たぬきさん
畑仕事を終えて濡れ縁に腰を下ろして休んでいるとざわざわざわと風に揺られて木と木が、葉と葉がこすれあう音した。ほとんどの奴らが遠征からまだ戻らないこの静かな時間に、その音は嫌に耳についた。本丸内には竹やぶやら雑木林なんかがある。何のためにそんなもん作ったのかはわかんねぇが、今のところただの景観でしかない。風で竹がぶつかり合う音を雅だ風流だなんて喜ぶやつもいるが、俺にしてみればがちゃがちゃとやかましいだけだ。そういえばいつだったか主があの竹で流しそうめんをしたいと言っていたな。ながしそうめんって何だと聞けば鼻息を荒くして世にも奇妙な図解をしてくれた。そこらの書類の山から1枚抜き出し(そんな事していいのか?)何も書かれていない裏に筆を走らせる。要は竹を真っ二つにして高いところから低いところへ、川のように水を注ぎ続け、そこにそうめんを流す。流れてくるそれを上手くつかめた奴だけが食えるって事だ。すげぇ楽しそうに話してたな…竹を用意してやったら、喜ぶだろうか…。

気が付けば俺は竹やぶの前にいた。太刀を手に、手ごろな1本を探す。彼女を喜ばせたい、とかアホらしいが、分かっていながら「ありがとう同田貫さん」と花が開くように笑う彼女の様相が脳裏に浮かんでたまらない。誰に咎められるわけでもないが、気恥ずかしくなってひとりで咳払いをした。竹を真っ二つにして組み立てるなんて造作ない。柄にも無く胸が高まる。喜んでくれるだろうか、笑顔をたたえ褒めてくれるだろうか。柄をわきわきと握っては離し、また握っては離し感覚を確かめる。さて、どれをきってやろうか…。都合のよさそうな1本を見つけ、それに集中する。柄を握ると、想像の中で俺のこさえた竹組みを見た彼女が嬉しい悲鳴をあげた

「ああ!同田貫さん!いま丁度あなたに…きゃあああ!!斬らないでぇええ!!」

悲鳴は想像上のものではなく、現実になった。が、嬉しい悲鳴ではなく命乞いのそれだった。あと一瞬遅ければ、抜刀した切っ先が彼女に触れていたかもしれない。突然の登場と心底肝を冷やした所為で、口も聞けない。後生ですから!!甲斐性無しの審神者ですみませんでも!!こ、殺さないでー!!こちらに尻を向けうずくまり見当違いな懇願を続けている主に、ふっと噴出してしまう。

「斬らねぇよ」
「へ…ほ、本当ですか?よかったあ…」

当たり前だ。彼女を切り殺してしまえばこの本丸はおしまいだ。彼女の神通力無しに俺たちが現世に顕現していられるわけが無い。遠征中の奴らも出陣中の奴らもまじないが解けたように瞬間、刀剣の姿に戻ってしまう。というか、そもそも…俺があんたを斬れるわけがない。

「では同田貫さんは、こんな所で何をなされていたんですか…内番服のまま…」
「いや、ちょっとな」

あんたに内緒で流しそうめんの用意をしようと竹を選んでいた、なんて言えない。

「あんたこそどうした。急に竹やぶから出てきて。肝冷やしたぜ」
「ああ、ごめんなさい」

ごめんなさいと言ってる顔は、どうみても悪いなんて思っちゃいない。溢れるように微笑んで、胸に抱きしめていた何かをずいっと俺の顔に寄せる。

「たぬきのこどもです!さっき畑のほうからこの茂みに隠れ行くのを見つけて」

可愛くてとっさに追いかけてしまったんです。キャッキャと鳴く子だぬきを抱きしめて無邪気に頬ずりする様は、もう、なんとも…たまらない。しかも、なんだ、俺に見せたくてと言う。かっ、かわ…たまらない…!!

「ど、どうして、俺に…」
「たぬきだからです!ぜひ同田貫さんにこの子を抱っこして欲しくて」

…どうたぬきさんだからたぬきのこどもを…??少しでも喜んだ自分が情けない…。自分が可愛いと思ったものを"特別"に"俺"に見せたかったわけじゃねぇのか…。言葉遊びの冗談だってか…。高まっていた心臓の音が、ゆっくりと冷えるように常のそれに戻っていくの感じながらため息をつけば、どうしたのかと不思議そうな顔をする主。どうして俺が気落ちしてるのかもわかんねぇんじゃあ…しょうもねぇよなぁ…

「そいつ、夕飯にでもしちまうか」
「ゆうめッ?!だっ、ダメですよ?!」
「今日は畑で根野菜が結構採れたし、汁の具に丁度」
「ダメですってば!!というか同田貫さん、農具出しっぱなし…」

そういえばこいつ、この子だぬき畑で見つけたって言ってたよな?この時間はいつも執務室にいるはずだろう?どうして畑な、て…

「あんたさ、なんで畑に…」

彼女の顔を見遣ると、驚くほど真っ赤に染まっていて、それを隠すように子だぬきを顔の前まで持ち上げた。「そ、それは…どうたぬきさんが…」尻すぼみの言葉だったが、最後まで聞き逃さなかった。彼女の顔に負けず、こっちの顔まで赤く染まっていくのが分かる。どちらも声を出すことが出来なくなって、代わりを務めるように子だぬきがキャッキャと鳴いた。

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