へし切長谷部
加州が消えて、助かった、と思う反面、やはり何もいなくなってしまった、今ここにある空っぽの空間を寂しく思った。つややかな髪を束ねて、それを揺らして嬉しそうに私の元へかけてくる加州が大好きだったから。化けて出てきて、まさかあんなことされるなんて……夢にも思っていなかった……いや、いっそ夢であってくれと願います。布団に潜り込んで寝直したい(正確に言えば一睡も出来てないので寝直すのではなく寝る)私の気持ちも知らずに、冗談でプレゼントしたら意外と素直に受け取ってくれたピンクのフリフリエプロンをつけた光忠が「お寝坊さん、朝ごはんの時間だよ」とか起こしにいらっしゃりやがった。ちなみにこの台詞が、青江の持っているエロ本に出てくる年下気弱系男の子をとって食ってしまうえっちなお姉さんの台詞だということを光忠は知っているんだろうか……。

昼寝の暇も隙もなく私の1日は過ぎ去っていく。朝ごはんが済んだら寝てしまおうと企んでいたのを、めいっぱいおめかしした乱ちゃんに捕まえられてしまった。今日は乱ちゃんと万屋へ買い物に行く約束の日だった……うう、乱ちゃんごめん!明日にして!と延期の願いを乞うたけど「僕と乱れたくないの?」とか、寂しそうに上目遣いでくちびる尖らせられちゃったら乱れはしないにしろ行くしかない。可愛い乱ちゃんをしょんぼりさせられない……!!私の短刀主義が幸か不幸かアドレナリンを出血大サービスさせて、テンションがんがん目ん玉ギンギンで、どうにも乱ちゃんいわく万屋で乱れちゃっていたらしい。審神者はずかしー

今日はもう早く寝てしまおう。たぶん何もかも寝不足の所為だ。お店で乱れちゃったのも、帰ってきてから庭で鶴丸となんだか良く分からない儀式めいた踊りに興じちゃったのも、夕餉のお味噌汁を自分の顔面にぶちまけちゃって歌仙にこっぴどく叱られちゃったのも。全部全部寝不足の所為だ。

布団に潜り込んで大きく息を吐く。寝るとき人は腹式呼吸になるんだよね。すうっと息を吸い込みおなかを膨らまし、はあっと吐いておなかをへこます。目を閉じて、気を失うまで、意識的な腹式呼吸を繰り返していると、違和感が生じ始めた。私の定期的な"すうはあ"とは別に、もっとテンポの速い"はあはあ"が混じっている。さらに、なんだか右の頬にあたたかい息がかかって産毛がしっとりぬれている。「はあ、あるじ、あるじ……」ききたくない。認めたくない。そうだ、きこえなかったことにしよう。なにも聞いてない。私はこのまま安らかな眠りにつくのだ「はあはあ、あるじ、寝姿のなんと愛らしいこと…俺のあるじ」反応してはいけない!!その存在を認めてはいけない!!そんな事したらまた一晩専門外の除霊活動で睡眠時間を削ることになるんだ!!負けるな私!!完全に隣の存在を否定しろ!!「今夜はどんな下着をお召しに「長谷部ぇぇええ!!」はい!!主!!あなたの長谷部です!!」

正座した膝をつき合わせた彼は、少しだけその姿が透き通ったへし切長谷部だ。彼も、私が先日刀解した刀剣であることに間違いは無い。「主……」少し、恥ずかしそうに、何かものを言い出しづらそうに口元をもごもごさせる長谷部。彼も、加州のように何かしら思い残すこと(私との肉体関係出ない事を切に願う)があるのだろうか、それを伝えにきたのだろうか……「まるで初夜の夫婦のようですね、俺たち」「うるさい、黙りなさい」

さてなぜこのへし切長谷部が刀解されたかと言うと……へし切長谷部と言う刀剣は余所の本丸でもいかなる審神者が顕現させようと、歴代の持ち主や、その刃生のため、審神者に固執しやすい性質になってしまう(らしい)。執着のような献身も、長谷部ならば仕方ない、と審神者の間ではもっぱら忠犬のような扱いを受けているが、そんな犬っころのような可愛いものじゃない。とかくうちの長谷部は練度があがるにつれて怪しい単独行動が目立った。頼んでも無い書類整理を済ませていたり、遠征部隊を勝手に編成して遠地へ送ったり、みんなとは別に私の献立を用意したり、勝手に私の執務室に入っては審神者間、政府間の情報共有のためのネットワークにアクセスしようとしたり、私宛の文を勝手に持ち出そうとしたり……。スパイか何かなの?と疑心させるようなことばかりで、私も彼の奇行が怖くなってきた頃に、こんのすけからへし切長谷部の刀解を薦められた。「他の刀剣にもしもの事が」「審神者さまに危険が及んだら」と、全うなことを言われてしまい、従わざるをえなかった。練度の高い石切丸と太郎太刀に手伝ってもらい、長谷部の刀解は速やかに行われた、けど。どうにもすっきりしなかったのだ。長谷部は私を好いてくれていたと思う。懸命に、尽くしてくれていたのだ。なのに、どうしてあんな、怪しまれるような、私たちを脅かすような事を……。長谷部を失った悲しみより、言いえぬ恐怖と暗い疑心が残っていた。

「ねえ、長谷部。1つだけ聞かせて」
「百でも千でもお答えいたしますよ」

穏やかに瞳を細めて微笑む長谷部。震えそうになる声を我慢して、ごまかすように咳払いをすると、より一層長谷部の微笑が深くなった。

「あなたは、私の名前をさぐっていたの?」

しんと、沈黙で満たされる。冷たくて重たい沈黙の中で、にっこり笑っていた長谷部の顔が、ゆっくりと、土か水を吸って黒く色を変えるように、ゆっくりと、でも確実にその笑顔を消してしまう。あたたかだった藤色の瞳は、冷たい氷で刺すように私に突き刺さる。「神隠し」それが彼の願いだったのではないだろうか。嘘か誠か、何度か噂で聞いたことがあった。審神者として担当地区に送られ実践が始まる前に、最重要機密とされるのが私たちの本名、だ。真名とでも言うのだろうか。産まれた時にもらった名前は、生きる人の魂そのもの。食うか隠すか私たちには知りえないけど、神様と言うのは人間が好きらしい。気に入ったものは名前を奪って自らの神域に連れ去ってしまうとか……。

「たしかに。俺は、あなたの名前が知りたかった」

長谷部が笑う。ぞっとした。その笑顔が、瞳が、私が恥ずかしくなるほどに、愛おしそうにこちらを向いているからだ。やはり、私の名前を奪って、彼の神域に連れ去ってしまうつもりだったのだろうか。

「ですが、主が懸念されているような事はまったくございません」

「かみかくし」

ひとつひとつ、しっかりと発音して、また、長谷部が笑う。

「神、なんて言いますが、俺たち付喪神はその末席。むしろ妖の類とも言えるでしょう」

神隠しなんて、出来ませんよ。と少し残念そうに笑って、首をかしげる長谷部。「安心しましたか?」手の平をゆっくりと私に伸ばしてくる。神隠しが、目的ではなかったんだ。ほっと息をつきたくなる。それでも、じゃあなぜ。長谷部の手が、私の頬に触れる前に口を開く。

「じゃあ、なんで私の名前を知りたがったの?」

ぴたっと、長谷部の手が止まった。神隠しが目的ではないのならば、私の名前なんて知る必要も無いはずだ。名前を探る理由が分からなくなると、余計に彼が不気味なものに思えてくる。

「主の、あなたの名前が分かれば……」
「神隠しは、出来ないんでしょう?」
「あなたの名前を呼びながら千摺りができます!!」

は、せべ……

「正直に申し上げましょう。俺は毎晩、いえ、貴女への気持ちの昂りが抑えられなくなる度に何度も何度も手淫を繰り返していました!時間場所など関係ありません!あなたの事を思った途端に、貴女によって顕現されたこの身の!俺の!魔羅が!滾って仕方ありませんでした!後ろめたさを感じながらも何度か合戦地で耽ったこともあります!目を閉じて、俺の手によって乱れる貴女を想像すると……ああ!!肉体を失った今でもこんなに熱く!!ただ、俺の性知識で予想・想像される貴女の姿にも限りがあります……何度か青江に書物を借りて新たな知識を仕入れ、その度にさらに淫らになっていくあなたの所為でッ!!俺はッ!!俺は……ッ!!想像だけでは飽き足らず、腹の奥から込み上げてくる貴女への欲望を、どうすればより強い快楽をもって解き放つことが出来るだろうと考えた時!!射精の瞬間、愛おしい貴女の名前を呼べたのであれば、こんな幸せなことは無いと思い至ったのです!!「長谷部、ちょ、ストップ」ああ、それでも俺には貴女の名前を知ることは許されず、くちびるを噛み締めながら何度も何度も主、主!と声を上げ、俺としてはもちろん主と呼べど審神者さまと呼べど想像上で俺の顔に裸で跨り俺の吐息を秘部に感じて涙を流し善がってはせべっはせべ(裏声)と俺を呼ぶ貴女は、貴女だということにかわりないので射精について支障はないのですがそんな時にお名前をお呼びできたのであれば、あっ主っ、布団の上で足を開脚した主が手足を拘束され床に転がされた俺を見下ろして「射精を我慢できたら私の名前を教えてあげてもいいわよ(裏声)」と、おもむろに自らの下着に手を滑り込ませ、俺の目の前で自慰を始める主……!!俺に見られながらの手淫の快楽に堪えきれず愛らしい声を上げ早々に達してしまった主の股間に顔を押し付けて俺が口淫を施すと達したばかりで快楽に敏感になっている主はまた堪えきれず、あまりの快楽に困惑し「ゆるしてぇ(裏声)」と舌足らずに繰り返しては涙をこぼし「長谷部、黙れ」自ら俺の「おい、きけ、だまれ」魔羅をあっ…!!」

先日の加州同様、部屋に差し込んできた日の光に触れたところから、ふわっと長谷部が無数の光の粒になって消えていった。神隠しよりも恐ろしい性癖を披露されて、もういっそ私は五虎退ちゃんや前田くん平野くんの神域でぬいぐるみにまみれて楽しく暮らしたい。ねむたい。

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