笠松くんを怒らせる
「え、救急車より先に笠松に電話したの?」
「うん…だ!だって!!怖かったんだもん!!」

イスに座った私の、放り出された左足の、重厚な鎧の如くがっちりごりっとした白い白いギブス。クラスメイトの森山くんが、その真っ白なフリースペース油性ペンで自分のケータイ番号を大きく落書く様子を眺めながら、隣に立ち尽くしているご機嫌斜めどころか1回まっすぐになって半周してきて、むしろ後ろに下がっちゃったみたいな勢いで私の神経では測れないくらいにご機嫌が悪すぎる笠松くんからの槍のような鋭い視線に体を穴ぼこだらけにされる刑を大人しく受けている…わけだけど…

「右腕・左足骨折、打撲が数箇所、いたるところに擦り傷。全治1ヶ月の大怪我…」

笠松くんの珍しく抑揚の無い声に冷や汗が流れる。ギブスにケータイ番号を写し終わった森山くんは余白にキティちゃんを書きながらにやにや笑って私の事を見上げてきた。く、くそう…助けてくれたっていいじゃないか!!ってかなんで人の足にケータイ番号書いてんだよ?!広告じゃねぇぞ!!くそう…!!

「ご、ごめんなさ」
「別に謝れとか言ってねぇし」
「目が、笠松くん…目が口ほどに死刑執行を言い渡しておいでです…」
「俺は全然、みょうじに死んで欲しいとか思ってねぇんだけど」
「え…っと、その…本当に、その説は…ご迷惑おかけしました」
「おう、まったくだ」

笠松くんが今までに無く怒ってる。普通の怒ってる、なら、見たことある。大きな声出して叩いたり蹴ったりするんだ。まさかそんな暴行を受けたことは無いんだけど、後輩にやってるのを目撃したことがある…あ、いや…あれは、怒ってるって言うより叱ってるってのに、近いんだろうけど…今回の、この、冷たさ…は、確実に怒ってる…こ、こわい…ってか森山くんキティちゃんの絵下手くそだなー何それブタじゃん

さて笠松くんが何をそうご立腹であるのかは今からさかのぼる事…10時間?11時間…?まぁ、昨晩の事です。私、コンビニに行くつもりでお財布とケータイだけもって自転車で夜の風を感じながら、なんだか鼻歌とかふんふん歌いながらしゃこーしゃこーっと景気良く軽快にペダルをこいでいた訳なんだけど、そしたら突然…ッドカーン!!バーン!!ヒューンっと自転車から吹っ飛ばされて地面に叩きつけられたかと思ったら体中痛いし、ぎゃあ!痛いいいい!!ぎゃあああああ!!って思ってたら体中血まみれで痛くって周りに誰も居なくって、一人ぼっちで真っ暗だし訳分かんない、自転車のライトで分かる現状、自転車はけちょんけちょんのぼっこぼこになっててもうなんかのオブジェみたいになってるし、もう、本当に…全身燃えるように痛むし怖いし、すっごい、血の、においで、怖いし…とりあえず、ケータイ探そうと思って右手伸ばしたらめちゃめちゃ痛いわそれ以前に思い通りに動かないわ血でベタベタだわぎゃあああああああ!!でもうひぎゃあああああいたいいいいいいやぁぁああああああああ!!って左手でケータイ見つけて無我夢中に笠松くんに電話

『みょうじ?どうし』
「ぎゃあああああああああ!!かさまッああああああああああああ!!」
『?!な、なんだ…?!』
「痛いよぉぉおおおぉっぉおおっおぅ!!こわッあああい、笠松ッくぅんうわああああああああ!!」
『大丈夫か?!みょうじ?!…みょうじ!!どうしたんだ?!今どこに』
「死んじゃッうぅうっうぅぅ…笠松くんッごめェっええっごめんねェっあっあううううう」
『いいから!!今どこにいるんだよ?!何があった?!』
「わたっし、笠松くんの事…大好きっだ、よおっおおおおおおおぅ!!もっと、もっと一緒にッ…いたかった…ああああああああああああっあっァあああぁああぁ」
『お、ちつけ…って!何がっ、お、俺もみょうじの事好きだからっ!!ちゃんと話を聴いてくれ!!頼む、今どこいるんだお前?!』
「真っ暗…笠松くん…たすけ、」

ブツ…ツー、ツー、ツー

真っ暗な夜道でマックススピードで駐車してある車に突撃した私は、右腕と左足を骨折して血みどろになってぎゃあぎゃあ叫んで(笠松くんに電話して)るのを、周辺住民の方々が聞きつけてくれて、親切にも救急車を呼んでくれて、病院に緊急搬送してもらったわけなんだけど…。私の意味深なダイイングメッセージとも最高の死亡フラグともとれる大変迷惑な着信を被った笠松くんはさぁ大変!!大事な恋人がどこか、真っ暗で怖いところで痛みに泣き叫びながら自分の助けを待っているとか…!!ど・こ・か・で!!

「ほんと、血の気が引いた…生きた心地しなかった」

と、語る笠松くんは、ケータイ1つ握り締めてどこに居るかも分からない私を探しに外に飛び出してくれたそうで…奇跡的にも事故現場にたどり着けた笠松くんが見たものは、見慣れた私の自転車(とんでもないダメージを受けている)と、ひどい、血溜まり。私が救急車に運ばれるのと、タッチの差で到着した笠松くんはまだ警察の手が加えられてない、生々しい事故現場を目の当たりにして、急いで近所の人に事情を訊いたそうな…それって、どんなに怖いことだっただろう…って、私と笠松くん、逆に考えると、本当に…涙が止まらなくなりそうで(というか、病院で笠松くんに会えた時に既に考えてみて大変に泣いた)…私は、なんだか、とんでもない事をしてしまったんだなーいやぁでも、本当に死ななくってよかった、笠松くんが来てくれてよかった、本当に…痛いよって言っても私のこと抱きしめるのやめてくれない笠松くんの体が、がたがた震えてるのがわかった時に、ああもう絶対に止まってる車になんてぶつからないぞって心に決めた。


「痛いってのしか伝えられないってのがすごくおなまえちゃんっぽいよね」
「ちょ、森山くん…もう、掘り返さないで」
「どこが痛いのかすら言わねぇしな、こいつ」
「も、申し訳ござらん…」

怒ってる笠松くんに睨まれると、やっぱり肝が潰れる思いというか申し訳なさに心臓が押し潰れそうになるけど、そんな視線にすら愛情を感じて、ぽわっと顔が赤くなる自分にほとほと愛想が尽きそうだ…あ、笠松くんへの愛は一生ものだけどね…はぁ…





このあとえろくするはずだったのに気力が持たなかった…

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