野山野くんが最高すぎた
※2015AUTUMN JUMPSQ.CROWNにセンターカラーで掲載された藍本松先生の旋律のサイコ読み切り「悪魔の顔」の主人公 野山野平太くんお相手のお話です。「悪魔の顔」最高でした。藍本先生大好きです。





ユキちゃんの事件のあと、僕は事情聴取に呼ばれた警察署の婦警さんに一目惚れをして、好きになった女の子のことはなんでも調べてしまう性質なのでもちろんココロさん(婦警さん)の事も、法を犯すギリギリの手段で彼女の事を調べつくした。1週間でピッキングは完璧になり、その気になれば指紋のひとつ髪の毛のいっぽん残すことなく警察署の一番奥の部屋の拳銃が保管してあるロッカーの中身をすっかり拝借してしまう事だって出来るようになったけど、僕が欲しいのは登録済みリボルバー式の拳銃なんかではなくココロさん(婦警さん)の個人情報だったので、僕は自分でも呆れてしまうほどに自分本位で献身的で愛の奴隷なんだと思い知らされる。

結論から言ってしまうとココロさん(婦警さん)への愛は泡と消えてしまった。それはココロさん(婦警さん)がヤギ面になってしまったわけでも、恋人にバラバラにされて冷蔵庫保管されてしまったわけでもなく、彼女の職務用のノートパソコンから5人の上司(漏れなく50歳オーバーの既婚者)と肉体関係アリの不貞行為の証拠を見つけ出してしまったからだ。ただ、僕はそれでココロさん(婦警さん)の事を諦めたわけではない。きっとココロさんには何か深い事情があって、週5で違う男(警察官で50歳オーバー)と濃厚なセックスをしなければ生きていかれなかったのだ。もしかしたら何か弱みを握られていて、脅されて、不本意ながら男の力に抗えず行為を受けていたのかもしれない。そうだ、僕が守ってあげなきゃ!ココロさんは困っているんだ!全裸に輝く宝石のみを身に着けた格好で不倫相手の顔面に座り込んでワイングラスを掲げている写真を、楽しそうな文面とともにスカイプで共有しているのだって、本当は僕へのSOSなのかもしれない。でも相手は警察官だし、僕1人でココロさん(婦警さん)を解放してあげられるだろうか……誰か、詳細がバレないように大人に相談して、知恵を借りたほうがいいんじゃないか……。ユキちゃんの件以来、先生はよく僕にラインをくれるようになった。調子はどうだい、とか、たくさん恋愛をしないさい。とか。先生はあんなだけど、きっと僕の相談に乗ってくれるだろうと思い「好きな人が困っていて、僕はそれをどうしても助けたいんです。お力を貸して頂けませんか」とラインを送ったら「次の出会いを探しなさい」と一蹴されてしまった。納得がいかずに返信しようと思ったとき、夕方のニュースでココロさん(婦警さん)の事が報道されていた。警察上官の横領事件に深い関連が有るだとか無いだとかで事情聴取を受けることになったらしい。僕はあんまりな失恋にケータイを手から落とした。足の爪先に落っこちて、あまりの痛みに泣いた。

「野山野くんてかわいそうな子だね」

僕の話を「おかしい」と否定することもなく「変態」と罵倒することもなく、ただ楽しそうににこにこと微笑んで、時折ガラスコップに入ったアイスコーヒーの氷をストローで突いては窓の外の人の群れを小さな女の子のような笑顔で眺めては、僕の詰まったり噛んだりどもったりしてスムーズにすすまない話を聞いてくれている彼女はみょうじさん。僕の定期診察の途中に、生のにんじんを丸呑みして喉に詰まらせてもみのき医院に担ぎ込まれて来たみょうじさんを、僕と先生で助けたのが始めてのであいで、先生が彼女の背中を蹴っ飛ばして、みょうじさんの口からロケットのようにすっ飛んで床に転がったよだれでぬれた立派なにんじんを拾った時、僕はみょうじさんに恋をした。命の恩人だって、口の周りをよだれでたっぷりぬらした笑顔でお礼を言われて、僕は茹で上がってしまいそうだった。彼女のよだれで塗れたにんじんを「よかったらあげるわ」って微笑まれて、彼女に夢中になってしまった。残念ながらあのにんじんは先生が感染症の恐れがあるからと言ってそのままゴミ箱へ捨ててしまったけど、みょうじさんはまたいつか僕ににんじんをプレゼントしてくれるだろうか?考えただけで胸が熱くなる。

「で、例の超能力の話」
「はい。僕は"人を殺した人"の顔が山羊に見えるんです」

どうしてか、彼女には何だって話せた。先生にしかしていない話だって、世間一般からして、異質だ変態だと思われるような自分の恋愛遍歴だって、細かなところまで話すことが出来た。それはきっと彼女が何一つ否定することなく、僕の話をなんでもないって言う風に笑って聴いてくれるからなんだろう。僕が秘密のような話をするのは、心を開くようなこの行為は彼女への愛の証だ。きっと彼女の僕の話を聴いてくれる、受け入れてくれるこの行為だって僕への愛の証なんだ。なんて素晴らしいんだろう?今までの彼女とは違って僕の身がもたないほどの暴力もなければ、いつも誰かに監視されているんだと不安がってキョロキョロしては突然連絡が取れなくなるわけでも、いつどこにいても僕以外の男からの連絡が絶えず携帯充電器が手放せないわけでも、常にカバンに荒縄と手錠と鞭が入っているわけでも、殺人犯なわけでもない。彼女はヤギ面じゃない。僕がみょうじさんの瞳を見つめると、とても嬉しそうにその綺麗な瞳で僕の目を見つめ返してくれる。微笑んで、あたたかく柔らかな手を伸ばして僕のくせッ毛を優しく撫で付けて「野山野くんはかわいいね」と褒めてくれる。

「私は?人を殺したなんて身に覚えはないけど。ヤギに見える?」
「い、いえ!みょうじさんはっ可愛くて、でも利発そうで、目が綺麗でッその……」

ヤギの目は恐ろしい。こちらを見ているようでどこも見ていない。何を考えているのか分からなくてただ不気味だ。温度が無い。みょうじさんはどこも、ひとつもヤギなんかじゃない。アイスコーヒーをひとくち飲み込んで、みょうじさんはカラカラっと高い声で短く笑った。

「それって褒めすぎだよ、嬉しいけど」

ふっと息をついてからみょうじさんはじっと、骨董品を見定めるように、じっくりと、僕の瞳を覗き込んできた。恥ずかしくなって視線を窓の外の人ごみにやれば、1つヤギ面が見えた。みょうじさんは、先生の言う運命の相手ではないのだろうか。

「私にも超能力があるの」
「え」
「笑わないで聴いてくれる?」

みょうじさんが、初めて、僕に秘密を打ち明けてくれる。笑うはずない。ただ嬉しい。嬉しくて堪らない。ああ、なんてことだ。僕たちはいま互いの秘密を共有しながら、こんなありがちな喫茶店の隅っこの席で、こんなにも密やかに愛し合っている!!

「私はね"バージンの人"の顔がうさぎに見えるの」

そういって、上目遣いに僕を見る。熱いような冷たいような不思議な感覚が僕の胸を貫いた。何も言えずにただ彼女の目を見ていると、みょうじさんは微笑んで、手を伸ばして僕の頬を撫ぜた。

「野山野くん、彼女はいたけどセックスはしていないでしょう?可愛いうさぎさん。髪をくるくるする癖がある?野山野くんはよく指先で自分の耳をくるくるするのよ?それがたまらなく可愛いの。あ、あと、もしかして本当は目の近くに黒子か、かさぶた?か、なにかあるのかしら?そこだけ毛の色が違っているわ」

つぶらな瞳が可愛くて、ついいつも見とれてしまうのだ。そうみょうじさんは笑った。窓の外を眺めれば今日は休日、たくさんのうさぎ面の女の子男の子が交差点をぴょこぴょこを渡っていくんだそうだ。それが可愛くて、窓の外を眺めるのが好きなんだと、笑った。野山野くんにも見せてあげたいって。胸が熱くなる。全然違うけど、似たような能力を持つ女性。僕の心臓がすっかり熱くなってしまった血液をいつもよりずっと早いリズムで全身にめぐらせているのが、耳で感じるくらいに僕の気持ちは昂っていた。指先で髪を耳に掛けながら、窓の外を眺めている美しい瞳をそっと細めるみょうじさん。

「だからね、私、幼い頃の自分の顔を知らないのよ。もちろん、ちいさな頃は同年代の子たちがみんなうさぎに見えていて、誰一人本当の顔を知らないままだったの。でも幸いうさぎだったから、怖くは無かったわ。でも中学にあがって、一番の親友の白うさぎちゃんが人間の顔になったの。それでもうんと可愛い子だったわ。それで私訊いたの「もしかして、何かあったの?」って。そしたら彼女恥ずかしそうに「彼とヤっちゃった」って笑ったの。ああ、私のコレはそういうことなんだ。理解したときは、なんだか私、自分の事が恥ずかしくなっちゃったわ。」

一息ついて、みょうじさんは店内を見渡した。喫煙席ではヤンチャそうな男が4人でガヤガヤしていて、みょうじさんはこっそりそのグループを指差して僕に囁いた。

「彼らの中にヤギはいる?」
「いいえ。幸い4人とも人間の顔です」
「ふふっ。残念だけどみんなうさぎ面よ」

悪ぶっているグループがみんな童貞なんだと、なんだか可愛いとみょうじさんはくすくす笑った。僕もおかしくてつられて笑ってしまったけど、みょうじさんから見れば僕だって彼ら同様皮をかぶったかわいいうさぎなのだから、急に恥ずかしくなって笑うのをやめた。するとそんな僕に気が付いたみょうじさんは笑うのをやめて、怒っているのとも違うけど、真剣な顔で毒の目を見据えた。

「バージンは恥ずかしいことなんかじゃないわよ野山野くん。私は、こんなだから、自分を知りたくて早いうちに済ましちゃったけど……うさぎでいる内は、自分のとっておきを運命の相手のために大切にしておくものよ」

首をかしげながら、僕に話しかけているはずなのに、その言葉はみょうじさん自身への叱責のように聴こえた。みょうじさんはきっと、本当は後悔しているんじゃないだろうか。自分のした事に。……僕は、ユキちゃんの事件以来自分の顔を鏡で見れなくなった。大きな角を持った、悪魔のようなヤギが映るからだ。それが恐ろしくて、部屋にあった鏡は全て捨ててしまった。習慣として顔を洗い歯を磨く。髪が気になるわけではないけど、普通の人には僕が普通の人間に見えているのだから、髪をぼさぼさのままにはしておけない。幸い僕は行きつけの美容室でいつも同じ髪型でカットをお願いしていたから、今までと同じ周期で美容室に行けばいいだけで済んだ。ここをこうしてください、そこをどうしてください、なんて。鏡に映ったヤギが見えもしない髪の毛に注文をつけることなんて出来ない。鏡を見なければ感覚は人のままで、意識せず触れれば髪はある。だから癖だった、髪を指先でいじくるのはやめられなかった。やめずに済んだ。それがみょうじさんには愛らしい耳をいじくるピーターラビットのように映っていただなんて、僕らってどん底の不幸で最高に幸せだ。

窓ガラスに映った自分は、まだ恐ろしい角を持ったヤギのままで、それでもみょうじさんが運命の相手なんだと信じてやまなかった。そして、隣の席に通された家族連れの客の、1人の女の子がソファによじ登ってこちらの様子を眺めているのを、口元を隠しながら愛おしそうに嬉しそうに100%の優しい心で微笑んで見ているみょうじさんを、後戻りなんて出来ないくらいに愛している。

「ぼ、僕が、まだ、うさぎでいるのは……きっと、みょうじさんのため、なんだと……お、思います……」



暗くなる前にみょうじさんの部屋に行ってセックスをした。漫画で読むほど簡単にいかなくてほとんどみょうじさんに任せてしまって情けない気持ちになったけど、あたたかく受け入れられてくっつきあって夢中になってしまえば、そんなの吹き飛んでしまった。

目が覚めると、外はもう明るくて、セックスしてから2人ともそのまま眠ってしまったことを思い出した。あたたかい布団の中で裸の僕は裸で眠っているみょうじさんを軽く抱きしめていて、一瞬で昨夜の事を思い出して恥ずかしくなってしまう。みょうじさんを起こしてしまわないようにゆっくりと動いて、時計か、自分のケータイを探していると、朝日を反射した窓に自分の顔が映った。くせッ毛が大きくうねって左目を隠している。映った僕を見つめる右目はちゃんと人の目で、歯だって全て薄いくちびるの裏に隠れている。なんといってもあの不吉な角が無い。

「ぼくだ」

顔の左右についた、人間の耳を摘んでみる。飾りなんかじゃない。ガラスに映った僕は、実際の僕が耳を引っ張る所為で、大きく耳が伸びている。まったくもって僕だ。人間の僕が見える。

「やっぱり」

目を覚ましたみょうじさんの鼻から抜けるような柔らかい笑い声が聞こえて、呆然としたままそちらを向くと、優しく微笑んだ彼女が、布団がめくれて裸のちくびがむき出しになってしまうのにも構わずに僕の顔に手を伸ばした。そっと頬を這って、右目のまぶたを撫ぜ、指先で僕の涙ぼくろをつついて、花が綻ぶように微笑んだ。

「ほくろだったのね」

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