かっこよくない燭台切光忠
※かっこいい燭台切はいません
旧・揺らして燃やして楽にして

ぐらりと体が揺れた。夕餉も済ませ、大部屋で湯浴みの順番待ちをしていた青江や鯰尾と談笑していた時だ。ひやりと肝が冷えた。視界が揺らぎ瞬間体の自由が利かなくなったのは私だけではなく、定まらない視界のふちで青江も鯰尾も驚きと困惑をその目に映していた。それでも私より体幹が出来ているおかげか私ほど体勢を崩すことは無く、立ち上がりは出来ないにしろ這うように私に寄り添い、鯰尾が私の体を支えるように抱き、青江が私の頭を庇うように覆いかぶさった。ふっと大部屋の照明が消えて、続いて本丸内の全ての灯りが消えた。揺れ自体はほんの数秒で、2人に抱きしめられてから3秒と続かなかった「じしん」と呟いた自分の声が震えていて、驚きしかなかった感情にじわじわと冷たく重たい恐怖が沁みこんできた。「おどろいたねえ」と青江が微笑んで私の頭を撫でる。鯰尾は私と目が合い「もう大丈夫ですよ」と笑うとすくっと立ち上がり、湯浴みの最中である短刀たちのもとへ駆けていった。本丸内の緊急放送機器からこんのすけの声が響く「地震の発生により一時的主電源が落ちてしまいましたがただいま予備電源に切り替え作業中です。視界が悪いうちはみなさん無闇に動き回らないようご注意ください」なんだなんだといった風に個室で休んでいた三日月宗近や石切丸たちがろうそく片手に大部屋に集まってきた。ほとんど裸という格好で泣き駆け込んできた五虎退、前田、平野、今剣を抱きとめ確かめるように1人ずつ頭を撫でてやっていれば厚、薬研、一期一振が部屋に入ってきたのでそれぞれを預ける。当たり前だけど地震なんてあるんだな…周りの太刀や大太刀も少し驚いた様子で話し合っている。はっと薬研が大部屋を飛び出そうとしたのを咄嗟に捕まえる「悪い、大将。驚かせちまったな」薬研の服を掴んだ手をぎゅっと握られ、離される「火の始末だ。ま、こんのすけが大本から消しちまってると思うが。用心に越したことはねぇ」そう言うとちらっと一期一振に視線をやり、鍛冶場の方に駆けていった。「私はかまどを」そう言って石切丸も一つろうそくを持って出て行ってしまった。そうか…地震、火事…はっと息を飲み、弾かれたように駆け出すのは私の番だった。夕方から手入れ部屋で寝ている燭台切光忠の元へ、ろうそくの明かりも無しに駆け出した。

すっころびそうになりながらも月明かりを頼りに濡れ縁を選んで走り、手入れ部屋に辿り着く。すぱんと勢い良く障子を開けば当たり前だけどそこには光忠が1人きりでいた。「あ…あるじ…」小さな傷をたくさん残し包帯を施しただけの上半身、裸足にスラックスをはいたままの格好で眠っていた彼は、地震の揺れで起きたのか掛け布団を乱しその上に這うような格好でいた。丁度月明かりで出来た私の影に彼が隠れていて表情はしっかりと分からなかったけど、その左の黄金の瞳は濡れ恐怖に揺れていた。咄嗟に駆け寄りその体を抱きしめた。抱き止められるかと思ったけど、そんなことは無く、勢いあまって押し倒してしまい布団におでこをぶつけてしまった。手に触れ腕に抱き胸に閉じ込めた光忠はかわいそうなくらいに体の芯から冷えていて雨に降られた子猫のようにかたかたと震えてしまっていた。彼はもともと震災によって消失してしまっている。突然の揺れ、真っ暗な部屋に手負いで1人きりなんて…どれほど心細かっただろう。倒れこんだままの格好で頭を撫でてやりその髪に唇を寄せては「だいじょうぶ」と何度も唱えてやっているうちに、光忠のほうから手を伸ばし私の体を抱き返してきた。「あるじ、ごめん…くるしい」そうか完全に体重を任せてしまっていた…私は体をどけて、光忠が姿勢を正すのを待った。が、彼は仰向けに倒れたままいっこうに起きようとはしなかった。「光忠?」声をかけ、その顔を覗き込めばはにかんでその手で少し顔を隠してしまった。「腰が抜けちゃって」とぼそぼそ言うものだから、可愛くて口元が緩んでしまった。普段格好つけしいな分、余計に恥ずかしかったんだろう。「誰にも言わないわ」約束して光忠を起こしてやる。遠目に大部屋に灯りが灯るのが見えた。みんなの安堵の声が漏れきこえる。予備電源の切り替えが済んだのだ。手入れ部屋はもともと照明が落とされていたから、こちらで電源を入れない限り部屋の明かりはつかない。光忠を安心させようと思って、電気をつけようと立ち上がる。すっと伸びてきた光忠の手が私を捕まえた。まだ怖いのだろうか?「だいじょうぶ。電気をつけるだけだよ」そういって、私の腕を掴む光忠の手に触れてみたが、彼は離そうとはしなかった。むしろ電気という言葉に反応して、その手にさらに力をこめた。どうしたというのだろう。「暗いままじゃ余計に「電気は、つけないで欲しい」光忠…?」彼が人の言葉を遮るなんて珍しい…。理由は分からないけど彼が電気をつけて欲しくないと言うなら、私のほうも無理に電気をつける理由は無い。俯いた彼の表情は読みづらく、握られた手に手を添えたまま光忠の向かいに腰を下ろす。覗き込めば、ぐっと唇をかみ締めて、なんとも辛そうな顔をしていた。「ねぇ、光忠…大丈夫?」手をついた布団に、初めて違和感を感じた。どういうことか、濡れている。あっと声が漏れた。「光忠…あなた」失禁してしまったの?なんて不躾には聞けなかった。なんて、声を掛けてやればいいのか、分からなかった。ただ、いけないと分かっていて、勝手に光忠に手を伸ばしてしまった。指先で確かめるように彼の股間に触れ、撫ぜた。快楽にではなくびくりと光忠の体が揺れた。触れたそこはしっとりと濡れて冷たく冷えてしまっていた。「ごめん、僕…こんなんじゃ」泣きそうな声を漏らす口を手で隠して、涙をこぼす「格好悪いよね、こんな、粗相してっ…たかが、地震で…ぼくっ、嫌われたって、仕方ない…情けないっ」震える声でしゃくりを上げながら自分を貶す言葉を並べる光忠。そんなこと思ってないよ格好悪くなんかないよ、言ってやりたい言葉はたくさんあるのに、光忠がそんなに怖がっていた事が可哀相で辛くて悲しくて私のほうでも胸が詰まる思いで言葉が出せなかった。こぼした涙があまりに綺麗で可哀相で美しくて愛しくて、濡れたズボンが冷たくて哀れで、どうしようもなくて抱きしめた。座り込んでる光忠の、ズボンが濡れてることも気にしないで跨って、首に手を回し抱きしめる。もう何も言わないでって、こんなことであなたの事を嫌いになったりしないからって、言いたくても言葉にならなくて、ただ私の目からも熱い涙が零れ伝い、光忠の首元を濡らした。光忠もくうくうと喉を鳴らして泣いて、すがりつくように懸命に私の体を抱きしめた。冷たかった体は次第に温度を取り戻し始めていた。「…あるじ」「光忠、みつただ」「あ、いや、主」「うん、光忠。もう大丈夫、私がついてるからね」可愛い光忠、かわいそうな光忠、愛しい光忠「ちがう、主、ごめんね、ありがとう、でもね」「大丈夫、光忠、安心して」「主ッ!」急に大きな声を出されて驚いていると、肩をつかまれ引っぺがされてしまった。え、え?向かい合った光忠は月明かりでも十分分かるくらいに顔を赤くしてて、なんだかさっきとは違う感じに瞳が濡れて、くすぐったそうでじれったそうな表情に変わっていた。「あ、あの…僕は、もう、大丈夫…」尻すぼみになる声が聞き取りづらい。普段お兄さん面してる光忠を甘やかすのは私には新しい心地よい感覚で、もう少しこの胸に光忠を抱きしめ猫かわいがりしていたい気持ちだから、もう一度手を伸ばすと、制止するようにその手をとられてしまった「主、そろそろ大部屋に戻ったほうがいいんじゃないかな?その、僕はもう平気だ。ありがとう。このまま湯浴みに行って来るよ。みんな君を待っているだろうし、誰かが様子を見に来てあらぬ勘違いされても困るだろう?ほらだって僕ら2人きりで暗い部屋で、こんな格好だし」急にそわそわし始めた光忠が真に何を言いたいかを悟った。つまり勃起してしまったのか光忠…哀れというか可愛いというか…安心して笑えてしまった「ねぇ光忠、湯浴み、手伝ってあげようか?」うっと退き、それでも恥じらいのうちに期待の色をこめた目で私を見る光忠。ああ、なんて愛おしいんだろう?腰を抜かそうが失禁しようが格好悪かろうがあなたの事を嫌いになるなんて、あるわけないじゃなか。

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