一期一振は母性に弱い
旧・どうぞ此れに名前を下さい
人の身を得てこと強く感じるものが、それが愛情だということに気づかされた。それは全て揃った弟たちの小さな体をひとつ残らず掻き抱きその温度を感じ至った答えだった。発せられるはずの無い声、感じられるはずの無い温度、柔らかさ。そういった刀としての矛盾ひとつひとつが愛情を育むのだということに気が付いた。顔を綻ばせ幸せそうに微笑み私の事をいち兄いち兄と呼ぶ弟たちのなんと健気で愛らしいことか。笑顔で駆けて来る弟達に、どうにも弱く、つられるように笑みがこぼれてしまう。それは私に限ったことではないらしく、他の刀剣はもちろん、主殿なんかはもう矢も盾もたまらんと言った感じで弟らを始め短刀に弱い。行き過ぎるところもあり、弟たちの事を思い頼むから甘やかしてくれるなと何度注意しても「自分の事は棚に上げて」と痛い視線と苦言を頂いては咳払いでその場を濁し逃げる他無かった。昨晩、近侍であった長谷部殿から明日の近侍は前田に、との主殿からの命を頂いた。なぜ前田自身にではなく、私に伝えに来たのかは、彼の苦い顔を見ればよくわかる。決して長谷部殿の働きが悪いわけではない。前田の修練のためだ。そう分かっていながらも、主殿への忠誠をその身の生き甲斐とする長谷部殿には飲み込み難い命なのだろう。それに、前田本人に伝えれば、きっと手放しに喜んでしまう。そういうのは、ちと厳しい。私から前田に伝えれば、想像を裏切られることも無くその小さな体を震わせてめいっぱい喜んだ。菓子を貰った子供の比ではない。前田もまた長谷部殿に負けず劣らず主殿のため尽くし粉骨砕身したいと望んでいるのだ。帽子をとってやりその頭を撫でる。近侍ということは第一部隊の隊長を担うことになるのだ。初めての戦地に苦戦することもあるだろう、小さな体で苦労もあるだろう。怪我をして帰って来るかも知れない。帰って来られないかも知れない…。弟たちが出陣する時はいつもこうだ。自分が戦場に赴くときよりもずっと辛くずっと苦しい。どうか無事で、と一晩祈り明かしたこともある。そんな、こちらの気も知らないで「明日は主君のお役に立てるよう、全力で勤めてまいります!」と嬉しそうに私の袖を引く前田。無理はせず、そういう類の言葉を飲み込む。「頑張っておいで」とその細い肩を抱いた。早朝からの短時間の遠征を終え昼には戻ってこられた。ご報告をと主殿の執務室に向かったがどうにも席をはずされているらしい。早く報告を終え腹ごしらえをしたいというのに。空腹にきりきりと痛む腹。そのうちに地の底から呼ぶような不吉な音まできこえてくる。縁側を大きく回り歩いていると少し離れた良く日のあたる静かな庭を臨む濡れ縁に主殿の姿を見つけた。近づくにつれ、どうやら1人きりではないらしいことがわかる。濡れ縁に座したその膝に何かを大事そうに抱えているようだ。小さな庭を囲う短く折れた廊下の所で、主殿の膝の上のものが前田だということに気が付いた。暖かな日を浴びながら、頭を主殿の膝に預け体を横たえていた。怪我をしているとか体調が優れないといった感じではなく、ただ穏やかに眠っているようだ。そんな前田を主殿が大事そうに愛おしそうにその手で撫ぜてはたっぷりと微笑んでいた。とたん、胸を突き刺すような強烈で確実な痛みに襲われた。体の端からちりちりと火に焼かれるような痛みと、肺を絞られ息を吸うことも出来ないような、恐怖にも似ているようで微塵も不安のない焦りを感じた。なんだろうこれは。心臓が嫌な鼓動を刻む。どろっとした熱い血液がどぷりどぷりと体中を巡る。耳の端まで汗が滲むほどに熱い。主殿の膝の上で安心しきって眠りにつく前田と、その全てを許し受け入れ微笑む主殿。下世話だが、年長者達との酒の席で何度か"女"としての主殿の話になったことがある。到底弟たちには聞かせられないような下劣な話が飛び交い"彼女"への思いが熱風を含んだ竜巻のようにその席を巻き込んだ。ふと静かになったとき、三日月殿がちいさなため息のあと「あれを抱けるのなら」と呟きふつっと細い糸を切るように口をつぐんだ。酒瓶を片付けながら、彼の言葉の続きを考えた。あれを抱けるのなら…例えば私はいつか主殿にこの隠した劣情を剥き出しにすることがあるのだろうか。年長者達の耳もふさぎたくなるような話にも、実のところ共感のような同調できるようなところがあった。認めたくは無いが、それすら、身を得た喜びだと言う鶴丸殿の言う通りだと感心してしまった。数えるほどだが後ろめたいことをした経験もある。身体は喜べど精神が追いつかず私には向いていないようだったけれど…。どうにも私自身は主殿を"女"と見ているという自覚があったゆえに、この衝動に戸惑った。胸を突き破りそうな焦燥、体中が震え駆け出したくなるような衝動、在るはずもない母親への憧憬、いますぐ主殿の下へ駆けこの震える身をすべて預けて理由の無い涙で主殿の胸を濡らしすがってはまじないの様な優しい言葉で包み込んで欲しい。ああ、なんと言うことだ、弟が、羨ましいだなんて。言葉にならない強烈な感情に身動きも取れなくなり、ただ声も無く泣いた。

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