あの名曲を古市くんで
気になる女の子が出来た。あ、いや…その、『出来た』なんて言い方って、もしかしてすげぇ傲慢なんじゃないだろうか…。気になる女の子を見つけた?…いらっしゃった?…?きっと他にもっと適した言葉ってあるんだろうが…でも、他の言い方を考え出すと、なんだか誇大な表現になりそうで恥ずかしくて仕方ない。それでもそんな気持ちを抑えきれないくらいの思いを、彼女には感じずにはいられなかった。とうとう、本物の、運命の人に出会ってしまったのではないだろうか…?ね、みょうじおなまえちゃん?

たまたま、学校の帰り道で、芝生の生えそろった広場でぽつりと座っているみょうじさんを見つけた。片手にはピンクのブックカバーをまとった文庫本、もう片手では柔らかそうな猫を何気なく撫でている。彼女がもたれかかってる木も、あたたかい日光も、柔らかな空気も、読書を邪魔する意地悪な風も、すべてのものが彼女のためだけに一から作られた特注品のように、ぴったりと彼女に、彼女だけに似合っていた。そんな彼女の世界の中にふっと入り込んでしまった俺は、自分の意思も、心も、髪の毛の先から足の爪の先まで、すべて一掃して彼女のものになってしまった。

「こんにちは」
「…こんにちは」

声をかけると、彼女の魅力ともいえる無防備さが一変、俺との間に鉄の壁を大急ぎで築き上げようと身をこわばらせて眉をひそめて、短いスカートのすそをぎゅっとひっぱった。彼女は読み途中の文庫本のページ数を失くし、猫も逃げてしまった。

「お、…あ、いや!僕…あなたの事が好きみたいだ」
「…どちら様ですか?」



みょうじさんと俺はもちろん違う学校で、実はみょうじさん、ここが近所というわけでもないらしかった。それでも、時間を見つけては散歩がてらここまで歩いてきて、猫と馴れ合ったり読書を楽しんでいたそうだ。おしとやかで引っ込み思案なみょうじさんは、しつこく付きまとう俺を迷惑に思っていたに違いないのに、それを顔に出すことも無く態度に表すこともなく付き合ってくれた。たまに、一緒になって笑ってくれて、俺の口説きに頬を染めてくれることもあった。その度に俺の胸はどうしようもなく締め付けられて、どこまでも彼女に惹かれていった。

はずなのに。

いかなる女性でも心から大切にする眼軸フルパワーで愛でる皮膚から汎愛を約束する…という、俺の紳士的かつ宿命的、致命的、根本的に生まれたときから俺の腹の底に居座っている呪いの様などうしようもない性分が、そろそろ限界だったらしい。

そして、それが、みょうじさんを傷つけた。

「古市さん」
「ん?どうしたの?」

居心地の悪そうな顔で俺を見上げるみょうじさん。今日もお気に入りのピンクのストラップを、指先でくるくると遊んでいた。その仕草が好きで、いつも可愛いなーって眺めていた。いつもより少しだけ低い彼女の声。のん気な俺。

「よければ、その…もう、会わないで、欲しいんです、けど…」


呆気にとられて口を利けない俺に、みょうじさんは「ごめんなさい」と声を震わせて、走り去ってしまった。彼女の世界から弾き飛ばされてしまった…。彼女の小さな後姿を眺めながら、自分の事をのろって、家に帰って懐かしい曲を聴きながら、大号泣した。怒ったほのかが俺の部屋に文句を言いに飛び込んできたが、鼻水をたらしながら壁に頭を打ち付けて涙を流している兄の姿が、彼女にはショックだったらしく、ドン引きして部屋を出て行った。このまま死にたい。誠実な人間に生まれ変わりたい…。みょうじさんと俺だけの国に閉じ込めて欲しい。俺の手はみょうじさんだけを、みょうじさんの手は俺だけを好きであればすべてが満たされる…そういうところに閉じ込めて欲しい…。



「な、に…これ」

布越しに聴こえた、待ちわびた彼女の声。いつもの広場の木から吊るしたピンクのカーテン。芝生の上にも同じピンクの布を敷いて、ちょうど三角の原住民的テントのような狭いスペース。俺はその中から腕を伸ばして、みょうじさんを捕まえて、小さく悲鳴をあげる彼女を連れ込んで、腕の中に閉じ込める。カーテンを透けた日光はほのピンク色に柔らかく、彼女の体は温かくて、俺とみょうじさん2人だけの空間でそれだけがすべてで、みょうじさんしか要らなくって、たとえばみょうじさんがそうじゃなくっても、俺はもう放さない。

「古市さん…」

待ち伏せてた俺に、驚いたみょうじさんの瞳。抱きしめあって、確信を持って、生まれ変ろうと決心する。

「好きなのは、みょうじさんだけですから…!!」
「…私がピンク色が好きだって、知ってたんですね」

微笑む彼女に頬ずりして、体全部を彼女の宇宙にゆだねた。

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