1.お前ほんと可愛げないな
われらが警視庁公安部にこの春、新たなメンバーが加わることになった。なんでかはよくわかんない。よくわかんないんだけど、お上の判断で加入することになった新メンバーを拒否するなんて出来ないし、私はいま、目の前でだらしなく鼻の下を伸ばして新メンバーにでれっでれの下心丸出し熱視線浴びせ過ぎ普段よりおしゃれし過ぎ意識し過ぎな、先輩・同僚・部下どもを憤りのまま叱り倒すことも出来ず、口角が引きつるのを我慢しながら新メンバー加入を祝う渇いた拍手を送り続けていた。

春のうららかな陽気がよく似合う、私より少し若く、私よりずっと可愛く、私よりずっと可憐で、私よりずっとヒールが高く、私よりちょっぴりスカートの丈が短く、私より少し瞳が大きく、私よりずっとずっとまつげが長い、女性課員だ。小さな花束を胸に抱えて、周りを取り囲む男性課員たちに何か楽しそうにしゃべっている。おい、私がこのチームに選抜されたときはそんな花束とか貰わなかったぞ、入ってすぐに潜入操作にとばされてお風呂入る暇もなく風見さんとボロボロになって…うっ、あの頃の激務については思い出したくない……。はたと気づき、私は新メンバーを囲う男どもの群れの中に風見さんの姿を探したけど、浮き足立ったその空間に長身眼鏡の彼の姿は見受けられず心底安心した。風見さんが女の子にデレデレしてる所は見たくないなあ……。

「なんだ、可愛らしい子じゃないか。」

この人は何処にストックを持ってるのか疑いたくなるくらいの百面相を使い分ける人だから、隣でたたえるこの笑顔も信用してはいけない。いつの間にか現れて、いつの間にか私の隣にいた降谷さんは明るい声で「てっきりゴリラみたいなのが入ってくると思ってたけど。良かったな風見」と、反対隣の風見さんに話しかける。風見さんは新メンバーとそれにデレデレな課員を見ておもしろくなさそうに眼鏡のブリッジを触っていたけど「ゴリラの腕力も使いようですよ」と表情を緩めて短く小さく笑った。降谷さんは私を振り返ってまじめな顔で「確かに」と呟いた。おいふざけんな。だれがゴリラだ。

「私、花束なんて貰ってないんですけど」
「そうだったのか?僕は知らなかったなあ」
「みょうじが入ったばかりの頃は立て込んでいたので……花が欲しかったのか?お前そんなタイプじゃないだろう?」

すっとぼける降谷さんと、面倒くさそうに私の主張を回避しようとする風見さん。2人とも私の直属の上司に当たるわけだけど、私を女だからって舐め腐ってんのか一種の愛情表現なのかわかんないけど知りたくもないけど!!こうして私をからかってくる。く、くそう……私が強く言い返せないと思って……!!私が震える拳を抑えていると降谷さんが笑って、再び新メンバーに目をやる。……降谷さんも、ああいう“女の子”って感じのほうが好きなんだろうか?あるいはかっこいい系?それとも熟女?あるいはJK系?はたまた童顔系……?何を考えてるのか分からない顔で新メンバーを眺める降谷さんをちらりと盗み見る。本当に、何を考えているのか分からない……ただ、言いえない恐怖と焦燥で滲んでくる汗で肌がちくちく痛んだ。

私の中にある、降谷さんへの感情は、純粋に絶世のイケメンに向ける畏怖と興奮と憧憬と、厳しい上司に対する敬愛と畏怖と尊敬である。畏怖の比率が多めだけど勘弁して欲しい。美し過ぎると怖いし、とにかく降谷さんはチーム内の人間には厳しくってこわいのだ。でもたまに牛丼おごってくれたり気さくで優しいところもあったりして、そういうところは好き。別に牛丼が好きなわけじゃなくて、あ、いや、牛丼も好き。いや、牛丼が好き。たまご追加しても怒らない降谷さんはもっと好きだ。つまり、その、あんまり女性関係のあれそれを知りたくないというか、これは風見さんに対しても言えることなんだけど、プライベートに踏み込んで気づき上げてきたお互いのなんか、それを崩したくないのだ。つまり、私は彼ら(特に降谷さん)に失望したくないから彼ら(特に降谷さん)のプライベートな面を見ないようにしている。

「いや、みょうじもアレくらいしっかりメイクすればちやほやされるんじゃないか?」
「いや、公務員がそんな華美なメイクはいかがなものかと
「いやいや、本当。シャツとかももっと色っぽい感じのもの選んで」
「いやいや、仕事上目立つ格好は避けたいので」
「いやいやいや、スカートとかさ。タイトなやつ」
「いやいやいや、咄嗟に走り出せませんからソレ」

「良いと思うんだけどな」

ぽつりと零れた降谷さんの言葉に体中が熱くなる。“良い”っていうのは、降谷さんの何かしらの琴線に触れる、と言うことだろうか?つまり、降谷さんのタイプと言うことだろうか?逆に言えば胸元の開いたシャツにタイトスカートを履いてばっちりメイクの女性ならみんなタイプなんだろうか?知りたい、知りたくない。自分が降谷さんにとって“あり”なのか“なし”なのか。でもどんなタイプなら“あり”で“なし”なのかなんて、知りたくない……だって、自分が“なし”に当てはまってたら?!いやいやいや!!私は別に!!降谷さんと恋人になりたいわけじゃないんだってば!!そーーーいうこと考えたくないからタイプの話とかして欲しくないんだよーー!!この人表情から真意かどうか読み取れないし!!

「……せ、セクハラですよ。降谷さん」
「お前ほんと可愛げないな」

私が搾り出した声に、満足なのか不服なのかよく分かんないため息をつく降谷さん。明日からは絶対にズボンを履いて来よう。手の甲で自分の頬に触れながら平常心を保とうとしていると降谷さんの指先が私の髪に触れた気がした。驚いて降谷さんを見上げた瞬間「お前達、いい加減にしろ!」と風見さんの怒りの鉄槌が落ちて、咄嗟にそちらを振り返ってしまった。だから私はその時の降谷さんがどれほど優しく微笑んでいたかなんて知りえないのだ。

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