一松くんは絶対おかしい
一松くんが突然「あ、うちくる?」って言うから、気の抜けた格好で一緒にネコ巡りしてたのを中断して一松くんのおうちにお邪魔することになった。

今日は天気もよくて風もあんまりなくて、絶好のデート日和で、きっと世のカップル様はみんな手と手をつないでショッピングだとか、おそろいのポップなサングラスをかけて遊園地だとか、ペアルックまがいのさりげないおそろいアイテムを取り入れたコーデで動物園だとか彼女の手作りってだけで大しておいしいわけじゃないサンドイッチを笑顔で頬張りながらピクニックだとかに勤しんでいるんだろうなあと、少し目頭を熱くしながら満足に日のあたらないじめっとしたビルとビルの隙間でネコじゃらしとネコ缶持って、野良猫を手懐けてる一松くんを見ていた私にとっては、どんな理由であれ一松くんの「あ、うちくる?」は思っても見ない転機!これを逃したら次は無い!神の啓示!と一も二も無く間髪入れず承諾した。たとえば一松くんのおうちの玄関に入ったところで背後から鈍器で殴られて気を失ってる内に犯されようがそれでもかまわないそういうプレイなんだと受け入れるからもう少しだけ恋人らしいことをしたい。きゃっきゃうふふなんて贅沢言わないからせめて手をつなぐとかのイベントは欲しい。あ、でもその前に野良猫を撫で回していた手は洗って欲しい……。

まあ、残念なことに?ありがたいことに?一松くんの家の玄関で鈍器で殴られて気を失ってる内に強姦されて生で中出しされて「今おなまえちゃんの中で、俺の精子がおなまえちゃんの白血球に殺されてる」って嬉しそうに報告されることも無く、本当に普通に居間に通してもらって、お茶まで出してもらった。一松くんがお盆にお茶をのせて持ってきてくれたのを受け取って「いただきます」って言うと「粗茶ですが」って頭をぺこっと下げられた。私がお茶をすすりながら、失礼にならない程度に一松くんの家のお部屋の中をぐるっと見回してると、一松くんがどこからか野球盤?を抱えてやってきた。結構年季が入ったおもちゃで、レトロなインテリアっぽさがあって「かわいいー」と素直に興味を持って盤を覗き込んだら、一松くんは気を良くしたのか「プレイボー」といまいちテンションの上がらない声を上げた。けど……「ごめん、私、ルールわかんない……」正直に告白すると一瞬ぽかんとした一松くんが「……さよか」って言って、すっと野球盤を抱えて部屋から出て行ってしまった。あああ!!私は一松くんを傷つけただろうか?!野球のルールどころか野球盤のやり方さえわからない私にがっかりしただろうか?!どうせ私は体育の授業で一塁から三塁にむかって全力疾走した女さ!!でも、あれ?!今のって「やり方教えて〜」「しかたねぇなあ」の頼れる彼氏を演出させてあげるチャンスだったんじゃないの?!野球どころか恋愛の駆け引き?!もできない女でごめんね一松くん!!

その後も一松くんは将棋やらジェンガやらトランプやらを持ってきてくれたけど、基本不器用な私にはどれも上手くこなすことはできず、さらに言っちゃうと……一松くんも、たぶん、あんまり、慣れてないというか……ジェンガなんてお互い積み上げるところから躓いてたし、トランプは2人でババ抜きしたら奇跡的にペアが生まれすぎて、お互い一枚もとることなく一松くんの手元にババだけが残るなんて大惨事起こるし……うまく遊べないことを憂いてるのか、私を楽しませようとしても上手くいかないことに憂いているのか分からないけど、少ししょんぼりしてるように見える一松くん。ネコもいないんだ。元気も半減だろう……。

「ねぇ、一松くん。一松くんの楽しいことしよう?」

私に気を遣うことなんてないんだから、一松くんがやってて楽しいことをすればいいんだ。もう文句は言わないから、こんな変な空気のままでいるくらいならまた外に出てネコ巡りをしよう。ただ、できればもう少し、河原とか、公園とか、そういうところに連れて行ってもらいたい。私が素直に一松くんにそういえばいいんだ。別にネコが特別嫌いってわけじゃないんだから。「ね?」と、私を見る一松くんに念を押せば、一松くんは何か言おうと小さく口を開いてから、何も言わずにまた口を閉じてしまった。もう少し自己主張してくれても良いんだけどなあ……わがままを言えばエスコートして欲しいというか、引っ張って欲しいというか、消極的なくらいならちょっと強引なほうが私としては嬉しいというか……まぁ、一松くんにそういうの、求めちゃだめかなあ?「ごめんね、ちょっとお手洗い借りるね」気まずさに負け、おトイレに逃げた私が、間違っていたのだろうか……?

はぁ〜っと盛大なため息をついてパンツをおろして便座に腰を下ろす。一松くんに期待しすぎだろうか?私がもっと上手に立ち回らなきゃいけないんだろうか?いや、でも、そういうの悩んでたらきっと何してたって楽しくないだろうし、逆にネコ以外で一松くんが楽しいことって何?あれ?私も全然一松くんの楽しいこと分かってないんじゃなかろうか?う〜ん、あとで訊いてガチャガチャガチャガチャガタガタっガチャガチャ「ぅえ?!あ、あの、入ってまぅ?!」えっ?!あ?!え?!便座に座った向かいのおトイレの扉が誰かに無理やりあけられそうになってる?!ドアノブが狂ったようにガチャガチャ回って、恐怖でちびりそう!!あ、べつにトイレだから出ちゃっても困らないんだけどッ!!いや、そういう問題じゃなくて!!え?!一松くん?それともご家族?ご家族だった場合が怖すぎるので一松くんであると信じたい……!!いや、それはそれで怖い!!「い、いちまつくん……?」扉に向かって声をかけると、ガチャガチャうるさかったドアノブがぴたっと動くのをやめた。ほっとしたのもつかの間、どういう原理でカギが外れたのか、扉がゆっくりと開き始めた。「えっ?!ええ?!一松くん?!ちょっとまって!!私まだッ」急いでトイレットペーパーに手伸ばしたけど、それよりも一松くんがトイレに入ってきて私の手を捕まえてしまうほうが早かった。「だいじょうぶ」何をもってして大丈夫だというのか、下半身丸出しでトイレに座ってる私を向かいから立って見下ろす一松くんは、そっと後ろ手でトイレの扉をしめた。手を握ったまま、私を見つめて、それ以上何も言わない一松くんがこわくて、そっと私からこぼれた物が便器の中の水面を叩き、チョボボボっとトイレらしさ有り余る音がした。

「おなまえちゃんがおしっこしてるとこ、見せて」

俺が楽しいことしていいんだよね?そう言って笑う一松くん。何が正解かも分からずに恐怖のあまり頷いてしまった私と一松くんのアブノーマルな時間が始まる。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -