Sの一方通行はカオスな竜二
「竜二さん、明日のご予定は?」
「午後から外出してくる」

花開院の女中である私の主な仕事はお屋敷の清掃や諸々の家事。応接間や客間などは使用する予定が無い時、好き勝手に掃除が出来るのですが個室はそうはいきません。自室を私たちに掃除されるのを嫌がる方もいらっしゃるのでまず先に一声掛けさせていただいてからどんな風に掃除をするのかをお伝えします。

たとえばほうきで床を掃いて雑巾で畳を拭くだとか…。そんなに神経質になる必要は無いとおっしゃられる方も居ますが、特殊な技術をお持ちの方のお部屋と言うのは場合によっては取り返しのつかないことが起きてしまうかもしれないような危険なものが保管・設置されているかもしれないのです。水を近づけていけないもの、日光に晒してはいけないもの、触れてはいけないもの、移動させてはいけないもの。私には陰陽術の事は分かりませんが、備えあれば憂い無しといいましょうか…予備知識としてご本人にお伺いしておく事が一番だと思っています。

「それでは午後よりお部屋のお掃除にお邪魔してもよろしいでしょうか?」

竜二さんのお部屋は私の担当。個室のお掃除に対する私なりの配慮が竜二さんの高評価に値したようで竜二さんのお部屋は毎度私が決まった作法で掃除する事になっている。簡単なのもんだ。竜二さんのお部屋には古い書物がたくさん在るので、それに埃がかぶらないよう布をかけてしまえば後は普通の掃除と同じ。ほうきで掃いて固く絞った雑巾で畳を拭く。1時間もかからない作業だ。

「ああ、頼む」

廊下で鉢合わせた竜二さんに断りを入れ、明日の午後の予定が一つ埋まった。竜二さんが先に足を進めるのを待って頭を下げていた私には、その時の竜二さんの葉の先のように鋭くとがった瞳がぎらりと私の事をねめつけていた事など知りませんでした。知る由も無かったのです。普段の竜二さんと寸分のたがいも無く、そこにいらっしゃった竜二さんは竜二さんだったのですから。




たとえ主の居ない空っぽな部屋だったとしてもふすまに手を掛ける前には必ず失礼の一言を。掃除道具を携えて竜二さんのお部屋の前に膝をついた。

「失礼します」

そう言って部屋の中にはいると驚いた事にそこには竜二さんのお姿があった。今日はお出かけのご予定だとばかり思っていたが、予定が変わったのだろうか…。着流しのまま本棚にもたれかかり彼の癖、片手で顎を軽く擦りながらなにやら難しそうな本を読んでいた。なんとも怜悧なお姿である。

「申し訳ございません、本日はお出かけのご予定だと…」
「気にするな。入れ」

今まで竜二さんがお掃除に立ち会ったことは無かった。1度たりとも。部屋の持ち主に監視されながらの掃除は酷く神経を使うのであまり好きではないのだが、本人と部屋に居合わせてしまった以上、さらには入れと命ぜられてしまった以上。雇われている身である私にはなんの拒否権も残されていなかった。


ぴりぴりと皮膚が痺れるような空気の中、私は出来る限り竜二さんのお勉強の邪魔にならないようなところを探して、掃除道具を配置し着物の袖をたすき掛けた。ふと竜二さんのほうを見ると竜二さんはまるで私の体に微小な虫でも付いていてそれを必死に目で追って居るような鋭く強い目で私の事を見ていた。その瞳の鋭さ凄まじさに気おされてしまった私はひっと小さく息を呑んでしまう。

「あ…の、ではお掃除を始めさせて」
「服を脱げ」
「いただ…え?」

お辞儀をして掃除をはじめようと思ったら竜二さんの意地の悪そうな淵に墨でも垂らしこんだかのように深い嗤いを刻んだ口からとんでもない言葉が聞えた。聞き間違いだと思い、確認すら必要ないと思った。思いたかった。だって私には服を脱ぐ必要なんてないのだ。もちろん竜二さんにだってそんな必要ないに決まっている。

「聞えなかったのか?着て居る物を脱げと言ったんだ」

早くしろ。平然と言いのける竜二さんが怖かった。竜二さんが本当に何でもないかのように私に向かって言い放った言葉は私の脳みそに染み付き嫌な染みを広げながら神経をおかしていった。指先がぴりりと痺れてのどの奥がぱりぱりに乾いてしまう。前髪の生え際わきの下膝の裏首筋にじんわりと嫌な汗が吹き出る。頭に血がめぐる感覚がまるでそこが膨張しているように感じて両手で押さえてしゃがみこんでしまいたくなるけど、絡まりあった竜二さんとの視線が震えさえも許してくれなかった。

逆らう事はできない。私は雇われている身だ本家のご長男である竜二さんに逆らう事などできるはずが無いのだ。

「なぜ、ですか」
「訊こうが訊くまいがどちらにしろ脱がなきゃならんのだ」
「ですが…その、誰かが…来たら」

私が竜二さんのお部屋に裸で居るところを誰かに見られてしまったらそれは私よりも竜二さんのほうが大変な事になってしまうのではないだろうか…正統な血筋の者がよもや女中との色沙汰など…

「誰も入ってこれんさ」

やっと私のものから外された竜二さんの視線はふすまの合わせ目をするりと睨んだ。その視線にはどこか愉快そうな色が見える。『封』の文字と私には理解し得ない絵のような文字のような不思議なものが走らされている紙が、ふすまの合わせ目を跨ぐようにぴったりと貼り付けてある。私が入ってきたふすまにもいつのまにか同じものが貼ってありいわゆる『結界術』か何かなんだろうと言う事を悟った。これでもう誰かが入ってくることは出来ない、出ることも出来なくなった。



竜二さんの圧倒的な態度に私の抗おうとする意志は萎えていった。もともと無いに等しかったそれはいまとうとう小さな灯が冷たい風にあおられ頼りなくふっと消えていってしまうように、消えてしまった。

帯を解いて着物を肩からすべり落とす。しゃんっと衣擦れの音が静かな室内に吸い込まれ襦袢のみになった私。ああ、もうお部屋の掃除は叶うことなく私はここで竜二さんの戯れにもてあそばれ犯されてしまうのか。嫌なイメージばかりが思い浮かぶ。悲しさ悔しさ恐怖に涙すら滲んできた頃、また竜二さんが口を開いた。

「全部だ」



こんな屈辱は今まで受けたことが無い。怒りか何か分からない、今まで感じた事の無い自分でも処理に困る凄まじい感情に血が逆流する思いだ。一矢纏わぬ姿になった私を棒立ちにさせたまま竜二さんは嘲笑と蔑みを交えた表情を浮かべ、顎を擦った。

「本当に脱ぎやがった」

腹の底から可笑しそうに、笑いたいのを堪えてこぼれるようにくっくっくっと笑う竜二さん。なんと言い返してもいいか分からない。体の横でぎゅっと両手を握り締めて屈辱に耐える。爪が手のひらの肉に突き刺さる痛みさえも感じられないくらいに私の神経は屈辱に犯されていた。誰にも見せた事の無い身体を何故こんな風に竜二さんに見せなければならないのだろう?

私を犯すことが目的なのならば早く済ませて欲しい。さっさと済ませて早くこの部屋から消え去りたい、竜二さんの視界から消え去ってしまいたい。体の芯が屈辱に燃え上がるのが分かる。

「さ、はじめろ」

竜二さんが部屋のふちの座布団に腰を落とした。私は驚いて声を上げそうになった。はじめろ…というのは、何をだろうか…?私には色沙汰の経験が無い、女性側から男性を誘惑するような…そういう技は知らない…。動揺を隠し切れなくて酔っ払いのように可笑しな足踏みをしてしまった。

「何をしてる、掃除をしろと言ってるんだ」

そう言って竜二さんは私を睨んだ。



畳の目にあわせてほうきを滑らすと細やかな埃が障子越しの午後のひかりの中に泳ぎちらちらと反射しながら舞い上がった。私の体の表面にじわりと緊張と屈辱に沸いた汗に埃が吸い付くように付着する。気持ちが悪い。裸のままほうきを握っているだなんて信じられない。陰毛に絡みつくように付着した埃を睨み屈辱に唇をかんだ。こんな事、早く終わらせてしまおう。できるだけ竜二さんの目に触れないように、見られたくないところを見せないように注意して作業を進める。

雑巾で畳を拭いていると体を揺らすたびに自分の乳房が揺れているのが分かった。ちらと視界に入った所為できになってしかたがなくなってしまった。ああ、私はいま本当に裸なんだなとおかしな実感がわいてくる。さらには同室に竜二さんまで居るという…まったくもって、おかしな話だ…。胃がひっくり返って何かこぼれ出てしまうのではないかと思うほど憎しみと羞恥に内臓がきりきりと痛む。体に張り付いた埃が気持ち悪い。裸のまま雑巾を扱うのも気色が悪い。ぬるくなった雑巾が臭気を漂わせる。ああ、もう早く終わらせて湯を浴びて自室に戻りたい。

「丸見えだぜ、おなまえ」

私が掃除を始めてから初めて竜二さんが口を開いた。何が丸見えなのか…そんな事訊く必要も無い。頭の中が真っ白になって何か凄まじく熱い物が体中を内側から私を壊してしまおうかとでも言わんばかりの勢いでめぐり暴れた。胃が熱くなってぎゅうっと収縮するのが分かった。

私は竜二さんを無視してそのまま掃除を続けた。信じられない。なんて下品な男なんだろう、なんて下劣で卑俗でいやらしくて…なんて嫌なやつなんだろう。ぐっとかんでいた唇がぷちりと音を立てて切れた。肉に歯を付きたてたまま私は拭き掃除を済ませた。もう体を小さく丸めてこっそりなんてやっていられない。普段どおりにさっさと済ませてしまおう。

最後の一枚の畳を拭き終えて、私はすぐに自分の着物がおちている本棚の前…竜二さんの隣に走り寄った。掃除は終わったんだ。作業を終えて竜二さんが何もいわないと言う事は掃除が完了した事を認めたという事だ。これで私はこの部屋から開放される。

しゃがみこんで着物を手繰り寄せると、隣で竜二さんが痛みか何かに堪えるような低くくぐもった苦しそうな短いうめき声を上げた。と同時に私の頭から畳にかけて何かがほとばしった。顔にかかったものをぬぐって、信じられない…信じたく無い事実に竜二さんを睨みあげると彼は平然と自身の性器を握り私に突きつけてきた。性器の先からはまだ少し精液が零れ落ちていた。自分の汗と竜二さんの精液の臭いが鼻に付く。異臭に怒りに屈辱にとうとう腰が抜けてしまった。

「汚しちまったな、掃除しとけよ」

そう言って汚れた自身の性器を私の着物でぬぐい、服装を正した竜二さんは私の事を睨みつけて出て行ってしまった。まるで当然のように障子を開け放したまま彼は出て行った。私はその場で一通り嘔吐して、掃除をせずにそのまま部屋を後にした。

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