続・ウェディング・イブ(後編)
※アニメ668話ウェディング・イブ(後編)の後の時間軸とさせてください。

事務所でデスクワークに勤しんでいると、パチンとスイッチを切る音と共に私の背後から丁度半分の照明が消えた。

「ひえっ」

PC画面に集中していた私は、突然の出来事に震えて間抜けな声をあげた。照明が落とされたことに気がつき、照明のスイッチがある部屋の扉付近に目をやれば、むすっとした表情の風見さんが立っていた。あ、なんだ風見さんか……幽霊だったらどうしようかと思った……。いや、幽霊じゃなかったとして、風見さんだったとしても、私がまだ残っていると言うのに黙って部屋の照明を落としてしまうのはいかがなものか……。しかも、照明を落とされて怒りたいのは私のほうだというのに、なぜか風見さんのほうが不機嫌そうで、かつその不機嫌ですー俺は怒ってますーって顔が(暗がりで余計に)こわくて、私はのどまで出ていた罵声を飲み込んだ。

「風見さん、電気……」
「もう遅いぞ。みょうじお前、帰らないつもりか」

え、うそ、今何時?確かに気がつけば私と風見さん以外の課員の気配は無く、私がタイピングをやめたこの部屋では、窓の外で吹きすさぶ風と豪雨の音しかしなかった。あれ、みんなもう帰ってたの?そして風見さんも帰っちゃうの?きょろきょろ事務所を見回している私に、風見さんは呆れた様子で、私に聴こえるようにわざと大きくため息をついた。

「まだ続けるなら、仮眠室使えよ。今夜はひどい天気だから。」
「……はーい。風見さんはこんな夜に私を置いて帰っちゃうんですか?」
「お疲れ、お先。」
「わー、オツカレサマデシター」

あっさり見放され、改めて窓の外に目をやる。確かにひどい天気。風に吹かれて雨に打たれて帰るくらいなら、いっそ署内のシャワー室・仮眠室を借りて泊り込んでしまおう。泊まって行っちゃおーと決めてしまうと、作業にかける時間が大幅に増えた気がしてほっとため息が出た。気がつかないうちに何時間も座りっぱなしで事務処理をしていたのだ。がちがちに固まった体をうんっと伸ばせばバキボキっと体のどこからか不吉な音がした。うわ、こわ。風の音をききながら、席を立ち腰を捻ってから、コーヒーを淹れるべく給湯室に向かう。

ガラス戸の棚に乱雑に収まった、個別に持参した多種多様なマグカップの中から自分の物を取り出す。みんながコーヒーを飲んでマグカップを使用した所為で、私のマグカップは必然的に棚の奥のほうに追いやられてしまっていた。課員のマグカップを押しのけて、自分のマグカップを手にとると、私の可哀想なマグカップと一緒に、降谷さんのマグカップも最奥に追いやられていた。いつも紙コップで済ませていた降谷さんのために、課員でお金を出し合って買ったシンプルなマグカップだ。あんまり使っているのを見たこと無いけど、この棚においてあるということは、たまには使ってくれているんだろう。いまは、安室の名前で私立探偵として活動している頃かあ……。インスタントコーヒーの粉を入れたマグカップに、給湯器からお湯を注ぐと、粉がお湯を吸ってぷちぷちと膨らむ音がする。漂ってきた香ばしい匂いをかぎながら、降谷さんは今頃どうしているんだろうかとか考えてみる。私立探偵ってそもそも何するんだろう?迷子のペット探すとか?浮気調査とか……、盗聴器探したり?あ、身辺警護?とか?あの人、今何処でいったい何してんだろう……風見さんなら知ってるのかなあ〜。コーヒーを啜りながらデスクに戻り、引き出しから秘蔵のおやつを取り出す。ポッキーをぽりぽり齧りながらコーヒーを啜りながら、再び事務処理に手をつけ始めると、簡単に風の音や降谷さんの事を忘れられた。

「なんだみょうじか」
「……あ、降谷さん。おかえりなさいー」
「ああ。……お前、こんな時間まで残ってて大丈夫なのか?」
「あー、もう今日は泊まってっちゃおうと思ってて」

椅子の背もたれにぐっと体重をかけてひっくり返っちゃいそうな格好で、扉の近くで突っ立っていた降谷さんに返事をすればため息をつかれてしまった。あははーって笑えば、部屋の半分の照明をつけるわけでもなく、降谷さんが私のデスクに近づいてくる。降谷さんが歩み寄ってくるのをポッキーを齧りながら眺めていると、近くのデスクの椅子を引いてきて、私の隣に腰を下ろした。背もたれを跨ぐ格好で座る降谷さんの髪は水滴(おそらく雨粒)をたくさん乗せていて、グレーのスーツも真っ黒に濡れていた。私は慌てて降谷さんの髪に引っかかった雨粒を手で払い落とす。上司の頭を引っぱたくようで気が引けるが、それよりも降谷さんがずぶ濡れって事のほうが大事だ。

「降谷さんびしょ濡れじゃないですか!?」
「ん……ああ、外すごいぞ?嵐みたいだ」
「ええ?!なにをのんきに!!」

慌てて給湯室に向かい、棚の引き出しからストックのタオルを取り出した。本当は手を拭く用のタオルだけど、今はかまっていられない。ずぶ濡れのまま平気で椅子に座って私のデスクのポッキーを勝手に齧ってる降谷さんの頭にタオルをかけて、背後からスーツを脱がせる。あーもー子供か!!雨を吸って重くなったスーツを、とりあえず空いている椅子にかけて頭をタオルで拭いてやる。

「降谷さん、風邪ひきますよ?!ってかポッキー勝手に!」
「久しぶりに食べたなーこれ。うまい」
「ちょ、自分で拭いて欲しい」

スーツがカバーしてくれたおかげか、中のシャツは濡れていないようで、私は降谷さんの頭の上にタオルを乗せたまま放って、部屋の空調の設定温度を少し上げた。窓の外ではまだ、泣き叫ぶような風が吹いてる。

「みょうじはさ、結婚式の前夜に、相手が自殺したらどうする?」
「へ?」

降谷さんの分のコーヒーを淹れて給湯室から戻ってくると、タオルを頭にかけたままの格好で降谷さんが呟いた。席について、ポッキーを齧りながら降谷さんの問いの真意を考えてみたけど、質問そのままの意味なんだろう。タオルのかげてコーヒーに口をつける降谷さんを見ながら少し考えてから口を開いた。

「んー、まず喪主は私になりますよね」
「は?」
「え、あ、婚姻届出した後なら喪主になりますよね?」
「……思った以上に情緒が無くて驚いたよ」

私の答えが想定外だったらしい降谷さんは、タオルを肩まで下ろして私を見た。え、うそ、そんなに驚きます?驚かれたことに驚いてしまい、なんだか慌てて食べかけのポッキーを一度袋の上において降谷さんを見る。お互いに驚いた顔で見つめ合ってから、降谷さんが我慢しきれないといった感じで噴き出す。笑われるつもりなんて無かったので、腑に落ちない。だって、理由はどうあれ死んでしまったのであればお葬式があるでしょう?不審死でない限り葬儀は速やかに行われるはずだから、正直そういうのって悲しんでる暇もなく流されるように進行してしまうものだと思う。自分の考えを笑われているようで、悔しくて、降谷さんから目を背けてコーヒーに口をつける。

「みょうじって結構、現実主義なんだな」
「主義って程じゃないです。ただ」
「ただ?」
「相手は私のことを愛してくれてたわけじゃないですか?結婚まで決めていたんであれば。自殺の理由は分かりませんが、それでも、だったら、悲しいですけど、寂しいですけど、見送ってあげたいじゃないですか。」

口をつけたマグカップのふちを指で拭う。もし逆の立場であれば、まあ結婚前に自殺ってどんな理由?!って思うけど、とにかく私が結婚前に何か(マリッジブルーなりなんなり)思って死んだのであれば、愛する人に葬って欲しいと思う。叶うのであれば、お互いの愛が尽きたのでなければ、私を送った後、追ってきてほしいけど、そこまでは望めない。だって、そこからは“私たち”の人生ではなく、架空の彼の人生だ。いろいろ考えさせられる質問だなあと思いながら、コーヒーをぐいっと飲み込めば、降谷さんは隣で喉がなるほどの勢いでコーヒーを飲み干した。

「のど、渇いてたんですか?あ、熱くないですか?それ」
「帰る」
「え?あ……お、お疲れ様です……。」

何か機嫌を損ねたのだろうか?それとも私の答えに満足したのだろうか?降谷さんは突然立ち上がり、驚いた私が見守る中でマグカップを持ち上げて、底を覗き込んで短くため息をついてた。それを給湯室まで持って行き、簡単に洗ってしまうとすぐに戻ってきて適当にかけてあったスーツを回収し、カツカツと靴のかかとで床を叩きながら扉に向かった。降谷さんの一連の動作を見守っていると、扉付近の降谷さんが何も言わずに事務所の照明をパチパチっと全て消してしまった。

「え?!ちょ、降谷さん?!」
「送ってくれるか?みょうじ」
「へ?いや、だって、降谷さん車……」
「俺だって、好きなやつに送って欲しいと思うよ」

今夜、降谷さんに何があったか知らないけど、窓の外の風雨の音にかき消されそうなその声に私ははじかれるように立ち上がり、食べかけのお菓子も飲みかけのコーヒーもPCだってそのままに降谷さん目がけて駆け出した。このままで帰ってしまったら、明日一番に出社した課員が見れば私は神隠しにでもあったように突然姿を消したように見えるだろう。突然この世から去ったかのように。

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