夏目友人帳の誰夢?w
朝っぱらから、妖に追われて山道に入った。学校に行かなきゃならないというのに、迷惑な話だ。

途中でどこかの茂みからニャンコ先生が飛び出してきて、抜け道を教えてくれて、先生を肩に引っ掛けた状態で、人の道に飛び出した。

「うわッ!!」

森を無理やりに切り裂いたように、そこに現れた道は陰っていて、数日前の雨の所為か少しだけぬかるんでいた。案の定、飛び出した勢いを殺しきれずに、ぬかるみに足を取られて俺は盛大に尻餅をついた。

大きくカーブした道は、わだちを除いて全て短く青い草で覆われていた。あまり使われていない道なのかな…とちあえず、学校に向かわなければ…

「ここは…あ」

あたりを見回していると、同じクラスのみょうじを見つけた。こんな時間に、こんなところで何をして居るんだろう…?自然に声をかけて、道案内してもらえばいいのに、俺はとっさに草陰に隠れてしまった。俺にそうさせたのは、みょうじとはあまり仲が良い方ではない…と言う事だけではなかった。何かを探して居る風に、困った顔でゆっくりと歩くみょうじ。の少し後ろを歩く、小さな生き物。

「ニャンコ先生、あれ。なんだろう…」
「んむ」

肩に乗っかったニャンコ先生に声をかけてみる。人間みたいな格好をした何か。サイズからして絶対に人間ではない。ならば妖?それにしては様子が可笑しい…。悪い妖なのかどうかなんて判らないけど、あんなふうに一人の人間に固執したように一緒に付いて歩いているというのは…おかしい。

「なに、気にするな。あれは『土地神』だ」
「土地神?」

鼻をひく付かせたニャンコ先生は、つまらなさそうな顔をして耳をかいた。神さまってことは…別にみょうじに何か悪い事をしようと思って、後を付いているわけではないのか…

「土地神って?」
「その名の通り、土地を守る神だ。社(やしろ)に住み着いて、自らの土地を守るために存在している。ああして時折歩き回っては、自身の土地を守っておるのだ」
「…悪いやつじゃ、ないのか?」
「土地に悪さをしない限り何もしんさ。というより、あんなに小さくなって居ては何かしようたって、何も出来んだろうな」

そうとう弱っとるわ。耳をパタパタ鳴らして、あからさまに興味なさそうな様子のニャンコ先生。…じゃあ、みょうじに何かするわけではないんだな。よかった。

「おはよう、みょうじ」
「わッ!!夏目くん…?! お、おはよう」

草陰から出て、まだ近くをうろうろしているみょうじに声をかけると、彼女は飛び上がって驚いた。そこまで驚くことだろうか…。彼女は低く保っていた姿勢をまるでばねのようにびゃっと戻して、顔を真っ赤にして俺に挨拶を返した。

「そろそろ学校の時間だけど…みょうじ、こんなところで何してるんだ?」

やっぱり、みょうじの様子は少し可笑しかった。俺が声をかけてからも、落ち着かないようで、あたりをきょろきょろと見回していた。…土地に悪さをすると、土地神も何か…罰を与えたりするのだろうか…?もしかして、みょうじ…いや、まさか。みょうじが悪い事をするだなんて、俺には想像がつかない。

「あ、の…!!夏目くん」
「ん?」
「この辺で、何か見なかった?その、何かって…のは、」

もしかして

「いや、何も見なかったよ。」

肩のニャンコ先生が、俺の顔を見てため息をついた。またか、とでも言いたげなわざとらしい大きなため息だ。

「みょうじはもう学校に行けよ、俺はちょっと忘れ物取りに行ってから行くから」
「え、でも…」
「先生に言っておいてくれないか?頼む」

そう言って手を合わすと、みょうじは素直に学校へと向かって行った。

「ナツメ、お前は本当にお人よしだな…」
「いいだろ、別に」

二本の木に挟まれた、ちいさなスペースに不自然に土がむき出しになっている所があった。そこには、さっきの小さな土地神が立ち呆けていて、走っていくみょうじの後ろ姿を見送っているようだった。

「で、あなたは?」
『なッ!!わ、わたしか?!』
「そうです、今の子に何か用でもあったんですか?ずっと後をつけていたようでしたけど…」

俺が声をかけると、小さな土地神はバチンとはじかれたように飛び上がって、地面に尻を打ちつけた。そんな間抜けな様子から、悪いやつじゃないと言う事はすぐにわかった。人間に声をかけられたことに驚いてはいたけど、俺が土地神の事が見えるんだと言う事がわかると、彼は嬉しそうにとてとてっと俺に駆けて来た。

『お前、わたしが見えるんだな?!』
「え、ええ…まぁ」
『彼女、さっきの女の子の事も知っとる様にも見えたが?!』
「ええ、知り合いです。同じクラスで」

俺の言葉をさえぎって、彼は喜びとも驚きとも取れる奇声を上げた。か、神様ってこんなに無邪気なものも居るのか…少し驚いていると、彼は俺を手招きして草陰に案内しようとしていた。

『こっちじゃこっち!お前に頼みがあるんじゃ!』
「え…」

付いて行くと、草影に隠れた何かがキラリと光った。…なんだ?

「なにか、光った」
『これじゃ』

小さな土地神は、体ずべてを使って草を掻き分けて草に隠れていたソレを俺に見せてくれた。小さな飾りがたくさん付いた、綺麗な…

「髪飾り?」

とっさに手に取ろうとしたけど、押しとどまった。わるい妖じゃ無いかもしれないけど、もしかしたら罠かも知れない。これを俺に触らせて、何か呪いをかけたりとり憑いたりしようと…たくらんで居るのかもしれない…。

一瞬伸ばした手を引っ込めた俺に、不信感も何も抱いてない様子の土地神は、悲しそうに、その髪飾りを眺めていた。

『これは、彼女の髪飾りなのじゃ。何日か前に、ここに落としていったようでな。毎日、毎日、さっきのように探しに来ておるのじゃ…』

可哀想に…。そう言って、沈み込む土地神。ああ、本当に悪いやつではなさそうだ。

「おい、そんなものにいちいち構っておるんじゃない!」
「先生…」

再び髪飾りに手を伸ばそうとした俺と、髪飾りの間に立ちはだかるように現れたニャンコ先生。面倒ごとに巻き込まれるかもしれないぞ、そう忠告のまなざしを向けている。

先生の言いたい事は分かる。俺はいままでこうして、軽い気持ちで、色んなことに首を突っ込んでは大変なめにあって居るのだ。幾度と無く、先生に助けられたこともあった。先生だけじゃない、数少ない、友人達にだって迷惑をかけている。…だから、俺は、もっと自分の言動に慎重になるべきなんだ、と言う事は良くわかっているけど。

先生の声に、悲しそうに首をうなだれる土地神を見ると、どうしても放って置けなくなってしまう。

「みょうじに髪飾りを届けるだけだ」
「ならば、こやつ自身がすればいい」
『だめなんじゃ…わたしじゃ…』

悲しそうな声は、胸の奥にまで寂しく響いた。小さな土地神は、その小さな両手を眺めて再び口を開いた。

『日に日に力を失っていくわたしは、もうこんなに小さく、弱くなってしまった。人間の持ち物に、手を触れることはおろか、人間の目に映ることさえ出来んのじゃ』

大事な髪飾りだというのに…

最後にぽつりとつぶやいた声が引っかかった。

「貴方は、みょうじの事を知って居るんですか?」


少し前まで、ここには小さな社があったそうだ。彼はそこに住んでいたけど、この道は視界が悪く交通事故が多かったことから、道路を舗装して電灯とミラーを取り付けることになっていたらしい。交通事故の被害にあった者は、度々その道で起こる事故はこの社の所為だと腹いせに社を悪く言っては、忌み嫌った。信仰は薄れ、小さく弱くなっていく彼。でもそんな彼をこの姿に留めていて居てくれたのはみょうじの存在があったからだと言う。

昔から、祖母に手を引かれて彼を参りに来ていた彼女。いつもお気に入りの髪飾りを輝かせながら手を合わせる彼女の純粋な信仰心のおかげで、彼は小さな身体をこの世に留めておく事ができた。彼女の信仰は、時と共に薄れることもなく。毎日毎日、この道を通っては、社の面倒を見てくれたり、お供え物を持ってきてくれたりしていたそうだ。祖母がなくなっても一人で赴いてくれる彼女。…ちいさな頃から、毎日同じ髪飾りを揺らしていた。

とうとう交通事故に巻き込まれてしまった社は、簡単に崩れて、がれきは翌日にはすばやく撤去されてしまった。それからは、小さな体で、自身の土地を休むところも無くただ何日も何日も放浪していたらしい。

ひさびさに社の跡に行ってみると、彼女が居た。悲しそうな、不安そうな顔であたりをきょろきょろ見渡しては、ため息をついてどこかへと去っていってしまう。そんな日々が何日か続いたある日。彼は、地面に落ちて草むらに隠れてしまった彼女の髪飾りを見つけたそうだ。


『きっと、悲しんで居るに違いない。毎日、毎日つけていたものだからね…』

まるで、自分の大事なものをなくしてしまったかのように落ち込んで、悲しんでいる土地神。きっとみょうじの事が心配で、今日のように後ろをついて歩いていたんだろう。髪飾りを見つけてくれるその時を。安堵する彼女の笑顔を思って…やっぱり、俺には放っておく事は出来なかった。

触れることの出来ない手で、彼女の髪飾りを愛おしそうに撫でる土地神。俺はその髪飾りを拾い上げて、土を払ってポケットにしまった。

「俺が届けますよ。みょうじに、必ず」
『おおおお!!』

歓喜の声を上げる土地神に、大きなため息をつくニャンコ先生。俺はふてくされた様子のニャンコ先生を持ち上げてみょうじが向かって行った、学校への道へと向かった。

「私は知らんぞ!そんなやっかい事引き受けおって!」
「厄介なこと無いさ、これをみょうじに届けるだけだよ」
「ふん!何か呪いをもらったって助けてやらんからなッ!」
「あの土地神、悪さしようったって、出来ないっていったのはニャンコ先生だろ?」

人の揚げ足を取るなー!暴れるニャンコ先生。俺はもう1度、土地神のほうを振り返ってみると、彼の姿は無かった。彼が居た方向からあたたかい風が草木を揺らしながら、俺の髪も揺らして、走っていった。



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