3.クズですゴミです、童貞です。
最近すごくかわいい猫を見つけた。真っ白でちょっとキツめの顔した猫。首輪してないからたぶん野良猫。前日早い時間に飲み潰れた所為で、今朝はいつもよりはやく目が覚めた。天気がよくてカーテンの隙間から差し込んできた日差しが眩しくて、二度寝する気にもなれなかったから着替えて猫探しにでも行こう……と思ったのが間違いだったのかもしれない……。僕はクズでゴミなんだから、あのまま布団にもぐりこんで朝日から身を隠し二度寝でも三度寝でもして、いっそそのまま一生目覚めなければよかったんだ。サンダルを履いて外に出ると、運命的にあの白猫を見つけた。部屋までにぼしを取りに戻るか?いや、そんなことしてたら見失ってしまう……こっそりあとをつけて、あの子の行動範囲を把握しておこう。小道具を使ったアピールはそれからでも遅くない。

結構歩いたところで、白猫がひょいっと塀に登った。やばい、見失う、と思ったら白猫は僕に振り返って「にゃあ」っと鳴いた。正直めちゃくちゃ嬉しかった、え、なに僕に気づいてたの?じゃあもしかしてつけて来れるように歩いてくれてたの?マジ?うっかわいい!!にぼしっにぼしもってこればよかった……!!絶対あの子ひざに抱えて撫でたい、でれでれさせたい……!!塀の上で待っててくれてるっぽいから、急いで近づくと、手を伸ばせば触れられるところで、白猫はまた1段高い隣の塀に飛び乗った。割と最近立てられたっぽい2階建てのマンションの外塀。白猫はそのまま慣れた感じにひょいっと非常階段の屋根に飛び乗り、難なくマンションの屋根に着地した。僕でも上れないって高さじゃない。あの猫が飛び乗っていった順番で登っていけばいいだけだ。少しだけズレたマスクを直して、周りに人がいないか確認する。猫はよくても、僕にはこの行為、犯罪だからね。見つかると厄介だ。厳戒態勢の中で塀から塀へ、塀から非常階段の屋根へ、非常階段の屋根からマンションの屋根へ。白く塗られたコンクリートの屋根は朝の光を反射して少し眩しかったけどその中にあの白猫が寝転んでいて、なんともリラックスした格好で尻尾を左右にゆったりと振っていた。そっと近寄って、とりあえずお辞儀すると、さっきは僕のこと呼んでくれたくせに、今度は試すみたいにじっと見つめられた。何も疚しいことなんてありません。ただ撫でさせて、抱っこさせてください。そっと近づこうとしたとき、白猫の耳がピクリと動いた。まずい、どっかいっちゃう……!!

と、とっさに白猫を追った。ら、とんでもないことになった。

「ぅッ!あ……」

世界が反転した。白い屋根の上で白い猫を追って、気づいたら眩暈起こすみたいに踏み外して、死ぬって思った。けど、全然どこも死んでなくて、意識がハッキリした時はもう知らない女の人が目の前にいて、僕はなんかちょっと濡れてやわらかくて土臭い何かにハマりこんでた。土だった。なに、これ、なんかバケツみたいなやつに尻がはまってる。やばい、逃げなきゃ。泥棒とか、強盗とか、勘違いされる……きゃー!とか叫ばれて、たぶんいろんな人が見に来る……言い訳できない、猫追ってきたとか信じてもらえる分けないありえない。ニートとかばれたら完全に黒でしょ……警察とか呼ばれたらやばい……どうしようどうしようどうし「だいじょうぶですか?」

え。なにこの人。神?神なの?

「いや、ぜんぜん大丈夫じゃないです」

人呼ぶ気配もないし、警察に通報するようなそぶりも見せない。それどころか、なに?え?僕に、手……差し出してくれてるんだけど……なにこれ、触っていいの?え?しかも何この人ちょっと微笑んだ……無理無理無理そんな直視できなッてか可愛かった?!可愛かったね?!可愛かったよ?!なにこれ新手の詐欺なの?!猫使って?!美人局?!猫使って美人局って奇抜すぎッ引っかかるわ!!でも僕ニートだしそんな貢ぐようなお金ないし、臓器売るって言ってもこんなクズの臓器いくらになるか分かんないし!!あッでもいざとなったらクソ松の臓器も売ればどうにかなるか?!いいかな?!この手とっていい、か……う、わ……手ちいさっ、やわらかッ、すべすべ……なに、もう、かわいい……手が、手が可愛い……なに手が可愛いって……猫の肉きゅうじゃないんだから……!!引っ張ってもらって土の入ったバケツから抜けて、床に足ついた瞬間、なんか踏んだんだけど、そんな、の……もう、なにこの人……僕が立ち上がるのちゃんと目で追ってくるんだけど……そういうオプション?追加料金かかるやつ?少し上目遣いに見上げられて、やわらかそうなくちびるがあって、頭の中でクソ松とおそ松兄さんの臓器売って、この人と1つのグラスでハートのストロー使ってジュース飲むところまで一瞬で妄想してのどが鳴った。ゴキュぅってすごい音がした。も、もう……どうしよう、手、つないでるの……このまま、両手で触って「あの」良いわけねぇぇッ!!!!あぶねぇぇッ!!!!なに僕ふつうにおそ松兄さんの臓器まで売ってんの最高にクズだよ!!!!って心の突っ込みのテンションのまま女の人の手を払ってしまった……や、やばい……。

「ねこ、見に来ただけなんで」

逃げよう。ごろごろのど鳴らして女の人に擦り寄ってる猫を抱いて(一人じゃ心細すぎる)「失礼しました」って頭を下げる。とりあえず部屋の中通過して玄関からでてまっすぐ家に帰ろう。そして今日のことは忘れ「おぐぇ」っえ、パーカー思いっきり引っ張られた……!!反動で白猫は僕の腕から逃げてベランダに戻った。まずい何これ許してもらえないパターン?!当たり前ですよね?!ちゃんと振り返ると僕が落ちたところ、このお姉さんの野菜育ててるところだったみたいで、すごいことになってる。というか、僕がすごいことにした。片付け、とか、弁償……とか、だよね……

「いやいや!そんな土まみれで部屋の中入られたら困ります!」
「え、そこ?」
「いや、そりゃ色々尋問したい気分ですけど、ってぎゃあ!お兄さんどっかから出血してる!!」

え、この状況で僕の心配?怒るでも脅すでもなく心配?怪我とか、ぜんぜん気がつかなかった位なのに……だめ、だめだめだめ……これ以上はだめな気がする。美人局やばいし、まじめなほうでも、やばい。もうけっこう好き。何この人、なんでこんなクズでゴミな僕のためにそこまで。ベランダから蹴り飛ばして追い出せばいいでしょ、ってか普通警察に連絡しろよ。なにこれ、きっつい。早く消えたい。もう普通に好き。

「舐めておけばなおるんで、大丈夫です」
「お兄さん背中に届くんですか?!ちょ、ちょっと待って!何かしら、何かしら手当て的なことを……!!」

あの可愛い手でパーカーの土払ってもらって、なんかめっちゃパーカーまくりあげられて、ウェットティッシュで拭かれる。まずい。すごいドキドキする。女の人に、背中触ってもらうとか……しかも直で。お姉さんなにも言わずに俺の背中とか腰とか平気で触ってくるし、白猫はにゃあにゃあ甘えた声上げまくってるし、なにこの狂った空間……。傷口に、なんか塗られて、その、なぞる感じに触れるのがゾクッとした。やばい勃つ……。「結構おおきめの傷になってます」とか言われて「はぁ」としか返せなかった。「このサイズの絆創膏はないんですが、このままだとせっかく塗った軟膏が服についちゃうので、苦肉の策でラップしちゃおうと思います。」なんかしゃべりながらお姉さんが普通に部屋の中に戻っていく。ベランダの向かいは食事する用っぽいテーブルがあって、その奥はカウンター式のキッチンになってた。お姉さんがそのカウンターに消えるのを眺めながら、さっきの言葉の意味を考える。ラップ?ラップするってどういう意味?それもオプション?「YO?」とか?

「はいじゃあお兄さん服持ち上げて」
「えあ、はい」

お兄さんとか言われた。言われるままパーカー持ち上げたら、お姉さんが俺の体にサランラップを巻き始めた。あ、ラップってそういう事だったんだ。背中からわき腹に回ってきて、僕のわきの下をお姉さんの頭が通過してく。目の前まで来て、また反対のわきの下を通って背中のほうにいなくなる。むり、もう、硬くなってきてる……。それから、ジャージの土とか払ってくれて、ジョウロ(いまどきゾウのかたちのやつ)で足の裏の汚れ流してくれて、よくわかんないけどサンダルと、にぼしを持たせてくれた。

「もう猫追って落ちてきちゃだめですよ。迷惑ですから。」
「あ。信じちゃうんですね。」
「次ぎ会う時は法廷がお好みですか」
「遠慮します。」

マジで?猫おってきたって信じちゃってるけど?いや、本当だけど……法廷とか、恐ろしいこと言ってるけど、その場合って困るのお姉さん……って、いや、まだお金も臓器もとられてないからそもそも美人局として成り立ってないのか……。お姉さんの部屋の中通してもらって、玄関までつれてってもらう間、白猫がずっとにゃあにゃあうるさかった。でもたぶん猫にしてみれば、僕の心臓のほうがうるさい。玄関で、扉開けてもらって、この数分で起こったことに、何か言いたくても、言葉も見つからないし、面と向かってお姉さんに何か言う度胸もなくて、ただ頭を下げた。どうしよう……トド松たすけて……お姉さんの、名前、とか知りたい……住所だけ知ってるとか、さすがに気持ち悪すぎる……ちゃんと、自己紹介、的な事を……「この子だいたいこのあたりうろついてて、どういうわけか土曜日にはほとんどうちにいるんです」

え、なに?何を言ってるの…?

「もし会いたくなったらまた来てください。あ、玄関から。あ、チャイム鳴らして。」

お姉さんがさらっと笑って、玄関の外にあるインターフォンを指差した。え?また、来てください?どういうこと?僕?僕に言ってる?猫にじゃなくて?僕に言ってるのこの人。名前も知らないのに?屋根から落ちてきて野菜めちゃくちゃにしたクズでゴミの、善意で手当てしてくれるお姉さんに股間硬くしてるようにクソ童貞ニートの僕に言ってるの?なにそれ、このお姉さん狂ってるの?

「ま、松野一松です。」
「みょうじおなまえです。」

みょうじおなまえさん。

「一松さん。私も猫好きで、よかったら今度は普通にお話とか出来れば」

名前で呼ばれて、首かしげて微笑まれて、完全に勃ったから走って逃げた。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -