一言も喋らない榊くん
午後の授業って言うのはあれだよ…あの、そうそう…モルヒネ?あ違うなんだっけ?パラジクロロベンゼン?だあ絶対に違うなそれ私がそのパラジクロロベンゼンって響き好きなだけじゃん違う違う…なんだっけかなーあのー睡眠薬的なさァ…そうそう、睡眠導入薬…あれだよね…ん?何が…あ、ん?ああ、授業がだ。そうそう、天気のいい日の午後の授業ってもうマジで拷問の域だよね…だってだんだん自分の感覚おかしくなってくるもん…なんか、自分的には起きてるのに、体はふらふらしてて脳みそもあったかいミスト振り掛けられてるみたいにほわわわーんって気持ちよくなっちゃって…あーあ、眠い…さっきから全然ノート進んでないし…なのに、黒板がすがす消されてるし…なんてこったいガッデム…こりゃあ、アレだ…気ィ引き締めてかなきゃ…




っは!!

う…わ、今私完全に寝てましたな…だってちょっと夢見たもん。お家帰るとお母さんが20匹くらいの犬の群れをかき分けておなまえッおなまえー!!って泣き喚いてて…お母さん、なんで水着だったんだろう…なんなんだ私の深層心理的な…あれ…。ってか、よだれ垂れてるじゃん私…タオル、タオル…


午後の授業真っ最中、私は睡魔とかいう凶悪極まりない全世界のがんばる人の敵である強大な悪と戦っていたがしかし結果惨敗で、いつのまにか無残にも半目によだれをたらすという醜態を晒してしまっていた…。ふ、不覚…!!

いまだ覚醒しきらない脳みそに先生の生徒滅殺呪文を焼き付けようとがんばりながらタオルでのろのろとよだれを拭いてると、かたをとんとんっと叩かれた。隣の席の人だ。そっちを見ようとするとわたしが突っ伏してた机に何かがすっと…

<消しゴム落ちてる>

ノートをべりっと破ったやつの真ん中あたりに書かれたきれいな文字。風に揺られる柳の葉っぱみたいに上品で流暢な字、HBのシャーペンで書かれたそれはどこか儚く感じた。

「さかきくん…」

床を見ると本当にわたしの消しゴムが転がってた。それを拾ってからさっき榊くんが寄越してくれたノートに<ありがとう>って書いて榊くんの机にこっそり戻した。でも、榊くんがこっそりそれを受け取る前にまた私はそれを自分のほうに寄せて急いでペンを走らせて気がついたことを書き足した。

<拾ってくれればよかったのに>

かさり

<婦女子の足元に手を伸ばすなんて出来ん>

すっ

<うわ、紳士(笑)>

かさり

<違うな、剣士だww>

すっ

<なにそれ(笑)ってかさかき君も授業中にこーいうことするんだね?(笑)>

かさッ

<みょうじも授業中に悪魔と更新したりするんだなww>



悪魔と更新?!なにそれ?!いつも寡黙な榊くんが、こんな風に筆談ではお茶目だなんてこと知らなくって私としてはこのやり取り結構楽しくて嬉しくって、授業中に内緒でこっそりって言うのがちょっとドキドキして榊くんの横顔がなんだかちょっと楽しそうなところとか、私から紙を受け取るときにすげぇ忍者みたいに速いとことかも笑えて、榊くんの字きれいだなーって思って、あの…なんか、この特別感が…年頃の女の子としては最高のシチュエーションって言うか…だいぶうはうはだったのに悪魔と更新?!?!

私は急いで返事を書きなぐる。紙がちょっとくしゃってなったのを聞いてか、榊くんがくすっと笑ってすぐに咳払いをしてごまかした。先生の呪術はまだ続いていて生徒達はそれを思いっきり喰らって放心状態魂抜かれちゃったように頭ふらふらさせながらペンをおかしな方向に走らせていた。

<あくまって何?!もしかしてさかき君、わたしの寝てるの見た?!>

がさッ

榊くんの返事を待ってる間、時間が凄く長く感じた。ううわ、かっこ悪いところ見られたかも…白目剥いてよだれたらしてる顔を見られてしまったのか私?!ああああ!!よりにもよって榊くんにか?!私ってばドジっ子もいい加減にしろぉぉおお!!

さらさらっと紙にペンを走らせる榊くん。長い髪が熱そうなのに見てる分には凄く涼しげな顔してて、やっぱり剣道やってる人は違うのかなーなんて抽象的過ぎる適当なこじ付けで自分の中で榊くんがただただかっこいい凄い人になっていく。腕も真っ白なのにしっかりと太くて強そうで、ペンを握ってる腕はひくひくっと変な風に筋が浮いたり消えたりした。

<むかし観た「エクソシスト」に出てくる幼女の如く恐ろしい形相でこちらを凝視していた。呪いをかけられる前に声をかけようと思ったがみょうじのノートを覗いてみたら人語ではない何かが綴られていたのでただの居眠りだと言う事が発覚した。よだれかぶれには気をつけろww>



<ちょッ!!素直に寝顔みたっていってくれればいいじゃん!!なにそのいじわるな言い方!!>

<寝顔、頂きましたo(*^▽^*)o>

<なにそれ(笑)なんで急にかおもじ?(笑)>

<みょうじの機嫌損ねたのを悪いと思って>

<それで顔文字(笑)わたしがそれで許してくれるって思ってるのか(笑)>

<単純過ぎたか?>

<うん(笑)でも不意打ちで笑えた(笑)>

<よかった(′・ω・)ー3>

<なにそれかわいー(笑)>

<そうか?(・ω・)>

<うんかわいい(笑)ってかそれを榊くんが書いてるってのがかわいい(笑)>

< ムニ0)・ω・(0ムニ ビョー0< ・ω・ >0ーン ブルル(((・ω・)))ルルン>

<かっわ!!かわいい!!>

<喜んでもらえて何よりだ>

榊くんとやり取りするこっそり筆談が楽しくて、脳みそはもうはっきり目を覚ましていた。時計をちらりと見るともうあと3分で授業が終わってしまう位置を指している。ああ、嫌だな…もう少し授業長くなれ。私一人が楽しいんじゃなくて、榊くんも楽しそうなのが嬉しい。私の書く字は汚くないだろうか?榊くんに読みづらいような字にはなってないだろうか?自分なりに丁寧に書いてるつもりだけど、はやく榊くんに伝えたい教えたい読んでもらいたいって気持ちが先走りすぎちゃって、自分で読み返すことも無く榊くんにパス。榊くんが私の文字を読んでる横顔を盗み見ながら、あああ!!もっときれいに書けばよかったああ!!って後悔する…忙しいけど、凄く楽しい…。それに、こんな風に榊くんとおしゃべりできるなんて思っても居なかったから、一気に距離が縮んだって言うか…仲良くなれた気がして嬉しい。

<さかき君って実はおしゃべりだったりする?(笑)>

<そんな事無い>

<そっか、なんかひつ談だとそんな感じがしてさ>

榊くんがじっと紙を見つめる。ああ、筆談くらい全部漢字で書いたほうが良かっただろうか?こいつバカだな筆談もかけねぇのかよ…って私に失望しちゃってるのかな…?!ああ、くそう!!はやく、はやく返事書いてその紙を私のほうに寄越してくれ…!いたたまれなさ過ぎる!!違うんだ!筆談くらいちゃんとかけるんだ!!ただ漢字よりひらがなの方が核の早いから…!!

<おなまえにだけだよ>

走り書きされたその文字に体中が熱くなって、もしも私に導火線とかがあるんなら確実にそれに火がついたと思う。そして間違いなく爆発した。恥ずかしさと嬉しさのあまりに自制しきれず机をばしーんっと叩いて席を立ち上がってしまった

「おなまえって…!!」

私の叫び声にも似たうめき声は終業チャイムにかき消された。隣では他の生徒と同じタイミングで立ち上がった榊くんが笑ってる。

「なんだみょうじ、先生の授業終わるのが待ちきれなかったのか…そんな元気良く立ち上がって…先生悲しいよ」
「え、あ…違うッです!先生…!」
「じゃあ後でノートチェックしてもいいか?」

血の気が引いたのと同時に机にばさっとノートが放られた。見慣れた流れるような文字が綴られた完璧なノート。ふちっこには<貸し一つww>ってメモがされてた。榊くんって寡黙ででもおしゃべりでかっこいいけど、実は意地悪だ。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -