竜二の言葉は嘘まみれ
自室にこもったきりのおなまえ。もう昼も近い時間だというのに、姿を見たものはいないという。なァにしてんだアイツ…。

気になるわけじゃない。別におなまえに特別な感情を抱いているとかでは決して無い…!!が、門下生が修行や勉学を怠っているというのは、やはり俺がびしっと言ってやらねばならない。とくにおなまえは、才がある方でもないから努力を怠ってちゃダメになる。なまけ心は特に忌むべきものだ。

「おいおなまえ」

障子越しに声をかけた。が、返事が無い。部屋の中に気配はあるので、そこに居るのは確かなわけだが…。俺に居留守使おうなんて、ずいぶんと偉くなったもんだな…。

「てめぇ、何時だと思って…」

さっと障子を開けると、和室にはまだ布団が敷いてありおなまえはさも当たり前のように、その中に納まっていた。おいおい、マジでこいつ今何時だかわかってんのか…。門下生は屋敷の内外の掃除やら、賄い方の手伝いや買出し、もちろん修行などで忙しいというのに…まだ寝てるとは…本当にいい度胸してやがるぜ…。

俺の声に気がつかないほど深く寝入っているらしいおなまえは返事もせずに、それが仕事でもあるかのように規則正しい呼吸を繰り返し掛け布団を膨らませたり、しぼめたりしている。…のん気な奴。さぁて、どうやってびびらせてやろうか…

音を立てずに近づいて、とりあえず簡単に蹴飛ばしてやろうと思った。が、布団からのぞくおなまえの様子が可笑しい事に気がついて、不覚にも声を上げてしまった。

「なッおい!おなまえ…お前ッ」

真っ青な顔だった。よく絵に描かれる幽霊のそれに近い、がなまじ生きている人間だと言う事がわかって居るからそれ以上に気味が悪く、死人の一歩手前のようなその表情に心臓が嫌に騒いだ。俺の声に、さすがにこの距離で気がつかないわけがなかったらしく、おなまえはゆっくりと目を開けて少しの間天井を無関心に見つめていたが、やがて眼球だけをぎょろりと動かして俺を捕らえた。熱っぽい目をしている…気がする。

「あ…竜二さん、だ」

おはようございますー

間延びした声でかすかに笑うおなまえ。いやいやいや…お早うの時間でもなければ、お前笑ってられるような顔色してねぇし…。

「なんだよお前、死にそうな顔してやがるぜ?」

腰を下ろして問うて見れば、おなまえは申し訳なさそうに笑った。風邪かなんかか?その所為で起きて来られなかったのか…。叱ってやろうと思っていたが、こんな状態のおなまえを叱咤する事は出来なかった。

「すみません、ちょっと体の調子が良くなくて…」
「風邪か?」
「あー、いや…まぁ…」
「なんだよ?はっきりしねぇな」
「ええっと、風邪…ではないんですけど」
「じゃあなんだってんだよ?」
「はぁ…それは」

よく考えてやれば、こんなに追求してやる事なんてなかったんだ。おなまえが意味無く俺の質問に茶を濁すようなまねをするはずが無いのだ。こいつだって、もう子どもじゃねぇんだし、いっぱしの女であるって事を汲んでやれば…月の物に苦しんで居るんだという予想は難しいことではなかっただろう。

「…竜二さん、私だって女なんですよ?」

少し恨めしそうな視線を俺に突き刺す。恥ずかしい事を言わせるなとでも言いたげに、布団から出した腕で顔の半分を隠した。が、動揺してしまったのは俺のほうだ。不意打ちだったし、自分の無神経さに少なからずショックを受けた。おかしな位に狼狽して、はじかれた様に立ち上がってしまった。

嫌な汗が背中を流れ落ちやがった。認めたくは無いが、顔が赤くなるのを止められなかった。俺に月の物の辛さはわからねぇが、相当なものだと聞いたことはある。身体に負担がかかる上、精神面にもいろいろ影響してくるだとか…。顔色の悪さ、布団から起きられない事からして、おなまえは月の物の影響がひどいのだろう。

「お…おい」
「なんですか…?」

まだ少し不服そうな表情のままおなまえが俺を睨んだ。普段なら放っておかないその態度の悪さにも、今は何も言えない。こういう状態の女に、どう接すればいいのか正直わからない。放っておくのが一番なのかもしれない…が、やはり体調が優れないときは他人の存在によって安心感を得たいと思うものなのだろうか…?さらに、そんなこと本人に直接訊いたり、察してやれるほど俺は気の利く種類の人間ではない。

「今日は、寝てろ…雑用は他の奴にやらせておく」
「…ありがとうございます」

辛そうに布団の中で腹をさすって居るのだろうおなまえにそう告げて、部屋を出た。



廊下ですれ違う門下生に、今日はおなまえは雑用が出来ないんだと言う事を言付けると素直に聞いて、ほかのものも集めて役割分担について相談を始めた。その中には女の門下生も何人か居て、やはりあいつ等も月の物があるんだろうかと思うと、嫌に気恥ずかしくなった。女とは不思議な生き物だとつくづく思う。大人の身体になるという境界線がはっきりしているくせに、表面的には何も変わらないというのだから…不思議だ。青あざだとか、切り傷だとかのように、月の物のときは一見で「ああこいつは月の物なんだ」と言う事がわかるような印が現れればいいのだが…。いや、まぁ…それはそれで、迷惑な面もあるか…。

食堂から昼飯の匂いが漂ってくる。…そういえばおなまえは何か喰ったのだろうか?いや、部屋から出ていないんだから何も口にしてないはずだ…。それは、どうなんだ?腹が減らなかったり…そう食欲不振だとか言う症状はあるのだろうか?おなまえは普段がよく食う奴だからな…もしかして、腹をすかして居るのではないだろうか…

賄い方のばあさんに声を掛けておなまえの事を話してみると、おかしなにやけ顔を浮かべて、すぐに粥とくすりを用意してくれた。婦人病に効く漢方だとかで、ひでぇ臭いがしやがる。盆にのせた粥鍋と水差しと薬を俺に差し出すばあさん。

「なんで俺が」
「おなまえちゃんの事気にしていらっしゃるんでしょう?」
「ば、ばか言ってんじゃねぇよ!!お前が持ってけばいいだろう?!」

それでもばあさんは、困ったとでも言いたげに顔をしかめてから業とらしく大なべの様子を見たりかまどを覗き込んだり、せわしく働き始めた。

「私にはお昼の準備があるので…」

どうぞ、竜二さまが…。

くさればばぁめ




「おい」
「…むぁい」

むぁいってなんだよ、返事のつもりかよ…。

盆を持って部屋には居ると、すんすんっとおなまえが鼻をすすった。布団に近づいたとたん、がばっと勢い良く起き上がったおなまえを叱り飛ばしてやろうと思ったが、粥鍋を見つめる目がそれを思いとどまらせた。よだれでもたらしそうなまでに顔が緩みきっている。

「賄い方に頼んで作らせてやったぞ」

盆を床においてそう言うとおなまえは目を見開いて俺を見つめてきた。不覚にも胸が高鳴る。やっぱり腹減ってたんだなこいつ。俺が気がつかなかったらどうするつもりだったんだ…。妙に居心地が悪くなり、ぼうっとしているおなまえを無視して賄い方にもらった漢方の説明をして居るとおなまえの腹が鳴った。

「ほら食えよ」

こみ上げる笑いを抑えて蓮華の向きを合わせてやるとおなまえは涙を零した。ぽろぽろと音が聞えてきそうなほど次々と、数珠でも紡ぐつもりなのかと思うほどの大粒の涙だった。驚いて声も出せずに居ると、懸命に涙をぬぐうおなまえはとうとう嗚咽まで零し始めた。

「な、なんだよ…そんなに腹減ってたのかよ?」
「ちッ、ちが…うわああ、あああああ!!」

正直、こ気味いい。俺の優しさに涙しているわけだなこいつ、なんだよ結構可愛いとこあるじゃねぇか…。これ以上泣かれても困るから、背中でも擦ってやろうと思いおなまえに手を伸ばす。

「うわあああ、わ、わたしッここで死ぬんですね?!」
「は?」

…は?

「だっだって、ェ…竜二さん、がこんなに、優しく…してくださるって、事、はッ…もう私、首なんだァア!!そ、のお薬だって…きっと、なんか…死ぬための薬、なんでしょううううう?!」
「なッ、なんで俺がそんな事すると思ってんだよ?!」
「うぇえ、竜二さッん…の言葉は、嘘だもッぉおおお!!!」
「てめぇ…言いやがったな?!」

こいつは人の気も知らねぇで好き勝手いいやがって…!!泣き喚くおなまえの髪の毛を引っつかんで、熱い粥をめいっぱい口に押し込んでやれば、ぎゃあああと断末魔を上げた。暴れる身体を足で踏んづけて動かなくしたところで、もう一口押し込んでやると暴れる右腕からの裏拳を食らった。と、同時に粥まみれになったおなまえが静かになり、顔がこれ以上無いまでに青くなる。

「ほう、コレが看病してやってる俺に対する感謝の気持ちか?」
「えッ?こ、これって看病ですか?!」

結局、式で動けなくしたおなまえに粥鍋が空になるまでたっぷり味わわせてやってから薬を飲ませてやった。すると本当に嘘のように顔色もよくなり、本人曰く腹痛のほうも良くなったようだった。訊けばおなまえは月の物による腹痛、倦怠感が酷いほうだったらしく初日翌日は布団から出れないほどの難儀な体質だったらしい。女ってのは大変なんだな…。それでも薬でずいぶん良くなったらしいおなまえは、これなら午後からはどうにかなりそうだと意気込んできた。

「いいんだよ、今日は一日寝てろ」
「え、ですが…」
「俺が言ってんだ。きけ」
「…はい」

おなまえが布団を顎の下まで掛けたのを確認してから部屋を去ろうとすると呼び止められた。別にときめいたりなんてしてねぇよ、ドキッとかしてねぇよ。ただ、少し振り返るまでに時間がかかったのは…あれだ、あれ…説明するのもバカらしいから説明してやんねぇ

「なんだよ?」
「あの、なんで竜二さん…優しくしてくださるんですか?」

直球だった。なんで俺が優しくしたか?なんで俺が優しくしたか、なんで俺が優しくしたか…?

「そ、それは…おなまえが…」
「私が…?」
「おう…おなまえが…」

おなまえが…

「おなまえが」
「私が、なんですか?」
「なッ…お、思いあがんなッ!!」
「え?!」
「お、お前が…アレだ!女だからだよッ!!」
「え?!竜二さんってそんなフェミニストでしたっけ?!」
「うるせぇ!!黙って寝てろッ!!」

好きだからなんて口を裂こうが腹を裂こうがぜってぇに言ってやんねぇ…!!

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