おむすびと雅次
私は雅次さんが誰も居ないお台所に立って居る姿がとっても好きだ。

お夕飯のお片づけが済んでしまうとお屋敷の賄いさん達はそれぞれのおうちに帰ってしまうので(本家の賄いさんは住み込みの方が居るけど、分家には住み込みの方はいらっしゃらないのです)夜遅くになってしまうと、広いお台所はふっと火を消し去られてしまったように日中のそこよりもずっとずっと寂しく寒く感じる。大きな釜も鍋もぴかぴかのテーブルも全てが疲れ果てて眠り込んでしまって居るかのように静かだ。

花開院の方がお台所に立たれるなんて本当はおかしなことなんだけど、雅次さんはあまりそう言ったことを気にしていないようだった。いつも綺麗な着物を着てきらりと聡明そうな眼鏡をかけているという風貌や毅然とした冷静な態度ではとても気取って居るように見えるけど、実際はそんな事なく結構おちゃめなところがあったりする。紅茶派だって豪語するくせにカステラを食べるときには緑茶じゃないとダメだ!って古風なこだわりがあったり、あんこがあまり得意じゃないと言って置きながら豆大福だけは大好きだったり案外子供っぽい一面もあって一緒に居てずっと飽きる事が無い。

そしてもちろん、その風貌から想像も易い大人っぽい仕草や態度喋り方もする。正座からすっと立ち上がったときに自然に腰の周りをぐるっと撫で回すように着物の帯を直す仕草がとっても艶美で、私は何度も見たことがあるくせにやっぱり何度もはっと息を呑んでしまう。ふっと息を抜くように笑う癖とか小さい子にものを言い聞かせるような喋り方、困っちゃうと眉をひそめて情けなく笑ってうーんって小さく唸りながら眼鏡を直すんだ。どんな雅次さんも素敵でかっこよくて大好きなんです。雅次さんは気づいてるのかなー?


「…なんか小腹が空いたな」

一緒のお部屋で古い陰陽術の文献を広げて、深くは議論しないにも毎日の基礎勉強としてある程度の時間はこうしてお互いに意見交換をしたり文献を読み返したりするようにしている。まぁ、半分くらいは雑談とかで終わってしまうのだけど、私としては長い時間雅次さんと一緒に居られるだけで嬉しいからいいんだ。

ぽつりと雅次さんがつぶやいて私は反射的に壁の振り子時計を振り返った。9時を過ぎたそれを見てわたしも雅次さんも賄いさんの不在を確認した。正直、賄いさんが居ないとまともに食べられるものは無い。お饅頭とか、おせんべいとか干菓子とかなんだか気休めみたいな食べ物しかない。私は一応、雅次さんに机の上にあったみかんを差し出してみたけど、どうやらそういう気分ではないらしく残念そうに首を振ってみかんをかごに戻した。


陰陽術ではお腹は膨れないので、とりあえず二人でお台所に食べ物を探す旅に。暗くなったお屋敷の濡れ縁を大回りして着いたお台所はやっぱりしんとしてて寂しくてちょっと居心地が悪かったけど、雅次さんが電気をつけて私よりも先にお台所に入ってしまうとそこはまた違う雰囲気を見せた。しっかり着込んだ着物は生活感が無くいっそ現実味さえないのに、こんな家庭的過ぎる場所で小さな子供が隠されたおやつを探し回るように戸棚を開けては閉め、開けては閉めを繰り返している雅次さんはなんだかとっても無邪気で可愛く見えた。

「あ、お米!残ってますよ!」

予備の炊飯器に残っていた冷ご飯。ネギとか卵とかもきっと冷蔵庫にあるからそれでなんとなく、チャーハン的なものが作れるだろう…そう思って居ると雅次さんは嬉しそうにその冷ご飯を大き目のお茶碗によそって電子レンジで温め始めた。え?!もしかして、白米のまま…?!

あたたかそうな色がともった電子レンジの電子数字がピッピと減っていくのを、二人で並んでじっと見つめていた。それはきっととても奇妙な光景だったけど、当事者としてはなんの感慨も無くある種の小休憩のように感じていた。お台所の時計は9時20分近くになっていた。

チンっとなんでかその場に上手く馴染まない電子音が鳴ると、雅次さんは温まったご飯をレンジから取り出して、少し手をお水で冷やしてからその大きな手のひらに塩を振りかけてがばりと熱そうなお米をたくさん手に取った。ああ、おにぎりですか。

「おなまえは?お腹空いてない?」
「大丈夫ですよー、私は雅次さんみたいに食いしん坊じゃないんで」
「ふふ、そうだね。女の子がこんな時間に食べたら太っちゃうもんな」
「そ、そういうんじゃないですッ!!」

身長差の所為で私の顔の横辺りで雅次さんがぎゅっぎゅっとおにぎりを結ぶ。あたたかいご飯の匂いが鼻をくすぐると、お腹が減って居るわけではないけどすこしだけ口の中でよだれが出る。大き目の茶碗にはまだ少しご飯が残っていたので私はそれを綺麗に集めてしまい、雅次さんのものとは比べ物にならない大きさだけどおにぎりを作った。

雅次さんはあんがい乱暴にぎゅうぎゅうとおにぎりを握りつぶすようにしちゃうし、はじめからご飯を取りすぎだったからぽろぽろっと手の隙間からおこめつぶが顔を出している。私はちょうど自分の手に収まるサイズのおにぎりを握るというか、揉むように結んで雅次さんよりもちょっと早く完成した。けっこう綺麗な三角になった事をひそかに喜んで居ると雅次さんに上手だなーって褒められた。

手についたお米をぺろっと舐めとっていると、雅次さんもようやく爆弾おにぎりが完成したようで、大きな手のひらに余すとこなく引っ付いたお米の粒に笑った。それをちょいちょいちょいっと指先で集めて、ちっちゃなおにぎりを作る雅次さんを見ていると、手のひらのお米粒をベロで直接つまんでしまった自分の教養のなさに恥ずかしくなった。

「はい、おなまえの分」

オマケみたいなおにぎりを私のほうに寄越して雅次さんが笑う。本当はお腹空いてたんでしょ?私が自分から作り始めたおにぎりを見て何か勘違いをした雅次さんの優しくてちょっぴり意地悪な冗談ミニチュアおにぎり。嬉しかったけど、恥ずかしくてそれにやっぱりこんな遅い時間に炭水化物なんて摂取したくないなーでも雅次さんが私の事考えてくれて作ってくれたおにぎり…ううーん、甘酸っぱい乙女心が揺れる。でも、とりあえず、私が結んだおにぎりは別に私のためのものではないのだ。そこだけは誤解されちゃあ困っちゃうのだ。

「このおにぎり、雅次さんのために結んだんですよ?」

私が素直にそういうと、雅次さんはちょっと驚いたけどやっぱりいつもみたいにちょっと困った顔で笑って眼鏡をくいっと上げた。いつもと違うのは、顔がちょっと赤かったのとまだ手についてたお米の粒が聡明そうな眼鏡にぴとっと付いてなんとも間抜けな風貌になってしまったことだった。

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