肝試しのペアが大倶利伽羅
審神者にもお盆休みがある。というか、夏季休暇?というか、特別な理由も無く一時帰宅が許される夏季休暇、がある。カレンダー通りとはいかないし、絶対に休まなきゃいけない実家に帰らなきゃいけない本丸から離れなきゃいけないってわけではないし、まあその夏季休暇申請の書類提出も6月末には提出、承認が済んでないと無事にお休みをいただけない(つまり6月にお盆の事なんて考えられないので申請を忘れる審神者続出=申請が間に合わない)ので、お盆も本丸に残って仕事したり仕事しなかったりしてる審神者は多い。定例会議では夏季休暇中現世では審神者としての自覚を持ち規律ある生活を心がけること、みたいな、夏休み前の全校集会みたいな眠たくなるようなお説教を受けた。帰り道、馬に乗っていた所為で痛くなってしまった私のお尻を休ませるために茶屋に寄った。お金を払えば牛車を貸してもらえるのだけど、牛車では万が一敵襲にあった時に動きがついていけないし、牛車の中に居て敵襲に気づけず後手に回るのは性にあわない。近侍として私の護衛についてきていた鶴丸が三色団子をくわえたまま、あそういえば、みたいな感じで「君も帰るのかい」と聞いてきた。あれ?私言ってなかったっけ?

「うん、2日間だけね。帰るよ」
「そうかい。なんだ、寂しくなるな」

近頃鶴丸は私に対する「つまらない」「おもしろくない」などの類の言葉を「寂しい」「切ない」とか、なんだか少し桃色めいた言葉に置き換えるようになった。そんな、言い方を変えただけでお前、お前の心情にそう大した変化はないんだろう?おい、三色団子くわえたままそんな、本当に寂しそうな顔をするんじゃないよ、以前ならあれじゃん、お前こういうときは「なんだつまらないなー!!」って言って三色団子のクシの先っちょで私の事つんつんしたり、私のお茶奪って勝手に飲んだりして、なんかすごいアホだったじゃないか!なんで急にそんな、容姿に似合った、いや、その容姿を10倍20倍に魅せるような乙女テクを身に着けたんだ?!つまり、その、あの、大打撃です。あんまり鶴丸にそう悲しい目で見られると、なんかこっちまで悲しくなってきちゃうので「2日間だけだから……」とか、ちょっと、悲しくしおれた声がでた。ちくしょう、私が実家に帰るのは親戚から毎年届く桃を頂きに行くためだというのにちくしょう、なんだこの懇ろの相手と今生の別れみたいなキュン?ズギュン?とくる雰囲気……。


「というわけで、肝試しをすることになったぞ!」

どういうわけか肝試しをすることになったらしい。夕餉を終えて、執務室に篭り夏季休暇前の仕事の追い込みをかけていると、スパーンと障子が開いた。そこには期待を裏切らない鶴丸、と、瞳を輝かせて身を寄せ合っている私の子ども(粟田口短刀)たち……。てめぇ鶴丸…、茶屋でのあれは演技かこのやろう、五虎退ちゃんたちまで味方につけやがって……。思い思いに驚かし道具を持ってわくわくしている短刀たちに「仕事の途中だから」とは言えない。どういう根回しか、中庭では光忠や薬研、青江、歌仙などが松明を焚きなにやらがやがやと肝試しの準備に余念が無い。(どうだ、断れまい)とでも言いたげな鶴丸を鶴の姿焼きにするのは休暇から帰ってからにするとして「主君が、現世に帰ってしまわれると聞いて…」とおずおずと切り出した前田くんにノックアウトされたので、私は両手を短刀たちに取り合われながら中庭に出た。短刀たちは口々に私を一番こわがらせられるのは自分だ、とか、自分が主を守るとか、なんだかもう会話のすべてが私中心で、わらわらと取り囲まれてなんだか愛しくて、引っ張られる小さな手の温度とか、なんかもうたまらなくなって、実家に帰ることが馬鹿らしく思えてきてしまう。とにかく、今夜はめいっぱい、疲れてしまうまで遊んでやろう。


と、思っていたのに……

「馴れ合うつもりは無い」

私の手の中の紙に書かれた組み分け番号。ああ、どうして。私の想像では、なんか、こう…私と短刀たちでわらわらと暗い道を歩いて、繰り出される鶴丸の驚き仕掛けを潜り抜けわーわーきゃーきゃー騒いで、みんなのところに戻ってわーこわかったねー!って騒いで、なんかそのあと、青江とかにこわい話とかしてもらって、ひゃーってなったところで、あまり弟達を怖がらせんでくださいとか一期さんに叱られて、じゃあ怖くて眠れないからみんなで寝ようか!って短刀部屋でみんなを寝かしつけてから大人勢にまざって酒盛りして…みたいな…そういう、楽しい本丸肝試し大会!どんどんぱふぱふー!!だったんだけど……。ひくりと口元が痙攣した。

「お、大倶利伽羅も肝試しとか、やるんだねぇ」

なにがどうしてこの思春期の息子みたいな男と肝試しを回らなくてはならないんだろう……。私の問いかけにも、そっぽをむいて「ふん」って言うだけで…おいなんだおい、失礼な奴だなおい。私とペアになれなかった短刀たちが残念そうな声を上げて、光忠や薬研に慰められてる。あー、いいな、可愛いな…。私もあっちに行きたい…。なんて思っていても公平に決められたペアが替わることはなく、歌仙が用意した提灯を受け取ったペアから、青江にルートの説明を受け、いざ出陣、肝試しが始まった。

「じゃあ、暗いから気をつけてね。大倶利伽羅くんも、主も。」
「こけたりすると危ないもんね!」
「うんうん。それに、闇夜にまぎれて誰が何を企んでるか分からないからねぇ」

手にした松明の不気味な灯りに照らされた青江が、石にされちゃいそうな目で大倶利伽羅のことを見据えた。自分の指先でくちびるを撫でながら、うっすら笑う。あ、うっすら青江。

「でもあれだね、こんなに暗いと大倶利伽羅の事見失っちゃう危険性が」
「おい」
「うそうそ、冗談」

それじゃあ、いってらっしゃい。って青江がにっかりして手を振ってくれるのに応えて、私は勝手に歩き始めてる大倶利伽羅の後について歩いた。

暗いだけで、やっぱり特に怖いことは無いんだけど、一緒に歩いてる大倶利伽羅がむっつりしてるのが面白くない。楽しくないなら、というか馴れ合いたくないのなら、なぜこんな面倒な肝試しなんかに参加したんだ大倶利伽羅……もしかして大倶利伽羅も短刀ちゃんたちとペアを組みたかったくちなのか?!相手が私だから?!だからむっつりしてるの?!もしかして大倶利伽羅そんな顔して五虎退ちゃんと一緒に回りたかったの?!

「ねぇ、大く「……っ!」?!」

真相を確かめようと本人に声をかけたら、大倶利伽羅は急に松明を投げ飛ばして、私に黙るように命じた。急にどうしたというんだ?!大倶利伽羅の気配と、カチっと硬い、柄に手をやる音で、心臓が冷えた。じりっと大倶利伽羅が私を背に庇うように、少しずつ後ずさる。松明を失くして一度真っ暗になった視界が、だんだん慣れてきて、少しだけ見えるようになってきた。もちろん私の視力の届く範囲には何もいない。それでも必死で、何かの気配を探っている大倶利伽羅の様子に、ただならぬ事態なんだと思い知らされる。心臓が嫌な音を立てて急速に早まる。汗が噴出し息が上がってくる。大倶利伽羅の名前を呼びたくても声がでない。声を出すなって命じられたからじゃない。怖くて、声がでないのだ。金縛りにでもあったみたいな体で、どうにか大倶利伽羅の腰布に手を伸ばし、掴む。慣れてきたうす闇の中、金に輝く瞳が大きく見開かれ、私に向けられた。瞬間、ぐっと手を引かれ、私たちは走り出した。躓いてこけそうになるたびに、大倶利伽羅に腕を強く引かれる。肩が抜けそうになって痛いけど、文句を言う余裕も無い。いつのまにか本丸のどこかの塀に行き止まった。大倶利伽羅は、少しきょろきょろしてから、息をついて緊張を解いた。もう大丈夫なのだろうか?というか、大倶利伽羅はと私はいったい何から逃げたんだろう。敵襲なのだろうか?そんなことあってたまるかと思うけど、もしも本当に敵襲だとしたら……だとしたら、早くみんなにも教えてあげなきゃ…!!

「おい、落ち着け」

体を震わせ駆け出そうとする私を、大倶利伽羅がその腕に抱きしめた。驚いた。大倶利伽羅にぎゅうってしてもらっているのか、私……。衝撃的過ぎて、怖かったのとか、そういうのを忘れてしまう。

「そんなに怯えるな」

あたたかくて、たくましい胸板とか、声とか、匂いとか…。冗談でもハグとかしない大倶利伽羅に抱きしめられて、いまはもう、怖くないほうの変などきどきが治まらなくなってきた。出発の時の青江の言葉を思い出す「闇夜にまぎれて誰が何を企んでるか分からないからねぇ」えっ、え…うそ、大倶利伽羅…が、私を…?変な想像で動けなくなってしまった私を、大倶利伽羅がじっと見ていた。何を思ったのか、私の事を抱きなおして、今度は腰を抱かれた。空いた手は後頭部に添えられて、少しだけ持ち上げられて、体がぴったり密着する。耳に口を寄せられて、何か囁かれた。ああ!だ、だめ!!おおくりから!!だ、だって私とあなたは主と従者の関係であって!!間違っても恋仲だとか!!色沙汰とか!!そういうのは!!あっで、でも…大倶利伽羅、か、からだ、たくましいし…実は、そういう時、その、エッチの時はめちゃくちゃ優しいとか!!そういうのは、すごく、すごい……!!けど!!

「あんたは知らんだろうが、あんたが極端に怖がったり驚いたりすると神気ってのは乱れやすくなるんだ」

大倶利伽羅の唇が、そっと私の額をなぞって、今度は反対の耳に囁かれる。自分の心臓の音がきこえなくなった。

「審神者の神気が乱れると、俺たち見たいなのが憑き入る隙が出来る。魔が差したとか、そういうのは、極度の緊張状態から来るもんだ」

息が出来なくなってきたのは、大倶利伽羅の腕の力が強くなったからだけじゃない。

「鶴丸はどうしてああもあんたを驚かせようとする。どうして俺や歌仙がこんな面倒なもんに参加したと思う。短刀たちはあんな姿だが立派な付喪神だ。あんたにああも固執して、いったい何を企んでる」

ごくりと、硬いつばを飲んだ。大倶利伽羅にもきこえたのだろう。喉で、くっと笑って、私の腰に回していた腕の力を抜いた。もう私が逃げられなくなっていることが分かったのだろう。大倶利伽羅の腕から開放されると、私の体は冷たく震えていて、支えもなくして地面にへたり込んでしまった。あんな無邪気な短刀たちでも、たしかに大倶利伽羅の言うとおりだ。顕現したその容姿が子どものものだっただけで、彼らも歴とした付喪神……本質はわかったものじゃない。鶴丸だって、どうして私にないがしろにされても飽きずに驚かしたりしてくるんだろう……それは常々、思っていたけど、たぶん真性のアホなんだろうと思っていた……。自分でも、疑問に思ったじゃないか、なんで肝試しなんかに大倶利伽羅が……、私を、怖がらせて?神気を乱して、私に憑くため……?

「どうだ、怖いか」

そういって、大倶利伽羅が私に再び、手を伸ばす。

「あぁぁあぁあぁあああああ!!!!みっ、光忠ッ!!みつただァやげッ、やげん!!はせべェェエエ!!!!」

根限りに叫んで、着物が着崩れるのも、木の枝にぶち当たるのにも構わず、駆け出した。「おい、待て!」って追ってこようとする大倶利伽羅に死に物狂いで蹴りを入れたら、奇跡的なのか私の審神者としての感がそうさせたのか、一撃必殺、股間を蹴り上げた。大倶利伽羅の苦しそうな声がきこえたけど、振り向きもせずに駆けた。青江の松明が見えて、涙と汗にまみれたまま、その人影に飛びついた。青江のひょろひょろじゃ全力疾走のからの大ジャンプした私を支えきれずに、声を上げて、もつれ倒れこんでしまった。「おやおや、大胆だねぇ」なんてのん気で馬鹿なこと言う青江に安心して、そのまま大きな声で泣き出すと、長谷部と光忠が駆け寄ってくる。(走った所為で)乱れた姿に何も言わず目を丸くした光忠がジャージを着せてくれて、青江にぎゅうっと抱きついたまま、血相変えて走ってきてくれた薬研の「大将、なにがあった」という問に「おおくりからが、おおくりからが」としか答えられない私を見て、長谷部はこの世の終わりって顔をしてから、般若面の顔になった。私が飛び出してきた茂みの前に立ち、待ち伏せるみたいにして、いつのまにかその刀身を抜いて「主に仇なす者は斬る」と繰り返し呟いていた。

少しして、茂みから姿を現した大倶利伽羅(少し股間を抑えてる)を見て長谷部が目をひん剥いた。斬りかかろうとしたところで光忠が「長谷部くん!ちょっと待って!」と声を上げた。睨みあう大倶利伽羅と長谷部の所為でぴーんと張り詰めた空気の中、元凶というべきか救いというべきか、鶴丸が現れた。

「おうおう、どうした。一等賞争いか?」

鶴丸のその言葉に、私の頭をぽんぽんしてた青江が「ああ、そういう事か」と呟いた。


濡れ縁に座って、宗近が「そうかそうか、それほど恐ろしかったか」って笑いながら、優しく懐紙で涙を拭いて鼻水を拭ってくれるのをただ受けている私に「主さま、大丈夫ですか?」「主君、いかがなさいましたか?」と、心配の声をかけてくれる短刀たち。飲み物を持ってきてくれた小狐丸から湯飲みを受け取ると「これを飲めば落ち着きますゆえ」と微笑まれて、やっと顔を上げて、青江や歌仙の話を聞けるようになった。

鶴丸が肝試しをやろう!ってなったのは、もちろんただの思いつきで、そんな面倒な事嫌だよっていう大人勢を動かすための「なら、主を一番怖がらせた者は、この先1ヶ月内番免除ってのはどうだい」という提案に目を光らせたのは歌仙、大倶利伽羅。他の内番嫌いは幸か不幸か遠征中で、今回の肝試しに巻き込まれずに済んだ。短刀たちは大人勢のそんな企ても知らずに、ただ、私が帰省してしまう前に遊んでおきたかっただけで、大倶利伽羅の神気を乱してどうとかこうとかって言うのも、もちろん私を怖がらせるための嘘。らしい。でも、だとしたら、どうして大倶利伽羅は肝試しの最中に、突然、あんな構えをしたのか訪ねる。神気云々の作り話も怖かったけど、敵襲でも受けたようなあの雰囲気は、本当に怖かった…。

「それは…」

と、長谷部にこっぴどく叱られて膨れっ面の大倶利伽羅が私の隣の宗近を睨んだ。こらこら、この状況で宗近を睨むだなんてどういう神経してんの君は。お前に散々怖がらせられた?怖がらせさせられた?怖い目に合わされた私を優しく介抱してくれる宗近に失礼でしょうが。

「なにか言いたげだの、大倶利伽羅よ」
「あんただろう。俺を襲おうとしたのは」

宗近が隣で大きく口をゆがめて笑う。ぞくっとした。

「なぜ俺が仲間であるおぬしを襲う?」
「俺が聞きたい。いったいどういうつもりだ」
「……まあ、好機を逃して早々に戻ったおぬしにはわからんだろうな」

そう言って、私の頬に指先を沿わせる宗近。知らないうちに鶴丸が用意していた吹き上げ花火が始まって、みんながそっちに気をやられる。大倶利伽羅は宗近を睨んでて、宗近は私を見ていた。私は、宗近の瞳の中の三日月しか見られなくなってしまっている。

「どうした主。俺が怖いか」

心底嬉しそうに微笑む宗近。白い肌に色とりどりの花火が映えて、不気味なくらい美しい。「存分に怖がれ」って笑って、唇が寄せられる。と、それが触れる前に、宗近めがけて1つのロケット花火が飛んで来た。瞬間で宗近が叩き落とす。もう心臓が止まるのは何度目だ……

「無粋なことをするでないぞ鶴」
「花火も楽しめんような奴に粋を語られたかねぇぜ、爺さん」
「おい、あんた。もうそいつらから離れておけ」

どうして離れたところで噴出し花火で短刀たちを湧かしていた鶴丸がこっちにいるのかとか、すごい機動力でいつのまにか宗近の後ろに立ってる長谷部とか、ふすまの向こうに気配を感じる石切丸とか小狐丸とか、なんかもうみんな怖くて…ああ、お母さん。私は早く帰りたい。


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