ダメな椿くんが反省したが結果ダメ
今思えば僕は自分でも驚くくらいに他人が予想もし得ないくらいに弱くて卑怯で情けない男だったね。言い訳はしたくないけど(もっと惨めになってしまうだろうからね)でもこれだけは言わせて欲しいんだ、それは相手が他の誰でもないみょうじさん。君だったからなんだよ。

「あ…の、椿くん…」

震える小さな白い手をきゅうっとうっすらと赤い痕が残ってしまいそうなくらい強く握り締めて、みょうじさんは僕に好きだと言ってくれたね。今でも鮮明に太陽光の明度から髪を撫ぜて去る風が乗せていた匂いなど細部にいたるまでついさっきの事のように思い出せるんだよ。手にとって慈しむ事だってできるんじゃないかな…。でもね、みょうじさんが僕を好きになってくれたのより、僕がみょうじさんの事を好きになったほうがずっとずっと先立ったんだよ、君はそんな事知らないんだろうな…。

みょうじさんに告白をするなんて大それた事、僕ができるわけもなかった。生徒会に入って副会長として学校の規律・秩序を守るため粉骨砕身し生徒たちの手本となるよう威風堂々と振舞っていた僕だけどね、好きになった女の子に直接声をかけたりましてや好きだなんて言えるほど強くないんだ。そして残念な事に僕は一般よりも素直さが足りない難のある性格の持ち主だった。

しむけた。なんていい方高慢すぎるけど結果そうなってしまった僕とみょうじさんの関係。恋の駆け引きなんてわからないけど僕は極力、学校生活でみょうじさんの視界に入るよう心がけた。教室から出て行くときもわざと遠回りを下ってみょうじさんの前を通って彼女に僕の姿を見せつけた。みょうじさんが廊下を歩いていれば彼女の進行方向前方を歩き、彼女が中庭で女生徒の友人と談笑をしていれば並行してる渡り廊下を意図的に何度も通った。みょうじさん本人に何か優しく振舞ったり特別扱いをすればもっと事は早急に進展を見せたのだろうけど僕にはこれが精一杯だった。それでもみょうじさんは僕に好意を抱いてくれた。

みょうじさんが僕を好きだという事が判れば僕はなんだかそれだけでも満足で満たされた。同じ通学路を同じ時間に同じ歩幅で帰路を歩き恋人だなんて響きに舞い上がった。でもそんな気持ちを、男のくせにふわふわしたくすぐったい気持ちを胸の中で温めているだなんて女々しい事をみょうじさんはおろか誰にだって伝える事はできなかった。自身の中ではみょうじさんと歩く帰り道がもっと長ければいい、彼女の門限なんて無視してこのまま何処かに連れて行ってしまいたいずっと一緒にいたいもっと近くに行きたいそんな気持ちで顔面がとろけそうだったくせに、僕の名前を呼んでははにかみそわそわと空いた互いの手の距離を気にしていたみょうじさんに向ける僕の顔はどうだっただろう。

そういえば手を繋いでくれたのもみょうじさんからだったね。偶然触れた手をひっつかむように乱暴にぎゅっと結んで、怯えたような不安そうな顔をしていたみょうじさんの事を近頃よく思い出すんだよ。あたたかい小さな手でぎゅうっとすがるように握った僕の手は自分でも驚くくらいに冷たくて(あるいは君の手があたたかかったのかな)呆然としてしまって、僕の気の抜けた顔を見てみょうじさんは何を勘違いしたのか謝って手を放してしまった。あの時、みょうじさんの手を引っ張って手繰り寄せてそのまま僕の胸の中に彼女の事を仕舞いこんでしまうくらい僕に勇気があったなら…って、そんな仕様も無い事を思い出しては自責の念みたいなものを腹の奥に感じるんだ。みょうじさん、君はあのときの事を思い出したりするのかな?



「別れよう」



不甲斐ない僕は結局最後の、別れの言葉もみょうじさんに言わせてしまった。それでも君の言葉に僕は納得していた。「好き」と言ってくれた時のように君はもう震えても居なかったし「一緒に帰ろう」と言ってくれた時のように必死でもなかったね。「椿くん」呼んでくれる名前は酷く他人行儀な冷たい言葉に聴こえた。それはみょうじさんの心境の変化の所為なのかそれとも僕の甘え惰性の所為なのかは毅然とした姿勢の中にも悲しげな色を見せるみょうじさんの瞳を見れば一目瞭然だった。僕は自身を力いっぱい100万回は殴ってやりたいと思った。

ああ、思い返せば僕はみょうじさんに好きだって言った事も無かったかもしれない。浮ついた気持ちを恥ずかしいと思い平常心を装うと変に格好つけて不機嫌そうな態度でみょうじさんに接していたかもしれない。手を握ったといってもみょうじさんに繋いでもらっていただけだったな、会話だって楽しく弾んだ覚えが無い思い出せないくらいに君との時間は恐ろしく緊張していたと思う。みょうじさんに対してずっと要らぬ気を遣い様にならない格好を付けのに必死で彼女の顔をしっかり見た事だって無かったかもしれないな…そういえばいつからか、帰る時間が合わなくなったりみょうじさんから僕を生徒会室に迎えに来ると言う事がなくなっていったね。偶然一緒になった帰り道でも僕のほうを見てはにかんだりそわそわしたりしなくなっていったね。

そんなみょうじさん、ちゃんと気がついていたんだよ。それでも僕にはどうすればいいのかわからなかった。「好き」は続くもので僕らはずっと「恋人」だと思っていたんだ。季節の移り変わりのように僕はまたあたたかな季節がめぐって来るんだと勘違いしてみょうじさんに甘えて頼り切って信じきって…純粋に君の事を見ようともしていなかったのかもしれないね。離れて気がつくよ、みょうじさん違反の香水を使っていたんだね微かに香る匂いはもう僕の鼻をくすぐらない。彼女のカバンについていたストラップが揺れるたびに付属の小さな鈴が鳴るのだって、聴こえなくなってから気がつくんだ。声が大きかったのだって、ちょっと深爪気味な丸くて小さい爪だって、小指の先で鼻の横を掻く癖だって全部、全部全部…


「みょうじさん、僕は君が好きなんだ」

ひとりぼっちになった生徒会室でつぶやいてみたってそれは薄い煙のようにすぐに空気の流れにかき消されてしまった。ああ、でもそれでよかったのかな。こんな不器用な僕じゃ何度だって些細な事でみょうじさんの事を傷つけてしまっていたかもしれないからね。うまく言えない気持ちで何度きみを傷つけたのだろう、態度に表せない僕の思いをきみに察しろだなんて無理な事言えなかった。一緒に居られるだけでよかったんだ、君の声が聴けるだけで良かったんだ、君に好きで居てもらえるだけでよかったんだ、僕が君の事を好きなだけでよかったんだ。全部、みょうじさんが好きだから…それだけだったんだ。だから許して…

恋人ではなくなっても廊下ですれ違うたびにみょうじさんが僕の事を見て少し居心地が悪そうな表情を浮かべる事に、教室で業務的に僕の事を呼ぶときの素っ気無さの奥に感じられる懐かしさに、ずっとみょうじさんに甘えっぱなしだった愚かな僕は少しだけ優越感のようなものを感じて居るんだ。ごめん、それでも僕はみょうじさんにとってそれほどに重要な存在だったんだね。ありがとう。

ああ、僕の恋人じゃなくなったからって僕の見える範囲の世界では君はひとりぼっちで居て欲しいな。いつか僕がその手を引いて何処かにつれていけるように…例えばその時、みょうじさんが僕の事を好きじゃなかったとしても僕はみょうじさんが好きだからもう1度だけ甘えさせて欲しい。

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