スナフキンと報われない両想い
長く眠ったあとの最初の朝日というのは、どうしてこうもあたたかく輝いていて心を突き動かして仕方がないのでしょう?

ああ、私はその答えを知っているんです。ええ、本当に知っているのです。とくんとくんと鳴るあたたかな心臓をちくりとトゲに刺されるような罪悪感を感じながら、その答えを知らない振りして、隣で微笑むフローレンやまぶたを擦っているムーミンと、そのあたたかな光を浴びながらたくさんの答えを出し合っては虹色の答えを持つ問題に心を弾ませた。

真新しい朝の空気をやわらく包み込むような優しい音色のハーモニカが、私とムーミンの心臓を掻きたてた。体中の毛が髪の毛から何まで逆立ちをして、肌がひりひりと痛むくらいに体中でそれを感じた。ムーミンははじかれたように部屋から飛び出して、次には私たちが見下ろす窓の外に姿を現した。緑色の大きな帽子と薄ボケたリュックを背負ったあの人に、朝の挨拶とも旅の労いとも再会の喜びともとれる温かな言葉を並べているのがよく聞こえた。ああ、帰ってきたのね…スナフキン…。

「やぁ、おなまえ。おはよう」
「お帰りなさい、スナフキン」

また会えて嬉しい、だなんて大胆なこと言えなくって、あたたかなココアの湯気の匂いを気持ちよさそうに嗅いでいるスナフキンの横で足の先をもじもじさせていた。ここで私が黙ってしまえば、きっと顔を洗って洗面所から戻ってくるムーミンがスナフキンを質問攻めにしてしまうはずだから、私とスナフキンのささやかで穏やかな会話は終わってしまう。まだ始まったようにも見えないけれど、いつもそう。私はたくさんスナフキンに伝えたいことがあるのに、そのたくさんの言葉はこそばゆくのどの奥に引っかかってスナフキンの耳にはおろか、私の口からこぼれることもない。スナフキンはもともとおしゃべりじゃない。私たちは同じ時間を共有しているくせにまったく違うところに居る。

「着替えを済ましたら?」
「…え?」

ふっとこぼれたスナフキンの声に顔を上げる。向こうのほうからムーミンのせわしい足音が聞こえる。かちっとぴったりスナフキンと私の目が合って、恥ずかしいくらいに顔が赤くなるのが分かった。目を背けるなんて失礼なことだけど、私はもしもそのままにスナフキンの事を見つめていたらぐつぐつと体が煮え立って、とうてい立ってはいられなくなってしまいそうだったので、とっさに赤く燃える暖炉に目を移した。遠くの雪と氷でぐずぐずと元気をなくした、スナフキンのブーツが2足かざしてある。

「おなまえは気がついてないかもしれないけど、まだ可愛らしい寝巻きのままなんだよ君は」

言ってのけるとココアに口をつける。私は火がついた猫のように部屋を飛び出して寝室に逃げ込んだ。開けっ放しに出てきたドアの向こうでスナフキンが笑ったように聞こえたけど、あれは春風のいたずらだったかもしれない。


私はムーミンママがミシンで作ってくれた春色のワンピースに着替えて、一足先に出かけたムーミンとスナフキンを追って外に飛び出した。立派な洋服はあっても、私にはちょうどの靴がなかったので裸足のまま、クローバーを踏みしめた。柔らかな緑の匂いと鼻の奥をつんとさす雪解けの匂い。暖かい日差しにワルツを踏む風。少し先に見えるムーミンの背中、その横にはまるで一番星みたいに輝いて見える彼の姿。私の体がぽかぽかするのは春の日差しの所為だけじゃない。

「てっきり魚釣りに行くのかと思ってたのに…」

夢中になって話しているムーミンの横に腰を下ろす。小さな色とりどりの花の中、ムーミンを挟んだ向こう側でスナフキンがこちらを見た。背中を叩かれたような、心臓をきゅっと絞られたような言い表せない衝撃に息を呑む。それはやっぱり、また、スナフキンが私の事を見て笑ったように思えたからだ。彼は、笑ったのだろうか?私を見て、笑ったなんて乱暴ではないけど、微笑んだなんてうぬぼれも出来ない。ただ口元がふと緩んで目元が優しく細くなったように…見えただけだ。きっとそう、だってスナフキンが、私の事を見て、微笑む…だなんて、…。考えただけで、体中から湯気が出そう。

「魚釣りじゃ、せっかくの洋服が汚れてしまうだろう?」

自惚れるしか、ないのだろうか?スナフキンの言う洋服とは絶対にスナフキン自身の事ではない。私の事を言っているんだ。フローレンが来て、ムーミンと一緒にスナフキンのために木の実をつんで来る、と行ってしまう。スナフキンと二人きりの花畑。指先をもてあまし、ころんころんと花を弾いているとスナフキンが口を開く。

「おなまえは春が好きかい?」
「…好き。一番に」

たっぷりとした匂いを抱いた風が、私とスナフキンの頬を撫でる。今気がついたけれどスナフキンも裸足だ。そういえば彼のブーツは暖炉の前にあるんだ。

「僕も、春は好きだ」

春はスナフキンに会える季節だから、寂しくて長い冬眠から目覚めると必ず彼の優しいハーモニカが響く素敵な朝を携えた季節だから…何にも替え難い、私の大事な季節。ああ、そうやって…スナフキンに伝えられることが出来たらどれほど素敵だろう?

「スナフキン、私…」

春が暖かさを増して夏になって、木の葉が色づき秋になる。葉がすべて落ちてしまえば彼は南へ旅立ってしまう。私は涙を我慢して寒い冬をムーミンたちをひっそりと眠りながら過ごす。ずっと一緒には居られない。一緒に居るには、私たちは違いすぎてて…それなのに今は同じ時間を、同じ風を、同じ匂いを感じていて…二人とも裸足にたっぷりと自然を感じている。

『好き』と伝えようとした私のくちびるに、桃色に開いた花が触れた。細い茎を握っているのは、もちろんスナフキンの手だ。いつのまにかぐんと縮んだ私とスナフキンとの距離に驚きと、照れで頭が破裂しそうになる。


「なんでも自分のものにして、持って帰ろうとすると、むずかしいものなんだよ。ぼくは、見るだけにしているんだ。そして立ち去る時は、それを頭の中へしまっておくのさ。ぼくはそれで、かばんをもち歩くよりも、ずっとたのしいね」


寂しそうな笑顔をたたえるスナフキンに、淡い恋心をまるで否定された悲しみにまかせてすがりつく。ムーミンとフローレンが鼻をくすぐる甘酸っぱい木の実を持ち帰るまで、私たちは春風に吹かれながら体を摺り寄せていたけれど、寒くなって本当にスナフキンのぬくもりが恋しくなる頃に彼は、孤独を求めて旅に出てしまうだなんて…誰が笑ってくれるんだろう?

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