はっきりしない青峰くんと先輩
「あー、青峰くん見つけたー」

ひょこっと姿を現したみょうじ…先輩。不気味な夕焼けに寒々しい校舎の影。練習をサボって適当なところで寝転んでいると、理由は知らんが探されていたらしい。これがさつきだったら理由は明快、練習に出ろと叱咤されるのだろうけど。どうしてみょうじ?1つ上級生のみょうじは男子バレー部のマネージャーで、全く持って関係がないか?と聞かれれば…体育館部活の仲?みたいな…かといってわざわざ探してまで俺に用事があるような間柄だとは思えない。

「突っ立ってるとパンツ見えるぞ」
「見たいからそんな言い方するんだ?」
「自意識過剰…」
「君もね」

バレー部だって今は練習中のはずだ。なにやってんだこいつ?寝転んでる俺の横に腰掛けて、ポケットからごそごそとケータイを取り出す。…居座る気か?ちらりと様子を盗み見るとぱちぽちとメール作成にいそしんでいる。

「それここじゃなきゃ出来ねぇの?」
「サッキーにチクってんの『青峰くん見つけたよー』って」
「余計なことしてんじゃねぇよ」
「青峰くんにとっては余計かもしれないけど、私サッキーと同盟結んでるからねー」

ケータイの画面を見つめたまま、無感動にこっちにピースしてみせる。うっとうしい…。相当バカにされている気がする。

「同盟?」

体を起こしてケータイに集中してるみょうじの顔を覗き込む。うっそりと暗くなった空は、ほんの小さなケータイの光源にさえ押し負けてしまう。みょうじの2つの瞳に映る光。まるで漫画か、ファンタジー映画だ。

「そう、マネージャー同盟」

まだ、俺のほうを見ようとしないみょうじ。その姿勢は今にも立ち上がって駆け出していってしまいそうなうずうずした立ち膝で、俺のほうとしても、もしも走り出したらとっ捕まえてやれる位の臨界体勢。冷たいコンクリートに押し付けた膝は丸裸で、こすれて少し赤くなっていた。

「お互いに自分の部活で困ったことあったら助け合おう!っていう女子特有の仲間意識の成せる技だよ。青峰くんには理解できないだろうけどねー」

サッキー返信遅いなー、と独り言をこぼして髪を撫で付ける。風が吹くと、俺よりも風上に居るみょうじの髪は特殊な犬種のやっかいな毛並みのように暴れのたくり回った。無力にも小さな手で必死の抵抗を見せているが、それがどうにももどかしい。かすかに香る、髪の匂い。慣れない匂いに鼻がくすぐられる。うっかりみょうじの髪に触れようと、手を伸ばしたところで思いとどまった。

「男の悩みとかもすんのかよ、その同盟ってのは」

鼻で笑うと、睨まれた。

「全然笑えないよ、青峰くん。センス無い」

みょうじは男子バレー部の主将と付き合ってる。もちろん内密に。男子バレー部では部内恋愛禁止の暗黙の了解があるだとかないだとか聴いたことがあった。どうだって良いことだって思ってた。だいたい、部内恋愛禁止ってなんだよ。男子バレー部で部内恋愛って男同士でか?気色悪ぃ…。でも違った。マネージャーは女だもんな。

「付き合ってるとかバレたらどうなんの?どっちかが首か?」
「青峰くんには関係ないでしょ?」
「ただの好奇心だって。あんたはバレたらどうする気?」

俺の思考を読もうとしている顔じゃない。それでも突き刺すような攻撃的な視線に身震いがする。こいつ、こんな顔すんのか。さっきまでへらへらしてたくせに、自分の男の話になったらここまでころっと態度変えやがって…気にくわねぇ…。

「なぁ、新しい相手見つけたら?…誰かが口すべらす前に」

今度こそ、ぐしゃぐしゃになった髪を整えてやろうと手を伸ばして近づく。ここまで俺を近づけておいて、なんの反応を示さないみょうじはズルい。嫌がれよ、抵抗しろよって思う。もっと怖がって、逃げようとしたっていい。声を上げて、俺の事を突き飛ばして、取り乱して走り出せば…みょうじがそうしてくれれば、俺だって…。追いかける覚悟が出来る。走って、腕を引っつかんで、引き寄せて、何もかも奪って、部活の男の事とか何もかも忘れて、全部自分のものにしたいって思う…。らしく無ぇけど、照れたり、しおらしく視線を外したりするだけでもいい。それだけでも、それがすべてのきっかけになる。

「もうすぐサッキー来るから、それまで大人しく待ってなさいよ?」

結局、触れることも出来ずに、追いかけることも出来ず置いてけぼりにされた。吹きすさぶ風にはなんの匂いも残ってなかったけど、そのうち嗅ぎ慣れた甘い香りが漂ってくる。

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