
「私からマネージャーの子に言っておきます」
「うん…監督に相談してみるか」
「…?」

何をですか?と聞こうと思って口を開くと、それよりも先に牧さんが口を開いた。ちょっといたずらっぽく笑って大きな手で『お金』のジェスチャー。…?

「バスケ部専用の洗濯機」
「…?!だ、ダメですよ…!!そんな!!あの、高い買い物ですし!!他部の人たち怒りますよ?!」
「ふっ…冗談だ、冗談」
「な…?!」

そう言って給水所から離れていく牧さん。向かう方向は職員室がある校舎。監督は休憩時間には職員室に戻るから、いまはそこに居るはずで…もしかして牧さん、冗談じゃないのか…?!

「みょうじさん?」
「え?あッ神くん!お帰りッ、おつかれ様」
「うん、みょうじさんもお疲れ様」

ランニングから戻ってきたのは神くんだった。タオルで汗を拭きながら、ゆっくりと給水場に近づいて来る。日をたっぷり浴びてるはずなのに、すらーっと長い手足はいつだって真っ白に輝いている。2年のエースである神くんとは、いわゆる彼氏彼女の関係な訳なんですが…神くんなら、どうするだろう?

1つしかない洗濯機を横取りされちゃって、タオルを手洗いしている私を見て…。清田くんはバレー部を注意しに、牧さんは新しい洗濯機の購入を検討…。神くんは…?

私の横で手を洗い、顔を洗う神くん。私の手元のバケツを見て「あれ?」っと声を漏らした。私に何か聞くわけでもなくて、変だなーって表情を浮かべたまま首から下げたタオルで滴る水をぬぐう。かがめていた体を戻すと、神くんと私はほとんど40cmくらいの差が出来る。口元をタオルで覆ったまま、いつも私が使用しているところを一緒になってみていたあの洗濯機を眺めていた。神くんの視線の先を追って、私が口を開く。

「バレー部」
「なるほど」

タオルでくぐもった声。

神くんなら、どうする?

すぅっと私の前に伸びた、白くてでもたくましいスポーツマンの腕。ためらうことなくバケツの中に入って、何本かのタオルを奪い去っていった。ああ、やっぱりそうだ。彼がどうするか…予想が的中した私は、喜びににやりと顔をゆがめてしまう。

「手伝うよ」

なんでもないって風に笑ってタオルを洗い始める神くん。私はお礼を言って、バケツの中の残りのタオルに手を伸ばした。神くんの優しさに顔がにやけるのを、私の少しいやらしい性格をとがめる様に日差しが強くなる。バケツの中に溜まった水が反射して、キラキラと私や神くんの顔を眩しく照らす。それはまるで幻想的で、暑さなんて忘れるほどだった。

「なんだか手洗いだなんて、原始的だなー。あと、手荒れそう」
「あとで私のハンドクリーム使ってよ、Q10だよQ10」
「なにそれ、美肌効果?」

神くんはくすくす笑って「でも、ありがたくお借りします」って頭を下げた。こんな風にマネージャーの仕事を快く手伝ってくれる男子部員なんてそうは居ない。さらには外周ランニングの帰り。神くんは清田くん牧さんほど体力が無いから、本当はへとへとなはずなのに…。神くんの優しさにやっぱり顔がにやけてくる。私が笑ってるのに気が付いた神くんは、少し眉をひそめた。

「みょうじさん、何がおかしいの?」
「えー?神くん!」
「えー?なんで?」
「なんでもー」
「なにそれー」

文句言いながら笑ってる神くんは、きっと私が笑ってる理由なんてずっとわかんないままだ。教えてあげたってきっときょとんとすると思う。『神くんが優しくて、嬉しくて笑ったんだよ』ってストレートに伝えたって、照れ笑いして『俺、やさしくなんてないよ。みょうじさんの方がずっと優しい』って恥ずかしい事言うんだと思う。いや、絶対そうだ。だから好きなんだ。

「あ、神くん!今日部活帰りにチエコ寄ってくけど?一緒に行く?」
「なんかの補充?いいよ、俺も一緒に行く」
「うん、テーピングとか。よかったー!いっぱい買いたいから荷物どうしようかなーって思ってたんだ!」

バケツが空っぽになって、最後のタオルを神くんがちょうだいという風に手を差し出した。それに甘えて、水が滴るタオルを渡す。大きな手だ。

「俺は、ていのいい、荷物持ち…って訳だ?」

タオルを絞る力の込め具合で、声にも大きな抑揚をつける神くん。高い位置から、ぱたぱたぱたっと落ちていく水が綺麗で、手を伸ばしたくなる。

「うわー!そんな風にいうならいいよー、1人で行くー」
「ははは、冗談だよ」

最後にぐっと力を込めてから、っば!!と、何かのマジックみたいにタオルをいっぱいまで広げる。真っ白なタオルから、小さな水しぶきが反射でキラキラ輝きながら飛び散った。選択用洗剤のCMみたいに神くんが爽やかに笑う。私もつられて笑ってしまう。

「大事な大事なみょうじさんの事、放っておけるわけ無いじゃん」

ああ、よくもまぁそんな恥ずかしい事…だけど、そんな神くんだから好きなんです。

(3ポイントなんかじゃ足りません)

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