小堀くんよしよし
午後練習の着替えのために部室に入って、先に着替えを始めていた笠松と森山に混じってクラスの事や授業について話をしていて思い出した。教室の俺の机の引き出しの中の現文のノート。今日の下校時間までに提出しないと提出物の点数は無しだ、と授業の終わりに先生が言ってた…や、ばい…ノートはちゃんととってある。自分で言うのはあれだけど真面目に授業受けて提出物の点数をしっかりもらえるくらいの内容のノートなんだ…提出忘れで点数なしなんて勿体無いこと無いぞ。

「笠松、すまん。ちょっと職員室行ってくる!」
「アップ間に合うか?」
「たぶん!でも間に合わなかったら先始めててくれ」

中途半端にジャージに着替えた格好で部室を飛び出した。笠松の返事が聞えた頃にはもう走り出してた。中履きが廊下と擦れてキュッと控えめなスキール音を立てる。部活の無い生徒はもうみんな下校してて、校舎はがらんとしていた。教室にノートをとりに行って、職員室に寄って部活に戻る…アップには間に合わないかな?先生が確実に職員室にいるとも限らない、けど…まだ帰ってはいないで欲しい…!!

教室に入って、自分の机の中のノートを取り出す。現文。余計なプリントが挟まっていないかパラっと捲って確認。よし、あとは職員室に、い…って…。…な、んだ?今の…変な音がした。…ギっ、ギって…何かを引きずる音…?気味悪いな…でも、耳を澄まして音の正体を突き詰めてる時間は無い。はやく部活に戻りたいばっかりだから、何かを引きずっているような不気味な音は聴かなかった事、にして!教室を出た。ら、幸か不幸か音の原因を見つけた。

「みょうじさん?」
「おー!小堀くん!」
「何それ?机?」
「うん!つくえー!」

同じクラスのみょうじさんがどこの教室から持ってきたのか、机をひとつ引きずってどこかに移動させようとしていた。にこにこして、つくえー!とか言ってるけど、なんで?どうして机?あれ?みょうじさんってたしか帰宅部…こんな時間に?…机?

「どうしたの?みょうじさん、帰ってる時間だよね?」
「そうなんだよ!きいてよ小堀くん!先生ってばひっでぇんだよ!!」

机をはなして怒りをあらわにブンブン腕を振り回す様が、まるで小さい子みたいで本当に同級生なのか疑問に思っちゃうくらい感情的なみょうじさん。俺に比べてずっと小さな体をパワフルに力みなぎらせて語るのは、つい10分ほど前の、ちょうど生徒の帰宅ラッシュ時の事。トイレに寄ったみょうじさんが蛍光灯が切れてるのを見つけたらしい。近くに居た担任を捕まえて報告すると『見つけたお礼に蛍光灯の交換権をやろう』と、職員室に連れて行かれ、備品庫の鍵を渡され、3年館西女子トイレの蛍光灯交換を命じられてしまった。

「職務怠慢だなぁ」
「ねー?!自分でやってよーって感じだよ!」

もー!もー!と不満を漏らしながらコミカルに動き回るみょうじさんがおかしくて、そんなに不満ならサボって放っておいちゃえばいいのに、なんて思うけど…そういうのは、出来なさそうだよな…みょうじさん…。なんだか、可愛いなーなんて思いながら眺めてると、ちょっと落ち着いたらしいみょうじさんが机を引きずる作業を再開する。くっと机の脚が廊下に引っかかり動きを止める、と、自然にバランスを崩すみょうじさん。

「わあッ!」
「大丈夫?!」
「おービビッたー!これ私けがしたら先生訴えていいかな?いいよね?!」
「ねぇ、よかったらおれ手伝おうか?」

危なっかしい。みょうじさん、なんかそのうちに奇跡を起こして机に絡まってそのまま階段から転がり落ちて真面目に裁判沙汰になっちゃうんじゃないかって、そんなのありえないけど、そういう不安を俺に抱かせるくらいに、こう、頼りないって言うか…うん、危なっかしい…。机を持ち上げて、運ぶよって言うと、みょうじさんがぽかんっとした顔で俺の事を見上げてきた。わ、あ…わー、みょうじさんって…なんか、黙ってると…あ、いやこんな言い方失礼だな…いや、でも…その、黙ってると、子どもっぽさが抜けて、すごく…きれい?えっと、可愛い…んだー、なー…。なんだかみょうじさんに見入ってしまって、ちょっとの間見つめあう。え、なんだこれどきどきする

「だめだよ!小堀くん部活いかなきゃでしょ?」
「あ、うん、そうだけど…みょうじさん1人より手伝ったほうが早くない?」
「いいの?」
「いいよ、というか俺から言い出したんだし。ね?」
「…うん。ごめんね、ありがとう!」

トイレまで机を運んでる間、みょうじさんは蛍光灯を持って隣を歩いて、なんだかまとまりの無い話を、それでも楽しそうにしゃべってた。小堀くんたちバスケ部って強いんだってね?すごいね!日本史の竹内先生が監督なの?私あの先生と仲良いんだよ!このあいだ社会科室でみかんもらったのー!でもね全然おいしくなくってね、おいしくないって言ったら竹内先生こんどはおいしいの持ってくるねって言っててね!可愛いよねー!…意外だ…監督、女の子には優しいんだな…俺たちにはあんなに怒鳴るのに…今度みかんねだってみようか?いや、叱られるな。確実に叱られるからやめておこう。だけど後で笠松達にしゃべってやろう。

「ありがとー!助かったよ!」
「あ、待ってるよ。机、片付けるだろ?」
「んふふ、ありがとう!ならついでに蛍光灯付け替えてよ」
「女子トイレだろ?やだよ」
「誰もいないよ?」
「…じゃ、じゃあ手つだ」
「あっはは!いいよいいよ私やってくるから!小堀くんはここで待ってて、すぐだから!」

わ、笑われた…。くそう…本当に手伝ったってよかったのに…。なんだか居た堪れなくて、熱くなってく顔を隠すようにして膝を曲げて座り込む。耳をすませば体育館の音が聞えないだろうか?もうダッシュ入ってるかな?現文の先生、帰ってないといいなー…。

「おまたせ!」
「ん、お疲れ」
「じゃあ机おねがいします!」
「うん」

どこのクラスから持ってきたのかきいてみれば、階でトイレから一番遠い多目的室だとか。どうしてわざわざそんな遠いところから?訊いてみれば、みょうじさんは笑って、だってトイレに持ってっちゃうんだよ?誰かの机かってに使っちゃかわいそうだよ!って…ああ、なんか…はぁ…やばい、な…みょうじさん、可愛いし…だけじゃなくって、なんか、気が利くっていうか、優しい…んだな…、偉いなー…。

多目的室に入って、空きスペースに机を戻しながら、それを見守ってたみょうじさんに、つい言葉が漏れた。

「偉いな、みょうじさん」
「えー?!同級生に雑用手伝わせてる私が?!偉い、と?!」
「うん、偉いよ。知らん振りできそうな蛍光灯の交換もちゃんとやってるし"誰か"の机使わずに、使ってない机わざわざ選んでさ。偉いよ」

素直に、思ったことだ。ぱたぱたっと近づいてきたみょうじさんが、中履きをスポンと脱いで、ひょいっと机の上に上って、立ち上がった。いまいち何がしたいのか分からなくて、ぽかんとする俺を見下ろすみょうじさん。な、んだか…こうやって、人を見上げるなんて、慣れないな…特に女の子は。192cmもあれば当たり前なんだけどな…。

「みょうじ、さん?」
「えらいえらい!」

ぽんっと軽い感触。髪の毛を撫で付けるように優しく、でも頭の形を確かめるようにしっかりと。小さな手で頭を撫でられた。少女マンガの効果みたいに、本当に、きゅううんっと心臓の辺りが痺れた。声が、出なくて…これは、驚いて…なのか、嬉しくて…なのか…自分でも収集がつかなくて、もういっそ、両方なんじゃないだろうか、とか…こんがらがってる俺を無視してみょうじさんは何度も何度も俺の頭を繰り返し撫でた。

「部活がんばってる小堀くんの方がずっと偉いよ、お手伝いもしてくれるし、優しくて大きくて、えらいえらい!」
「お、大きいは…関係ない、たぶん」
「ほら!部活遅れちゃう!小堀くんハリーアップ!」

すとんっと机から飛んで降りるとみょうじさんは俺の背中あたりをぽこぽこ小突きながら押した。なんだかむず痒くって、照れて恥ずかしくてたまらない。でも、俺がみょうじさんの押す力に逆らって多目的室から出て行くのを阻止したら?驚いたみょうじさんは、次はどんな反応を見せてくれるんだろう?叱ったりするんだろうか?笑ったりしてくれないだろうか?何を、期待してるんだ?俺?

「さぁー!急げー!」

どかっと尻を蹴飛ばされて前のめりにこけそうになるのを堪えた。まさか蹴飛ばされるとは…!!驚いて振り返ると、脇に挟んでいたはずの現文のノートを手にしてるみょうじさん。いつの間に抜き取ったんだ?!

「これ、出しておいてあげる!お手伝いはこれでチャラね?」
「あ、でも!」
「どうせ備品庫の鍵返しに職員室行くから」

小堀くんは部活がんばって!ガッツポーズで走り去っていくみょうじさんに置いていかれて、言い得ない気恥ずかしさむず痒さに、叫びだしたくなるのを堪えて走り出した。ああ、もう…あー!もう!!頭撫でるとか、反則だからっ…!!

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