夢見る黄瀬くんが可哀相
とてつもなくイライラする。洗面所の鏡で自分の顔を見た瞬間、ちょっと怯むくらいに険悪な顔をしてた。寝るときに着てたシャツを脱ぐって当たり前の動作の必要性についてだって腹が立って、破ってやるって勢いでシャツを脱ぎ捨て、床に叩きつけて、お気に入りのバンドのライブ限定発売のTシャツだったのに、踏みつけて雑巾みたいに扱ってやった。朝飯を食わなきゃいけないことにさえイライラする。こんがり焼けた食パンの気持ちのいいキツネ色さえムカつく。窓から入ってくる爽やかな朝日も、朝練の時間に合わせてわざわざ母親が準備してくれる美味いカフェオレにだって腹が立つ。冷蔵庫で冷えてる、最近ハマってるメーカーのミネラルウォーターの事なんて考えたら、余計にむしゃくしゃしてきた。強烈に苛立っている俺に「涼ちゃん、どこか悪いの?」と心配してくれた母親も、ボコボコにしてやりたいくらいにムカついて「ンなんじゃねェよ!!」と怒鳴って、それがまた、ばつが悪くてイラついて、なにも言えずに学校の用意を持って家を飛び出した。

『涼太くん』

耳の奥で、霧の海から湿った声がする。

それは囁きで叫びで俺の名前で要求で命令で懇願で甘くて激しくて重くてとろみのあるささやかな喘ぎ声だ。

『はッ、あァ…あっあぁ、はぁっあっ、あっぅン…』

見覚えの無い、くせに、くっきりと浮かぶ女の顔。恍惚とした、蕩けるような表情で涙と汗にまみれて俺を求め続ける女。名前だって知らない、どっかで会った事があるとも思えない。夢に見る女。もうこれで何度目だ?いい加減にうんざりだ。毎夜毎夜、俺の夢に出てくる女。少女マンガのセックスシーンの、光とシーツに全てを任せた何もかもが抽象的で生っぽさに欠けた夢のような空間。そういう、夢見たいな魔法みたいな馬鹿みたいな真っ白なシーツの上に横たわったその女を、一晩中、飽く事無く貪ってる俺の夢。もうこれで何度目だ?いい加減にうんざりだ。目が覚めると、たっぷりと射精してて、下着にこびり付いた精液、自分のちんこにぬめりついた生乾きの精液。中学生じゃないんだ、夢精なんてうんざりだ。風呂場で自分の下着を洗うなんて惨めなこと、うんざりなんだ。

「くっそ」

悪態ついたっておさまらない苛立ち。気に食わない。ここ何日も、同じ夢ばっかりだ。同じ女を、同じように愛撫して、同じように勃起して、同じようにぶち込んで、同じようにむちゃくちゃに、同じように射精する。特にキレイな女じゃない。特に不細工な女じゃない。普通だ。手を這わす胸だって、でかくない。小さくない。だからって俺の手に丁度ってわけでもないけど、揉むのに不便な形、硬さでもない。乳首だって、よだれたらしてむしゃぶりつきたくなるような色でもない。趣味の違いはあるだろうけど、俺の好みでは無い。かといって汚いわけじゃない。撫で回す肌も、白すぎず、くすみ過ぎず。普通。むちゃくちゃにキスするくちびるだって、厚過ぎず、薄過ぎず、硬すぎず、柔らかすぎず。絡ませる舌だって、長すぎず、短すぎず。ぐっと掴んだ腰も細くなく、太くなく、貪る体じたいが痩せでも肥満でもなく、ただただ、普通で、だからって、キレイでも汚くも、なんの感慨も沸かない、なんでもない体だ。シーツに散らばってる髪だって、特別ツヤがあるわけじゃない。適度に乱れて、くしゃけてる。でも、見れないほど崩れてるわけじゃない。魅力が無い。特殊な性癖を夢中にさせるような特異な部分も無い。それなのに、毎晩。毎晩、毎晩、毎晩、毎晩…。

女は切なげに、俺の名前を呼ぶ。俺はそれに応えるように、女の喜ぶことを何でも与えてやる。何でも。俺が出来ることをなんでも。ッてことは何でも。全ての事。デブとも痩せともブスとも美人ともチビともデカともセックスしたことあるし、それぞれどんな癖があるのかだって、だいたい統計が取れてる。俺にはなんだって与えることが出来る。それこそ、いかなる種類の女でもひゃあひゃあ喚かせながら潮吹かせて白目むかせてよだれたらして失神させてやるくらいの事、やろうと思えば出来るはずだ。特殊な性癖にだって対応できる。俺の小便飲みたいとか言う女にも、ぶちのめして欲しいってえげつない道具取り出すような女にも、俺の事を荒縄で縛ってバイブをケツの穴に突っ込ませてくれとか言ってくる女も、赤ん坊みたいな言葉遣いで俺の平たい胸にむしゃぶりつくような女にも、オナニーを見てくれって女も、オナニーを見せてくれって女も、わけ分からん体勢でする女も。どんな女も好きにしてやれた。

『涼太くん』

それでも、夢の中の、あの女だけは、最後まで本当に俺に満足させられるなんて事がないんだ。最後は結局、俺が満足して終わる。力尽きてるわけじゃない。ただ、満足して、たっぷり射精して、気持ちのいい疲れの中で、例の女が俺の名前を呼ぶのを聞きながら、そいつの肌に触れながら眠りにつく。それで目が覚める。そういう、気分の悪い夢だ。気に入らない。イライラする。見たことも無い女に、こんなに腹が立つなんて、おかしいことで、そんな事にさえ、腹が立つ。ストレスを感じてることがストレスで、そのストレスを感じてる時点で、それがもう既にストレスで、ストレスストレスストレスストレスイライライライライライライライライライライラ…


[本文:昼休み、集合]

簡素なメールが届く。ああ、笠松先輩だ。あて先欄を見るとレギュラー全員に一斉送信された連絡メールだという事が分かった。週の終わりに笠松先輩の教室に集まり、先輩と監督で組んだ来週分の練習スケジュール表を受け取り、軽い説明を受けるって習慣がある。もう金曜か、と。無意識に、指折り数える、夢精の朝。


「あ、センパっ」

笠松先輩のクラスまで行ってみると、珍しく、笠松先輩が女子としゃべっていた。楽しそうに会話が弾んでるって感じでは無いけど、先輩…とうとう女子とマンツーでしゃべれるようになったんだな…。とか、って…、思ってたら、俺に気がついた先輩が、こっちに向かって手を上げた(こっちだぞ)って…。したら、先輩と、しゃべってた女子が、一瞬、俺の方を見て、笠松先輩に向き直って、何か言って、教室に入っていった。ちょっと距離があった。俺は背もあるし、外見が目立つから、離れたところからでも俺だって事が特定が出来る。全身がぞくりと粟立った。正直、硬くなったちんこ。遠くからでも、笠松先輩を残して、すっと、教室に戻る女の、姿を、逃すわけ、無い。

走り出して、廊下の笠松先輩を残して、教室に飛び込んで、女を捜した。いい子に午後の授業の用意を机に並べて一息ついてるその女を、見つけて、捕まえる。

「きゃッ」

がたっと机が揺れて、ばさばさと教科書が床に落ちる。みょうじ おなまえ。100人の女子を集めて、ミキサーにかけて完全に混ぜ込んで、固めて、きっちり100等分にして、レンジでチンして作り直した女の1人が書いたような文字。平均的な文字。読みやすいわけでもない、読みづらいわけでもない、可愛くもなく、不細工でもなく、太すぎもなく、細すぎもなく、でかすぎず、小さすぎず、細すぎず、太すぎない、文字。今まで、一度だって見せたこと無かった、俺に動揺してる表情に、吐き気がするくらいムカついた。

「あんたッ!!…あんただ!!勝手に、俺の夢に出てくんじゃねェよ!!毎晩毎晩、迷惑なんだよッ!!ふざけんなッ!!」
「あっ、私ッ…ごめっ、なさ」

つかみかかる俺に、恐怖に涙を滲ませて、顔を青くするみょうじ おなまえ。緊張に体をこわばらせて、身を守るようにぎゅっと体の前に寄せられた腕。こいつを成す全ての要素に、一つ一つに射精して精液まみれにしてやりたくなるくらいに腹が立って、体が熱くなった。ぶち犯してぶっ殺して、それじゃ足りないから生き返らせて、今度は死ぬまで犯し続けてやる。

「黄瀬ッ!!てめぇ何してんだ?!」

笠松先輩に殴り飛ばされる。床に倒れこんだときに、自分が勃起してることに気がついた。肩を震わせて泣いてるみょうじ おなまえと、そんなみょうじ おなまえをなだめる様に謝罪と気遣いの言葉を並べる笠松先輩を、床から眺めながら、下着が濡れるのを感じた。今度は顔を真っ赤にして涙を零すみょうじ おなまえ。ああ、そんな顔。夢の中じゃ、ぜってーしなかったじゃねぇかあんた。口の中が切れて、滲む血の味を確かめながら、あの泣き顔はズリネタ決定だなとか考えてた。

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