怪しい夜に羽衣狐様と二人乗り
友達と遊んだ帰り道。仲良しの女の子ってどうしてこう、集まると時間も忘れて愚痴に始まり馬鹿笑い恋の話あほな話理想の話そしてまた愚痴なんたらかんたらで時計の針がジェットコースターの降下速度並に風感じちゃうぜって勢いでくるくるくるくる回っちゃったって気づきもしないんだろう…。

夜のカーテンを引いた町の中、ちかっと光る小さなライトが私が走る2秒後の道を照らす。自転車を漕ぐ音が聞えないくらいに大きな音量でイヤホンから私の大好きな音楽が私の脳みそに流れ込んでくる。夜の道には人っ子一人いぬ一匹ゴミ一つなくって、肌と髪の毛と翻るスカートで風を感じながら、脳みそを響かせる音楽に合わせて口をまわす喉を震わす舌を巻く。指先でハンドルをリズミカルに叩きながら、要所要所でベルをちりーんッ

規則正しく整理させたこの町の道。角から飛び出すといきなり道に飛び出てしまうこの形に慣れていた私は、気を抜いていたんだ。ふっと真横に現れた車。私の小さなライトでは照らされることは無かったけど、車の大きめのライトでちらと照らされた細長い人のシルエット。全てが一瞬で私は車を避けるためにわざと自転車ごと、人のシルエットとは反対側に倒れた。車はまるで私や向こう側の人に気づかなかったように、そのまま何事も無かったように走り去って行ってしまった。クラクションも罵声も無し。おかしなことに、排気ガスの残り香だって無かった。

「あッ…」

私はこけた所為で痛めた肘を擦りながら、自転車もそのままに向こう側に居るはずのきっとさっきの車の所為で危ない目にあってしまったであろう人に駆け寄った。そこに居たのは真っ黒のセーラー服を着た、真っ黒のタイツを穿いた、真っ黒の髪の、真っ白な肌の女の人だった。はっと、息を呑んでしまいそうなくらい綺麗で一瞬声をかけるのをためらった。

「…あ、の」

車に当てられてしまったのだろうか、それともとっさに退いたのだろうか…彼女は正座を崩したような格好で地面に座り込んでいた。どんなに暗くても顔が真っ白な所為かなんとなく表情が見えたけど、そこには全く表情と言うものが無かった痛いとか驚いただとか…。まるでさっきの車と同じように何事も無かったようだった。

でも、良く見ると彼女は片手で片方の足首をかばうようにしているのが分かった。痛いのだろうか。優しく、腫れ物でも触るかのようにそこを擦っている。私がそんな彼女をじっと見て居るのに気がついた彼女は、ゆっくりとした仕草で私を見上げて、心臓を鷲掴んで放さないような…そんなすごいびっくりしちゃうくらい綺麗な笑顔を向けた。

「あ…だ、大丈夫ですか?!あの、さっきの車ッ」
「平気じゃ。それよりお主の方は?」

長い髪の毛を、少しももつれさす事無くさらりと掻きあげた。私は肘が少しだけ痛かったけど、彼女の事のほうが心配だったので平気だと応えた。にこにこ笑っているけど、一向に立ち上がろうとしない彼女はきっと相当に足が痛むのだろう…。幸い私の自転車は倒れた拍子に壊れる事も無く、今はただむなしく浮き上がった前輪がかりかりかりっと空回りしているだけだった。

「あ、の!足…大丈夫ですか?立てますか?」

私が彼女の肩を支えるように手を差し出しながらしゃがみこむと、彼女はその手に自分の手(白くて細長くて爪がとても綺麗だ)をそっと重ねて首を振った。首を振るときに伏せられたまつげが艶やかで、揺れる前髪がとっても扇情的だった。

「それが…酷く痛んでのぅ…」

困ったのぅ…。変わった喋り方をする人だな、と思ったけど…。困ったと言って情けなさそうに眉をひそめたその笑い顔に見上げられると、私の心臓は跳ね上がってまるではじかれたかのようにびくりと肩を震わせた。

「あ、あの!もしよかったら、私の自転車でおうちまでお送りしましょうか?」



横向きに自転車の荷台に腰を下ろした彼女は控えめに私のわき腹に手を添えた。おうちは何処かと訪ねたけど、道々案内するといわれたので私はとりあえず自転車をこいだ。今度はイヤホンはせずに、ずっとずっと風の音を聞いていた。

そういえば、彼女の名前も聞いていない。学生服を着ていると言う事は女学生さんなんだろうか…?どこの学校なのかとか…訊いてもいいのかな?声をかけようかと思ったけど、なんだか自分の自転車の荷台にこんな美人を乗せて居るんだと思うとそれだけでもう緊張してしまい、声を出す事もできなかった。そうして、お互いにずっと黙ったまま道を進んだ。

「さっきの歌」
「へ?」

風が耳元をびょおびょお大きな音を立てて走り抜ける中、何故か彼女の声が脳みそに直接囁きかけて居るように鮮明聞えた。決して大きな声ではない。本当に、ほとんど囁くような消え入るような声だったのだ。何の音も無い静かな部屋で、すぐ耳元で唇が耳に触れてしまいそうなほど近くで囁かれたのではないかと思うくらいに鮮明だった。それでも決して風がやんだわけではない。私の髪もスカートも何もかもが風の流れを感じていたからだ。

「面白い歌じゃったのぅ、もう歌ってはくれぬのか?」

歌?さっきの歌…っていうのは、私が歌っていた歌だろうか…。いや、待てよ?私が歌ってたのって彼女に出会う前じゃなかったっけ?そうだ、車に驚いたときにはもう歌ってる余裕なんて無かったんだから、彼女が私が歌ってた事を知ってるなんて可笑しい。心臓が、高鳴る。

「そうじゃのぅ、お主のような者は夜に喰わせるには勿体無い…その通りじゃ」

首筋に冷たい汗が流れた。おかしい。おかしいおかしいおかしい。何で彼女は私が歌っていた歌を知って居るんだろう?そういえば、なんでこの道は真っ暗なんだろう?おかしい。いくら夜だからってこんなに真っ暗…家の電気一つ付いていないなんておかしい。さっきの車だって、そういえばおかしかった。人は乗っていただろうか?本当に車なんて通ったのだろうか?車の走った後に車の臭いなんてしなかったじゃないか…おかしい。それよりも、一番おかしいのは後ろに乗っている彼女だ。こんな時間に一人で?何も持たずになんであんなところに居たんだろう?家まで送るって言ったけど、なんで先に家の場所も教えてくれなかったんだろう?おかしいおかしいおかしい…

さっきから、耳元で彼女の乾いた小さな笑い声が細やかな砂のように少しずつ私の耳に入り込んでくる。それは冷たくて重たくて私の神経をずっとずっと鈍らせた。怖くてたまらないのに、動けない。足元を流れる空気の温度がずっと冷たくなって霧さえ出てきた。もう私が走る2秒後の道は照らされていない。冷たい霧が私の事を避けるように割れて、流れていく。もう私が走る2秒後の道は照らされていない。照らされない。

するっと、氷のように冷たい彼女の手が私の胴体を走った。心臓を鷲づかみされそうになる。左の胸を彼女の指先が走った瞬間、私はとっさに体を揺らして自転車を倒した。倒れた衝撃に自転車も私の体も大きな音を立てて、耳が道路に削られて熱くなった。肩が外れるかと思うくらいに強く打ち付けて、燃える様に痛んだ。それでも体を起こすと、道沿いの家々の明かりは煌々と輝いていて、耳をすませば人の声やテレビの音さえ聞えてきた。そしてもちろん、彼女も居なくなっていた。

「…なんだったんだ…」

自転車ともつれ合いしゃがみこんだまま、自分の手を心臓に押し当てるとそこだけがまだ氷のように冷えていた。





歌ってた歌:東京事変さん/秘密

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