ヒルダさんは悪魔さん
こんな風に(具体的に言うならば男鹿くんの家で男鹿くんの部屋で男鹿くんとベル君がコンビニに行くって言って部屋はおろか家すら出て行ってしまった状況下)ヒルダさんと二人っきり(男鹿くんのベッドに隣りあわせで座っている)になるのは初めてで、私はとても緊張していた。

どのくらいの緊張状態かと言うとそれはもうチーターとチーターにバックをとられたガゼルの草原でのツーショットくらいの緊張状態だ。下手な動きをすれば食われる、動かなきゃ食われる、動いたところで食われる。奇跡をまつしかないガゼルはお尻の筋肉を神経質にひくひくさせながらいつか諦めてくれないかなー?実はもうお腹いっぱいとかじゃないかなー?コンビニ見つけて無性にフランクフルト食べたくなってくれないかなー?という淡すぎる、春先のジャケットなんて比にならないくらい淡すぎる期待を胸にじぃっとチーターの足を見つめている。いい足だ…エロい…

「なんだみょうじ、さっきから私の足ばかり見て…穴に突っ込まれたいか?」
「まさか!!いやいやいや!!え?ってか穴って?!どっち?!どっちの穴?!!?」

優雅におしゃれで高そうなティーカップで紅茶をお召し上がられていたぷるんとした唇が意地悪くゆがめられる。しなやかに皮下脂肪を蓄えた無駄の無い設計の、神の計算から打ち出された黄金比率で作り出された素晴らしいおみ足を春色の花びらでも発生させ暖かな風すらも生まんとする優雅な仕草で組み直されるお姿といったら…!!

「さぁ、どっちの穴かは…みょうじしだいだな」

うっすらと細められた不思議な色の瞳で捕らえられると、まるで魔法にでもかかったかのように体が動かせなくなる。私の気持ちの問題なのか、それともやっぱりヒルダさんは悪魔な訳だから…

その、魔法とかそういう不思議な力が使えたからって可笑しくないわけで…これは私がヒルダさんにああそういう変な感情を持って居るからそういう風になっちゃうとかではなくって、ヒルダさんのまほうなんだそうだじゃなきゃおかしいんだだってヒルダさんはあくまでにんげんじゃなくってそしておんなのひとなんだからわたしがひるださんにたいしていだいてるかんじょうっていうのはほんとうにちゃんちゃらおかしいねーなわらっちゃうしろものなんだ

私はヒルダさんが好きだ。ヒルダさんの事を考えると脂肪で膨らんだ胸が締め付けられるように痛むのだ。ヒルダさんの事を思うと子宮を携えたこの身体が可笑しな程に熱くなり焦がれるのだ。ヒルダさんの事を見ているとヒルダさんの声を聞いていると純にも邪にも思考が絡まり思考は叶わず枯葉が頼りなく水面を流れいつかその流れに飲まれてしまうように、何かに流され飲まれ沈んでいってしまう。はじめに恋を患うなんて言った人はすごいな…核心をついて居ると思う。そうだこれはもう、病気だと思う。

「ヒルダさんは…」
「ん?」

『私の事をどう思う?』

そんな事、訊けるはずが無かった。

「あ、いや…!ええっと…ヒルダさんはーあのー」
「どうした」
「あの、悪魔…なんですよね?」

何を言ってるんだ私はー?!話題が無いからって何だそれぇぇ?!ちょっと怪訝そうな顔をしたヒルダさん。私が急いでつくろった話題に違和感を覚えたんだろう。でも、何でもなさそうな顔に戻って返事をくれる。

「そうだが、それがどうかしたか?」
「あ、っと…ええっとですね、そうですよね悪魔なんですよね?」
「そうだと言っておろう」

隣り合った距離がいまさらなんだか近いように感じて手にじっとりと嫌な汗をかいた。

「えーっと、悪魔がいるんだったら、やっぱり天使とかも?居るんですかね?」

私の問いにヒルダさんはあからさまに不服そうな顔をした。本当はそんな話がしたいんじゃないんだろうって何を隠そうとしてるんだって顔をして居る。それでもやっぱりヒルダさんは私の質問に答えてくれた。

「さぁ、どうだろうな」
「え?知らないんですか?」
「おかしいか?」
「え、あ…いや…」

紅茶のカップを机の上にのせて、ヒルダさんがお尻をふいっと浮かして私に一歩(一お尻?)近づいた。私の艶っぽさの無い脚にヒルダさんの妖艶すぎるおみ足が触れる距離。可笑しな位に心臓が高鳴り目玉が熱くなった。避けるのもおかしい、だからってこの距離を保っておく気力なんて私には無い。

「私は魔界の住人だ。天使など見たことも無いな」
「そう、なんですか…」

黒いしなやかな手袋を纏った細長いヒルダさんの手のひらが私のふとももに添えられる。ばちんとスイッチでも入れられたかのように私の身体がはじけた。ヒルダさんは意地悪な微笑を口元にたたえて私を見つめた。

「みょうじの思う、天使とは一体どんなものか聞かせてくれんか?」
「え、あ…天使…ですか?」
「そうだ、天使だ。一般的に悪魔とは対にあるようだが」
「そ、う…ですね。天使…白くて、ふわふわしてて」

胸元の良く開いたヒルダさんの洋服から、こぼれそうに窮屈そうにしている大きな白い胸が私の腕にやわらかく押し当てられる。お、おおわ…ッ

「あああ!!愛のキューピッドだとか!!いうイメージですかね?!はい!!」

急いでヒルダさんから離れると、ヒルダさんは心底可笑しそうにくくっと笑う。離れた時に体勢を崩した私に、覆いかぶさるように四つん這いになって近づいてくるヒルダさん。私に逃げ場なんて無かった。

「私が知っている人間界の天使のイメージと言うのは大変矛盾が多くてな。私が思うにあれは総じて『死』のイメージではないのか?」

太ももを跨れて、ヒルダさんの短いスカートの奥に陰った黒いレースの下着が見える。ヒルダさんに上から見下ろされるとおかしなことに私の子宮はきゅんと痺れた。

「死んだ人間の手をとって空の上へと連れ去ってしまう、そんな描写が多いように感じたが…その割には優しげななりをしている。可笑しいとは思わんか?」

耳元でちんっと変な冷たい音がした。目だけを動かして顔の横を見てみると多分ヒルダさんの剣が首元に当てられている。冷たい感覚が一直線に首筋に感じられた。感情が、本当にたくさんの感情がまとまらないまま液化して私の目じりからぽつっと一粒だけこぼれた。男鹿くんのベッドのシーツに濃いしみを作った。

「『死』のイメージと『愛』のイメージが相違ないとは思えんのだが…どうなんだろうな?なァおなまえ…」
「あ、ヒルダさ…」
「さらにはそんな曖昧な天使と言う存在・概念が悪魔の対だと考えるとは…人間は本当に可笑しな生き物だな」

見開かれたヒルダさんの瞳はギラギラと光ってて、怪しくて恐くて綺麗だった。もう涙はこぼれなくって、声も出なかった。ああ、私はヒルダさんが好きだ。彼女の声が鼓膜をふるわせるだけでこんなにも幸せなんだ。彼女が私に触れて居るだけでこんなにも満たされているんだ。

「お前はどうだおなまえ。種族と言う概念は無しに、そのものの存在から感じられるイメージのみに…抽象的な曖昧さが残っていても良い。私はお前にとって悪魔か?あるいは天使か?」
「ヒ…ダ、さ」
「どちらにせよ、お前は人間だ。私とお前が何か関係をなすなどと言う事は…」

添えられた剣が傾けられて光が反射した。きらっと光るヒルダさんの目が綺麗で、もう出ないと思った涙がまたこぼれた。殺してもらえるんだと思った。ヒルダさんがヒルダさんである限り、私が私である限り私たちが愛し合うなんてことありえないんだ。でも結局、私が何になろうとヒルダさんがなんであろうとそんな事叶わないのだ。


「ただいまーって!!何してんだよお前らッ?!」
「男鹿く…」
「坊ちゃま、おかえりなさいませ」
「だぶッ!!」


愛故に殺したいのに、愛故に殺せないなんて…なんて面倒な感情なのでしょうか

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