鶴丸国永は人が好き
執務室で座布団も無しに正座をしていた私は、同様に目の前に座した男(の姿を模した付喪神)の強い視線に少しだけ体をこわばらせた。攻撃的ではないけど、強烈な視線。強要しているようで懇願しているような、不思議な二つの金目。「どうぞ」と私が鶴丸に向かって発すれば、彼は尻を上げて立ち膝になり、私との距離を縮めた。

なにが「どうぞ」なのかと言うと、結論から言えば今日の鶴丸は部隊長としてとてもよくやってくれたから、なにか欲しいもの無い?労いにご褒美どうだい?と持ちかけた末、鶴丸の申し出を私が承諾了解OKでーぃす!した返事だったわけだ。今日は鶴丸を部隊長に、練度の低い子達がほぼ占めるという……少し冒険的な編成だった。この編成はどうかな?!と鶴丸に相談したときに、部隊編成と出陣先を見比べて鶴丸が表情を曇らせたことを本当は知っていた。だけど、練度の高い刀剣たちには遠征を頼みたくて、私は特上ばかりの刀装を並べ鶴丸を口説き倒した。指揮はすべて鶴丸に任せるから、鶴丸が危ないと判断したらすぐに帰ってきてくれればいい。「分かった。君には敵わん」そう笑って、鶴丸は必要な数だけ盾兵の特上拵えを持って行った。

盾兵を破壊され、中傷を負った鶴丸が執務室まで出陣結果の報告に来た。練度の高い鶴丸が中傷を負ったということは、他の練度の低い刀剣たちは重傷を負っているのだろうかと、万が一最悪の事態を想像して立ち上がった。顔を白くして取り乱しそうになっている私を見た鶴丸があわてて状況報告を始めた。

「落ち着け、負傷は俺だけだ。すまんが俺の他に盾兵刀装を3つ破壊された。が、馬皆共に無事帰還した」

それを聞いて、私の足が震えだした。ぱきっと膝が折れて、床にしゃがみこむと鶴丸が「驚いた、君の顔色酷いもんだぞ」と笑った。鶴顔負けだ、と続けて私の向かいに座り込む。出陣の詳細を聞けば、偵察も上手く行き鶴丸お得意の奇襲戦で敵を翻弄し、着実に戦場の深みへ進んでいたそうだ。けれど、やはり練度の力の差が出てしまったらしい。圧倒され、追い込まれた際、鶴丸が奇策を用いてどうにか逃げ帰ってくれた。鶴丸にその気は無いのは分かっているけれど、責められている気分になる。無意識に腕の切り傷を撫でる鶴丸を見ていて自分勝手に傷ついた。ちゃらんぽらんに振舞っているけど本当は真摯で忠実な鶴丸に、無茶を頼んではいけなかったんだ。他の刀剣ならきっと、それは無謀だと私に部隊の編成を見直させただろう。鶴丸の考えた奇策というのだって、きっと鶴丸が囮になると、なんか鶴丸が無茶するとか、自己犠牲的な策だったんだろう。彼の主として、部隊の将として情けなくて恥ずかしい。

「ごめんなさい、鶴丸……無茶をさせてしまって」
「気にするな。俺たちゃこういうモンなのさ」
「うん、ありがとう。すぐに手入れ始めるね」

何かご褒美をあげたいから、考えておいて。そう続けながら、率直で優しい鶴丸の言葉に自然と口元が綻んでしまった。手入れの準備を始めようと、膝をぽんと手の平で叩く。と、鶴丸のまとう気が少し変わった気がした。人間的に言えば、感情的になっている風だ。怒ってる、のとは違うけど、手放しに喜んでいる訳ではなさそうで、視線の強さに圧し負けそうになる。神妙な面持ちの鶴丸に不安を覚えて、つるまる、と呼びかけようと口を開くと、声を発することを遮られるように鶴丸が口を開いた。

「褒美ってのは物じゃなくてもいいのかい」
「え、ああ……あ内番免除とか?ずっとは無理だけど、私が代わったりっていうのは有りかなあ?」

「君を抱く、ってのは有りかい」

私を抱く……だっあ、え?!抱くって言うのは、つまりそのつまるところぶっちゃけ閨事ということか?!いわゆるせ性行為?!鶴丸が?!私を?!私と?!えっえそりゃあ今回鶴丸のおかげでとても助かったわけだけど、それでセックス許しちゃうのは主として女として軽すぎないか?!というか鶴丸はそんな私とそういう、そういうあれを望んでたの?!ご褒美に?!私を?!抱くの?!抱きたいの?!?!

「すまんが、君をこの腕に抱きたいと言う意味だぞ」
「あっ、あ!あー!ぎゅってしたいってことね!ああー!」

なんか私がすごいスケベな女みたいじゃないかくそう……。恥ずかしさに両手で顔を覆う。あっつい。いや、よかったけど、スケベなほうじゃなくて良かったんだけども……驚いた……、あ、なんだ?鶴丸、もしかしてそうやって私に勘違いさせて「どうだ驚いたか!!」ってスケベ思考な私を指差して笑いたかったんじゃあないか?!きっとそうだ、一部の刀剣、審神者にサプライズじじいと呼ばれている鶴丸だものな、私の緊張をほぐすためか自分の性癖を満たすためか真意は分からないけど、私の事を驚かしたかったんだろうちくしょう心底おどろいたわ、というかびびったわ。文句のひとつでも言ってやろうと鶴丸を見遣れば、その目は真剣そのもので、一片もおふざけとか、冗談とかを含んでなかった。え、っと……そんな真面目になられると、なんか緊張するんですが……。抱くって、なんだ。それ鶴丸嬉しいの?というか、そんなのでいいのか?褒美だよ?現代のびっくり道具じゃなくていいの?この間、現代で購入した古い手品グッズをあげたらめちゃめちゃ喜んでたから、それ系統の物を選ぶと思っていたんだけど……、耳がデカくなりやがったー!ってゴム製のおもちゃで勘違いした蜻蛉切に手入れ部屋に担ぎ込まれたのめちゃくちゃ楽しんでたもんね、鶴丸。

「わたしのことを、だきしめたいの?」

本当にそんなの事でいいの?という確認も込めて聞き返せば、短く、でもはっきりと「ああ」と返された。えー、マジで?むしろ驚き。私を抱きしめることがご褒美になる鶴丸の価値観に驚き。別に普段からお願いしてくれればそのくらい……情のこもったやつを日に何度もって言われたら困るけど……挨拶のハグみたいなのだったら、別に全然……「君が嫌なら構わん。他の褒美を考える」あ、いやいや、嫌ってわけじゃないんだけど!!拒否してると勘違いされて、なんだか慌てて言葉にならないあわあわと違う違うと両手でジェスチャーを繰り返した。

「どうぞ」

両手を広げて受け入れ態勢でいた方がよかっただろうか?近づいてきた鶴丸の顎の辺りを眺めながら、いまさらな事を考える。というか、手入れはいいのだろうか?傷は痛くないのか鶴丸。ごめんけど私に触れれば傷が治るとかそういうのは無いよ?

するりと肩に触れた腕が、蛇みたいにくねりと曲がって回って、全部すっぽり腕にしまい込んでしまう。きゅうっとゆっくり力を込めて抱きしめられて、ゆっくり鶴丸の胸に私の顔が埋まっていく。着物の匂いと血の臭いと鶴丸のにおいがする。私を抱きしめる鶴丸の腕は少し震えているようで、おや震えてる?と気が付いたとき、私の頭のてっぺんに鶴丸がぺったりと顔を押し付けてきた。すんすんとにおいを嗅がれる音がきこえて恥ずかしい。せめてどうかいい匂いであれ、私の頭。私の頭のにおいに満足したのか今度は頭のてっぺんに頬を押し付けて、もっともっとと言う風にぎゅうっと私を抱きしめる腕に力が篭る。

「君はこんなにもやわらかいんだな」
「いろんな匂いが混ざっている」
「あたたかい」

確認するみたいに、独り言を続ける鶴丸。手持ち無沙汰の私はどうしていいのかも分からず、とりあえず鶴丸の背中に腕を回してみた。抱きしめるのが褒美に値するなら、抱きしめられるのも悪くはないでしょう?きっと。私が抱き返すと、それまで上の空にため息交じりで続いていた鶴丸の独り言がぷつっとやんだ。あれ?もしかして、嫌だったのだろうか?少し気まずくなって背中にまわした手を引っ込めようとしたら「触れていてくれ」と止められた。「わかった」って返事をして、私たちはしばらくの間、雨に降られる猿の親子のようにじっと抱きしめあった。その間、鶴丸が何を考えていたかは分からない。私は鶴丸の事を考えた。鶴丸国永のことを。自分の主人とお墓に入れられた時、刀剣である彼の身はきっと、今の私が鶴丸にそうされているように、主の腕の中にしまわれる格好で埋葬されたんだろうな。冷たくなった人の腕に抱かれるってどんな感じなんだろう。死後硬直で硬くなった胸腕に抱かれて、腐食していく主人の冷たい骨肉に埋もれて……その頃の鶴丸に嗅覚があったか知らないけど、きっと死の気というか、腐敗の気は、居心地のいいものではなかっただろうな。暗くて、狭くて、冷たくて、静かな所に閉じ込められる自分を想像してみる。例えばそこには自分と関係の深い、深かった、誰かの亡骸が一緒にあって、その人が朽ち果てていくのをずっと見守っているんだ。関係の深い誰かの亡骸という要素が加わったことによって私の想像は上手くいかなくなってしまう。無意識に鶴丸を抱きしめる腕に力が篭る。

ぎゅっとした時、傷を刺激してしまったのか、鶴丸がびくっと体を震わせた。あっと息を飲んで、慌てて力を抜くと、反して鶴丸の腕に力が篭った。

「いいんだ、痛くしてくれて」
「つるまる」
「痛みも、やわらかさも、においも温度も音も気も、全部くれ」

頭のてっぺんに摺り寄せられていた頬を放して、私の首筋に顔をうずめるように抱きなおされる。鶴丸の頭を抱き寄せて、真っ白な髪に指を絡めると鶴丸の体がぶるりと震えるのが触れた全身で分かった。かわいそうな鶴丸、かわいい鶴丸。どうすれば私は貴方を安心させてあげられるんだろう。生きてる感覚をあげたい、私が生きてることを感じさせてあげたい。「あるじ」と呟いた鶴丸の呼びかけが、私に向けられたものなのか、誰を呼ぶ声なのか分からなかったけど、たまらなくなって目の前の真っ白で滑らかな首筋に噛み付いた。「あ」喜色ばんだ鶴丸の声が哀れで泣けた。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -