やまなしおちなしいみなし田沼
「タキのクラスは?文化祭なにやるんだ?」 「5組は『女装・男装喫茶』だよ、おなまえちゃんすっごくノリノリなんだから」 中庭で夏目やタキと話していると秋の匂いを含んだ少し冷たい風が通り抜けていった。文化祭が近づいてみんな少し浮かれていて学校はいつもとは違うそわそわとした雰囲気と木材や塗料、衣装用の布切れなんかで埋め尽くされていた。 「聞いたよ、みょうじ男装するんだって?」 「えー!タキちゃん田沼くんに言っちゃったの?!」 驚かせようと思ってたのにぃ〜!!身体いっぱいに悔しさをあらわし暴れるみょうじ。クラスが違う所為で文化祭の準備期間はほとんど会うことが出来なかった俺たちはようやく昼飯を一緒に中庭で取ることが出来た。登校時間も下校時間も学校側からの特別処置が施されて不規則になるこの時期に、クラスが違う俺たちが一緒に行動をするのはとてもじゃないが出来なくて…こんな風に隣り合って弁当をつついているだけでもずっと開いてた穴にすこしずつあたたかい湯が注がれるような充実感と安心感が感じられた。 風に誘われるみょうじの髪は全然断層なんか似合いそうにないくらいさらさらで、つい手を伸ばしてしまいたくなるくらいのものだ。弁当を膝において片手を開けて、その形のいい小さな頭を撫でてやろうと手を伸ばすと不機嫌そうな顔のみょうじがぐいっとおれの方を見上げた。とっさに手を引っ込めて仕舞う。 「完全に男の子に変装して田沼くんの事おどろかせようと思ったのに!!」 「まだ言ってるのか?」 彼女の往生際の悪さに呆れた笑いがこぼれる。相当楽しみにしてたんだろうな、驚かせるの。でも大体、学校の行事なんだから当日まで内緒にしておくなんてこと無理なんじゃないだろうか。パンフレットとかも作成されて配布されるわけだし…。でもそんな事わざわざみょうじに聞かせて、これ以上不機嫌にさせることも無いな。弁当のおかずをはしの先でこれでもかってくらいにかつかつかつかつつついている彼女を見ているとまるで小学生とか、下手したら幼稚園児でも見て居るような気持ちになった。 「じゃあ俺、自分のクラスの出し物が終わったらすぐ行くから」 タキも居るなら夏目も誘っていこうか…北本や西村も行きたがるかな?男装だとか女装だとか言うの好きそうだしな…。文化祭が騒がしく楽しくなりそうだ…夏目もタキも喜んでくれるだろうな、そんな事を考えて居ると隣のみょうじが静かになってしまって居るのに気がついた。 「どうした?」 「ほ、本当?」 「は?」 おかずをつつくのをやめたと思ったら、今度は顔を真っ赤にしてうつむいてしまって居るみょうじ。心なしか体を小さく丸めて箸を持つ手にすらぎゅううっと力を込めて必死に何かを堪えて居るようにも見える。 「本当に、来るの?」 「え、嫌なの?」 「や、じゃない…けど…」 恥ずかしい…。 驚かそうとか言ってた癖に… 「おーい、みょうじッ…?!」 文化祭当日、5組の教室は色紙やらモールやらでこちゃこちゃと飾り付けが施されていてまさしく文化祭、とでもいったところだ。入り口から顔を覗かせるとその客入りのよさに驚いた。他のクラスから要らないイスを借りてきても足りないほどの客、飲み物・食べ物を用意する係りの生徒は開始から1時間もしていないのに目を回さん勢いで働きだおしている。 「あ!田沼くん」 「タキ、お前も男装…」 髪を結んで男子生徒の格好をして居るタキが教室に入り損ねている俺に気がついて近づいてきた。に、似合う…なぁ…男装。 「おなまえちゃんね、すっごい人気で…あ、あそこの席なら入れるかも」 「え、ああ…すまん」 女子の格好をした男子、男子の格好をした女子。それらをからかう為に集まった友人や部活動関係の上級生、下級生。接客に勤める5組の人はみんな一様に忙しそうではあるが、なにより楽しそうで雰囲気としてはとても居心地が良かった。教室のふちの忘れ去られたような席に案内されてから、飲み物が来るまでぼうっと教室を眺めていたけど…なんせみんな女装男装に抜かりが無い…正直どれが誰なのかすらわからない…帽子で顔を隠していたりかつらをかぶって居る奴も化粧をしてる奴まで居る。…タキが言ってたみょうじが人気だって言うのはどう言う事だろう… 「おい!田沼てめぇこのやろう!!」 「…えッ?!」 急に乱暴な声をかけられ驚いた。聞き覚えのある声なのに、その声から想定される人物から発せられるような言葉ではなかったからだ。 「え…っと、みょうじおなまえ…?」 「ってやんでィ」 「お前…『男子』のイメージ確立してから男装しろよ…」 真っ黒な学ランを来て、どこで仕入れたのかレトロな学帽とマントを纏い明治とか大正の学生のような格好をしたみょうじ。誰の趣味なのか白い手袋まではめて居る。が、どれほど男の格好をしたところで、顔立ちとか体つきはまったくの女の子なんだからどこか1つ馴染んでなくて可笑しかった。それでも手探りながらも懸命に男っぽく振舞おうとするみょうじが可愛くてつい噴出してしまった。 「わ、笑ってンじゃあねぇよッ!!」 「ご、ごめん…だってみょうじ…ふっははは」 「た、田沼くん〜!!」 恥ずかしくなってしまったのか、かたくなに険しい表情を貫いていたみょうじの眉が下がり可哀相なまでに顔が赤くなっていく。可哀相だけど可愛くて腹の底からわきあがってくる意地悪な笑いが止まらない。 「私本当はもっとチャラ男の格好する予定だったんだよ?」 「え、これよりそっちの方がよかったの?」 「だってそっちの方が面白いじゃん…」 でもクラスの女子がみょうじにはこっちを着て欲しいと頼み込んできたらしく、しょうがなく大正ロマンチックな格好をするハメになったとか。結果、立ち居振る舞いがその格好によくあったらしいみょうじは女子からも男子からも指名を受けっぱなしでてんてこ舞いに。たしかに…小さな体で懸命に働く健気さと堅実そうな学生服と言う組み合わせはたしかに相性がいいと思う。 「俺は良く似合ってると思うよ?」 「…でももう疲れた、休み無しなんだもん」 「休憩入ったら一緒に文化祭回ろうか」 「本当?!いくいく!ってか今から行きたい!!」 「え?!ちょ、みょうじ?!」 みょうじの中の何がそうさせたのか理解できないけど、みょうじは1分1秒ですら惜しいとでも言いたげな素早さでマントに手を掛け学生服のボタンをほとんど弾き飛ばすように外し始めた。手袋の所為でもたついたのが唯一の救いで俺はいきり立って居るみょうじを急いで制止した。勢い余ってがたっとイスを倒して立ち上がり、少し乱暴にもみょうじがボタンを外そうと胸元に寄せていた手を、胸倉ともども掴みあげるように握り締める。 「みょうじッ!!お前ッ」 「田沼くッ…」 「うわッ!!北本ッ!!大変だッ田沼が!」 「なんだよ騒がしいなって!!田沼ッ!!」 「…田沼、お前」 静まり返った教室、廊下から中の様子をうかがっている西村と北本、そして夏目。何故か息を荒げているタキ以外の全員が驚きなのか呆れなのか原因はなんにしろ口を開けたまま俺とみょうじに穴を開ける勢いで見つめていた。…なんだか、もしかすると…あらぬ誤解を受けて居るような気がしなくも無いが… 「た、田沼くッ!田沼くん!!おなまえちゃんなのにおなまえちゃんがおなまえちゃんなのね?!田沼くん?!!」 「タキ落ち着け、仕方ないだろう…田沼はほら、寺の人だから…」 「田沼くん、私は…そういう世界を持ってたとしても田沼くんの事あいしてるから!!」 「ち、違うッ!!…違う違う違う!!!!」 結局そのあと可笑しな噂が校内で面白おかしく取り立たされて、その日一日おれは学ラン男装のみょうじと文化祭を回る事になった。 |