交通事故死(松野一松)
DOGOD69様よりお題「漢字五文字」お借りました。

仕事の取引先を訪問した帰り。お昼休憩にはまだ早いけどまっすぐ会社に戻ってお昼休憩のチャイムを待つってのも味気ないので、スタバァに寄ってちょっと時間をつぶそうと思っていたら、似合わないオフィス街に恋人の姿を見つけた。一松さんだった。驚いたのは、無職の一松さんが、スーツを来た人間あるいは小奇麗な格好をした人間しかいないような働く人の領域オフィス街にいるってことじゃない。このあたりは実は野良猫が多くて、一松さんが足しげく通っていたことは知ってるし、私もよく一松さんにくっついてにぼしとネコ缶をかばんに入れてぶら下げて散歩をしているからだ。だから一松さんがここにいることについて驚きはしない。私が驚いたのは一松さんの服装だ。私だけではない、道行く人たちも一松さんを振り返り思わずその足を止めていた。

「い、一松さん!」

彼の元に駆けていって、とにかく夢中で自分の上着を彼にかぶせた。一松さんは裸だったのだ。ズボンははいているけどいつものパーカーを着ていなくて、背中もおへそも丸出しだった。ぼうっとした顔で私を見ると、一松さんの瞳が少しだけ揺らいだ。「あ」と声を漏らした一松さんは、腕に何かを抱えていた。自分の上着で一松さんの背中を隠して、抱き合うようにしていた私のおなかに、それが当たった。人の目が煩わしいので、私はぼうっとしたままの一松さんを抱きしめた格好のままで路地裏にもぐりこむ。一松さんは、いつものサンダルで少し躓きそうになりながら私に体を寄せた。男性に対してこんな事を思うのは失礼かもしれないけど、一松さんの体は柔らかかった。こんな状況じゃなかったからドキッと慕っていいかもしれない。でも、今は全然そんな場合ではないのだ。

「一松さん、何があったんですか?大丈夫ですか?!」

裸でいて平気な季節ではない。触れた肩は冷たく冷えていて、返事を待てずに抱きしめた。ぼさぼさの髪に手をあてて、その頭を自分の肩に寄せ抱く。耳に頬を寄せれば、そこは少し熱かった。

「おなまえちゃん、ダメ」

そう呟いて、一松さんは片手で私を優しく押しのけた。何がダメなのだろう?問おうと口を開いて、声を出す前に「ひ」っと息を呑んだ。私の服の、一松さんに触れていた腹部に血がついていた。真っ黒な血が私の腹部を染めていた。冷たい氷の浮かぶ海に突き落とされたような衝撃。叫びそうになったのを堪えて、一松さんを見た。きっとすがる様な顔をしていただろう。「いちまつさん」歯がかちかちと鳴り出しそうなのを堪えて、一松さんの腕をつかむ。怪我をしているのだろうか?こんなにたくさん血が出るほどに。どうしよう、どうしようどうしよう。とりあえず救急車を呼んで、それで、それで、一松さんのご兄弟に連絡して、それから「大丈夫、僕の血じゃない」そういって、一松さんは抱えていた物をゆっくり広げて私に見せてくれた。真っ黒に染まったそれは、一松さんがいつも着ているパーカーで、包まれていたのは先日このあたりで出会った子猫だった。おなかが大きく裂けて、体中が血に染まっていた。小さな体を氷のように硬くして、その子猫は真っ黒に死んでいた。

「様子、見にきたら……車に轢かれたみたいで……」

たぶん親猫とはぐれたっぽい。一松さんはそう呟いて、子猫に向けていた視線を私に向けた。一松さんの腕の中で硬く死んでいる子猫は、先日私と一松さんが2人でみつけた子猫だった。親猫が一松さんによくなついていて、いつものようににぼしを差し出すと、にゃあっと優しい声でこの子を呼んだのをよく覚えている。おずおずとダンボールの影から姿を現した子猫が可愛くて思わず声を上げそうになったけど、私以上に一松さんがうれしそうに体をびくっと跳ねさせたのが面白かった。親猫がしゃがんだ私の足元に寄り添い、一松さんを見つめながら緊張してにぼしをなめてる子猫を見守っていた。私も、子猫を触りたい気持ちと驚かせてはいけないと律する気持ちがせめぎあってドキドキしている一松さんの様子を眺めていた。なんだか愛おしくて笑ってしまって、呼応するように親猫が鳴いた。それから一松さんがやさしくそっと子猫と抱きしめて、私に差し出してくれたのをよく覚えてる。暖かくてやわらかい子猫を受け取って、ゆっくり抱きしめた。私の腕の中の子猫の小さな頭を一松さんが撫でて「かわいい」と漏らしてから「猫のことだからね」って念押ししたのが面白かった。「わかってますよ」って笑うと「ぜ、全然わかってない!」ってそっぽ向かれてしまった。

どこかに子猫を埋めてあげたいけど、一松さんを裸のままで歩かせるわけにはいかないし、子猫を包んでいるパーカーを着なおさせるわけにもいかない。私は一松さんにここで待っているように言いつけて、近くの衣料品店まで走った。おなかについた血はかばんを抱えるようにして隠した。店に入って、とっさに適当なトレーナーをつかんだ。レジですぐに着るからタグを切ってくださいと頼むと、店員さんは少し驚いた様子で頷いた。当たり前だ、だって私には大きすぎる男性物のトレーナー。真っ黒な生地に、大きく白文字で「Chicago」とプリントされていた。それを抱いて一松さんの元に戻ると、一松さんは立ち上がって私に駆け寄ってきた。「これ、着てください」いいながら一松さんにトレーナーをかぶせると、腕も通さないままに私に頭を摺りつけた。いつのまにか親猫がいて、冷たく硬くなった子猫を必死になって舐めていた。なんども甘い声で子猫を呼びながら、温かい舌でその小さな体をなぜていた。「おなまえ、おなまえちゃん……」震える声で呼びながら、必死に私の温度を求める一松さん。その体を強く抱きしめて頭に何度もキスをする。血のにおいと一松さんのにおい。「会社に戻るまで時間があります。それまでにお墓、作ってあげましょう」そういって、一松さんの頬をなぜると「全然わかってない」と唇をふさがれた。いったいどうして、血の味がした。

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