鶴丸国永とアイス
畑当番をサボって、攻撃的に真っ青な空と連続的な槍の突きのような日差しから尻尾を巻いて逃げてきた。明暗がくっきりと地面を切り分ける濡れ縁の屋根の下。陰ったところに君を見つけた。濡れ縁に腰掛けてぼうっと空を眺めては、地面を黒く濡らす雫をたらしている。それは決して彼女の頬を伝う涙ではないし、くちびるを濡らし糸を引いて落ちる唾液でもない。その手に持った水色の氷菓子が溶け始めているのだ。勿体ないぞと声をかけようとしたら、途端。何処かからアブラゼミが飛び込んできてジージーと好き勝手に騒ぎ出す。主の頭を掠めたらしく、セミに負けじと騒ぎ始める。きゃあきゃあわあわあと叫んでは氷菓子から飛び散る甘い汁にも気をつけることなく、手を振り回し髪を乱す。自分の頭に乗せていた畑当番用の麦藁帽子を手にして、慌てふためく彼女を捕まえた。ふぎっと可笑しな声を最後に彼女が押し黙れば、騒音の好敵手を失ったアブラゼミは、驚いたことに俺に小便をひっかけて飛んでいっちまいやがった。参ったねまったく。

「君にもこわいものなんてあるのかい」

少しはなれたところでアブラゼミの鳴き声がきこえる。さっきのやつだろうか。しかしまあ主がセミ1匹にああも取り乱すとは驚いた。俺が廊下の角から急に声を上げて出てきても、一瞬で張り手一閃食らわすような人がだ。まさかセミがダメとは…今度の驚きのネタにしてやるか。俺の麦藁帽子をかぶったまま拗ねた様子で氷菓子に舌を這わせる彼女の横に、どっかりと腰を下ろせば「セミはきらい」と呟いた。「でも抜け殻はそうでもない」「空蝉か」そういえば先日、前田や五虎退らとたくさん集めたな。一期一振のマントにくっつけてやろうと提案したら短刀たちに叱られて…たくさん集めたあれはどうしてしちまったっけなあ。

「次郎ちゃんが腕によりをかけた夕餉もこわい」
「『たこわさシオカラ酢漬けの佃煮突き出し小鉢』か、あれはひどかった」
「もう絶対に次郎ちゃんを厨房に入れないって誓う」

いわゆる『おつまみ』を鍋にぶっこンで煮立てて焼いて焦がして茹で上げて、どうしたらそうなるんだと、むしろご教授願いたいくらいに不味い、この世のものとは思えない味の、とんでもない次郎太刀の幻の一品。泣く奴怒る奴放心する奴の中、ただひとり焼けた鉛を飲み込むような顔で小鉢を一口で完食した太郎太刀は数秒後、手入れ部屋送りとなった…。あの時「なんか動いた」と蛍丸が真面目な顔で呟いたのを、きっと俺は一生忘れられない…。あの時、主も意を決して次郎の料理を食べようとしていたが、もちろん長谷部にとめられて叶わなかった。

「真っ暗なのもこわい」
「夜に一人で厠に行けないもんな君」

主がさくっと氷菓子をかじって、口の中に納まった欠片をわざと地面に落とす。ぬらりと照ったくちびるから、角をなくした氷菓子の欠片が温かい唾液にまみれてゆっくりと落ちていく。熱く乾いた地面にとしゃっと落ちて砕けたそこが、黒く湿っていく。暑さも忘れ働き続けるゴマ粒のようなアリを1つ、その冷たく甘い水色の氷菓子でつぶしてしまった。虫にも温度を感知する感覚と言うのは備わっているのだろうか。このうだるような暑さの中休むことなく働いて、冷たく甘い氷菓子につぶされて死んだのだ。どこか救いがあったと、俺には思える。そうだ、今日はひどく暑い。

「俺にもその氷菓子、一口わけてくんねぇかい」
「いいわよ。ひとくち。」

地面を見ていた顔を、やっとこっちに向けて、その目と氷菓子をくれる。俺が大口でかぶりつかないように見張っているつもりなのか、じっと見つめられ、それに応えて見つめ返す。糸で結んじまったみたいに、互いの目玉の真ん中が放せない。差し出された氷菓子に唇が触れる。あんまり氷菓子が冷たいもんだから、唇が吸い付く。歯を立て、約束どおりにひとくちだけ。冷たくて、甘い。歯と歯の間に氷を挟んで、その甘い汁を吸いながら噛み潰す。しゃくっと口の中で音が響いた。目を合わせたまま、主もひとくち氷菓子を口に含んだ。舐められかじられで、氷菓子はもうずいぶんぐずぐずになってしまっている。主の手を汚し、また地面に黒いしみを作った。

「鶴丸は、こわいものってある?」
「こわいもんと言われてもなあ」
「思いつかない?」
「君を失うことかな」

主がまた、氷菓子をひとくち。俺がかじった跡に唇を触れる。照れさせるつもりで言ったわけでも、怒らせるつもりで言ったわけでもない。もちろん駆け引きのつもりも無い。ただ、素直にそう思うし、他の刀剣に聞いたって、出てくる順番はどうあれ、誰もが君を失うことを恐れてる。その理由はさまざまなものだろう。二度と遣える主君を失いたくない者、主の力によって得た肉体を失うことを恐れる者、ここに集いかつての仲間との時間をかけがえなく思っている者。あるいは阿呆のように君に恋慕している者。しゃくりしゃくりと、氷菓子をかじる音はやまない。身を屈め、主の口の端についた、とけかけの甘い欠片に舌を這わせる。冷たくて甘い。そのまま舌を滑らせば、やわらかく甘いくちびるに触れる。ひんやりとした表面、中に潜む熱を感じたくて、奪ってしまいたくて、夢中で食いつき吸い付いた。獣のように歯をむき出して、中とも外ともつかないところで舌を絡めあう。唾液がのどに絡んで、彼女がむせるのを許さない。口を塞いでめいっぱい吸えば可笑しな音がした。もうどちらの口にも氷菓子の味は残っていないのに、それを探そうと必死に口の中を舌でまさぐりあう。よだれが垂れて顎を伝い、服を濡らした。いつのまにかセミは鳴くのをやめていた。

「つるまる。わたしはアイスが溶けるのがこわい」
「つるまる、わたしは命がけで戦うことがこわい」
「矢がこわい槍がこわい落馬も血も」

あなたもこわい。そう呟き、その手から氷菓子を落としてしまえば、甘く濡れた手で俺の頬に触れて彼女から噛み付くような口吸いを仕掛けられる。くちびるに歯を立てられて鉄の味のする熱い血が口の中に広がっていく。冷たくて甘い手と熱く塩辛い涙に塗られてどうにかなっちまう。主の頭の麦藁帽子がずり落ちるのを目で追うと、向こうの地面にアブラゼミが落ちているのを見つけた。事切れたセミを見て、いよいよどうしちまったのか、いまどうしてもこの手に空蝉が欲しくてたまらない。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -