子どもは要らないメローネ
リビングのローテーブルでぱしぱし電卓を叩いてると、そろお〜っとメローネが現れた。午前中に会計の仕事を済ませて、お昼には鯛のアクアパッツァで白ワインだ!!と集中力最大でもりもり領収書を片付けている私は、昨晩遅くに一仕事終わらせて朝はゆっくりしていたら出掛ける予定だったプロシュートたちにおいてけぼりを食らってしまった彼をちらっと見遣って少し笑ってしまう。よそ行きの服(例の奇抜なやつ)じゃない、かっこつけるためのおしゃれも無い、気の抜けた部屋着のシャツは透けたプリントからして、表裏が逆になってる。服もまともに着れないほど寝ぼけてるのか。それでもちゃんと目元のバンドはつけてるんだから習慣ってすごいなあ、お、誰だこの領収書、花束買ったの誰だおい誰だふざけんなてめぇのナンパ道具を経費で落とすなくそう。

キッチンでたぶんワインにするかエスプレッソにするか悩んでうろうろしてたメローネは結局どちらも諦めた様子で冷蔵庫からソーダ水のビンを取り出して、栓抜きが見当たらずにカウンターの角にぶつけて栓を吹っ飛ばした。「こら、メローネ」ホルマジオやギアッチョもすぐにあれをやるんだけど、いい加減家具がおかしくなってしまう。傷だらけだし、失敗してこぼしたシミつきが取れないし、吹っ飛んだ栓を誰も拾わないから誰かが裸足で踏んで喧嘩になるから、私が禁止しているのだ。けど、こいつら聞く耳持たないのか理解する脳みそが無いのか教養が無いのかなんなのか、守ってくれない「ディスピアーチェ、マンマ」ごめんで許されるかばかやろう。くしゃけた領収書を広げて伸ばして開いたことも無い分厚い(もう少しページを足せば立方体になれるんじゃないか?)辞書の下敷きにする。食費、消耗費、備品費、修理費などなど個人から受け取る領収書やら店やら会社やら公共機関やらいろんなところから、駄菓子1つくらいの支払い自分のポケットマネーで始末してくれってものからゼロがどこまで続くの?と問い詰めて拷問にかけてやりたくなるくらいの金額のものから色々だ。仕分けてまとめて書類にして本部の会計係に送ったり、下らない支払いをどうにかそれなりに経費で落としてもらえるような理由をひねり出してかしこまった文章にして書類に添えたりするのが私の仕事だ。面白みのない仕事だけど、セーフハウスでの生活は安定してるし、不定期に帰ってくる物騒な彼らのおかげで安全といえば安全だ。町に出てもゴロツキに絡まれる心配も無い。ノートにずらりと並べた数字が、どこから出てくるお金で始末されるのかを考えると私きっとろくな死に方できないだろうなーとは思うけど、まあ仕方ないのだそんなことは。私のためにアクアパッツァになろうとしている冷蔵庫の中の真鯛と、よく冷えた白ワインには返られない。つまり早くお昼ごはんを食べたい。

「おなまえきみの健康状態は良好だ」

いつのまにか私の隣に座って、ローテーブルに突っ伏してるメローネがもごもごとしゃべった。ぐにゃりと溶けた板チョコをへし曲げたような格好で、髪を机に擦りつけながら私のほうを向いて、左目でじろりと私を見上げる。寝ぼけてるのかと思ったけど、ちゃんと目が開いてる。

「そうね、おなかが空いたって事意外なにも問題は無いわね」

そう返してメローネを見遣れば瞳を閉じて「きみはおなかが空いているが健康状態は良好だ」とうわ言のように呟いた。私に見せ付けるようにゆっくりと目を開いてじっと見つめられる。

「昼メシは「アクアパッツァよ、鯛の」アクアパッツァを食べて、少し汗をかく運動をしてからゆっくりとお茶を飲んで休む。早い時間に仕事を済ませて余計なストレスを感じることも無く午後は映画のDVDを見るなり読書をするなり脳に適度な刺激を与え感受性の衰えを予防し、散歩も兼ねた買出しに出かけるシューズのサイズはぴったりで長距離を歩くのに適している。好きなメニューを調理して、好きなワインと一緒に食べる。きみはビールも好んで飲む。でもあくまでお酒は嗜みで適量だ。入浴はシャワーだけではなくバスタブに浸かって軽いストレッチを欠かさないから猫みたいに柔軟でいられる。除毛は3日おき。デリケートなところは1週間前に友人の紹介のサロンで処理してきたばかりだからショーツの中は衛生的だし、女性として自信がついていて精神的にも意欲的で活発で良好だ。虫歯はないし悩んでいた口内炎もすっかり治っている。じゃなきゃあ2日前の夕飯にアラビアータなんて出ない。少しの歯磨き粉でゆっくりしっかりと歯を磨いて洗口液で口をゆすぐ。眠る前に常温のミネラルウォーターを飲んで、体温をゆっくり下げながらぐっすりと眠る。上手く眠れない時は軽くヴァギナを愛撫するだけの簡単なオナニーをしてすっきりしてから眠る。凝ったことはしない。気が向けばメンバーとも寝る。情のこもった行為ではなく、運動でもするみたいに後腐れ無いセックスだ。乱暴にしないのと避妊が条件で、相手が誰でも酔っていないと出来ない。ソルベ、ジェラート、ペッシ以外とはみんなやってる。2ヶ月前ギアッチョに酷くされた所為で誰からの誘いを断るようになっていたけど、4日前プロシュートに口説かれて一晩で3回もした。そのおかげでホルモンバランスもよくなって……口内炎に効いたのはこれかな?つまり今のきみは文句のつけようも無いくらい健康的だ」メローネがだらだらとしゃべっているのを聞き流しながら作業を続けてる。途中なんでお前がそんなこと知ってるのかとツッコミと蹴りを入れたくなる箇所があったけど、事実だから何もいえない。ぱしぱしと電卓をたたく手を止めて領収書とのにらめっこを続ける。と、小指に可笑しな感覚があった。

何かと見遣ればメローネが私の小指をその口にくわえてた。しかも冷たいソーダ水を口に含んだまま。メローネのあたたかい口の中の冷たいソーダ水の中で私の小指に小さな炭酸の気泡があたる。ぱちぱちっとはじける感触がある。なにをしてるんだメローネ。怒ればいいのか笑えばいいのか指を引き抜けばいいのか逆に押し込めばいいのか分からずに、メローネを見ていれば、しゃべろうとしたのか少し口を開いて、その隙間からソーダ水を少しこぼした。ソーダ水にぬれた唇がすごくセクシーできゅんときた。メローネが私の小指を口に含んだまま、ごくっとソーダ水だけ飲み込むと、ぐうっと吸い込まれる感じがして少し痛いのに絡みつくメローネの舌がやわらかくて熱くて気持ちがいい。フェラチオされるってこんな感じなんだろうか。私の考えてること、メローネも同じ事考えているのか分からないけど、そのまま女の子が男性のモノをそうするみたいに瞳を閉じて頭だけゆっくりと上下させて私の小指を舐めては吸い、擦ったり少しかじったり、流れ落ちる髪も気にすることなくねっとりとあたたかな愛撫を続けた。

「健康状態は良好でも、きみは"母親"には向いていない」

言葉の真意が分からないから、その表情が"寂しい"なのか"残念"なのか"おなか空いた"なのかも私には分からない。私の小指の先端の、爪と指の境目に舌先をこすり付けて、たっぷりのだ液で糸を引いて私を見る。それからいじらしくローテーブルの下にもぐらせてあった手を、電卓の上の私の手に重ねた。あたたかい。
「女性として"種付け"の対象ではあるけどなあ」

そう笑って重ねてた手を離すと、ねっとりとした精液が私の手の甲とメローネの手の平の間で少し伸びて、ぴちょっと私の手の甲に落ちた。あっ、な……こいつ……!!しゃべりながら?私の小指しゃぶりながら?!テーブルの下でっ……顔色変えずに出すとかっ、というか!私の手にっ!!「……あっ、ちょちょっとッ!!メローネ?!」「ディスピアーチェ、マンマ」


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