驚きの潔白
酒と猪口を持って彼女がふらりと俺の部屋にやって来た。夜も更けてきたというのに、まだ寝ていなかったのか。俺の方では部屋の電気は落とし、書き物台のちいさな灯りだけで、紙を前に筆を持ち、明日みんなを驚かせるために如何しようかと考えをめぐらせていたところだ。彼女の手の中の猪口はすでに濡れていたし、酒気も酷けりゃ顔も赤い。おいおい君、いい加減にしておいたほうがいいんじゃないか?さっと足で障子を開き「1人じゃつまんない」と、こんばんは、でも、お邪魔します、でもない言葉を漏らしながら部屋に入ってきて、また足で障子をしめた。書き物が終われば寝るつもりでいたから、部屋の中央にはそのための俺の布団が用意されている。座椅子も座布団も無くて悪いが、何のためらいも無く彼女は俺の布団の上に座した。驚きだね。普段の彼女からはこんな無作法想像もつかんだろうよ。長谷部の奴が見たら泣くぜきっと。さて俺の方では彼女が真に酒を嗜んで良い歳なのかは知らないが、まあ身体はすっかりと大人に見えるからいいだろう。いや、それがよくない。大人の女が夜中に酒を持って、男の部屋に来るなんて。さらにはすでに出来上がってるときてる。こいつ、危機感てもんがねぇのか?

「なあ君、そりゃ俺の布団なんだが」
「こんなおそくまでなにしてるの?だれかにてがみ?」

完全に無視しやがった。酒に潤んだ瞳、真っ赤な顔で気だるそうに這って来て、俺の肩に顎を乗せる。酒臭い。背に触れそうで触れない彼女の気配が熱い。俺が男だってことを、分かってねぇのか?酔いに揺れる体を支えるため、熱の篭った指先で俺の寝巻き浴衣にすがる。まいったね。

「企業秘密だ。明日になりゃ分かるさ」
「いまみたい。いま、ねぇいいでしょう?」
「だーめだ。君、勝手に部屋に入ってきた挙句、俺の仕事の邪魔をする気かい?」
「しごとじゃないくせに」
「ぐ、……いやまあそうだが、君に咎められる謂れはねぇぜ?」
「やだ、みたい!みーたーい!!みせてみせて!!ああー!!みたいー!!」
「君、まるでこどもだな?喚いたって見せてやらないぜ」
「けーちー!!みせてよー!!つるまるのばかー!!」

これじゃ本当に癇癪を起こしたこどもだ。見せろ見せろと喚いては俺の肩を叩き、背に頭突きを食らわしてくる。うっ…結構な、威力じゃねぇか…。頭突いて来た頭をそのままずらして、俺の背に顔をうずめる。熱い息で浴衣が湿るのが分かった。酔って暴れて疲れたのだろう、息が切れている。なんといえばいいのか、驚きの危機感の無さだ。

「つるまる…おねがい」

火が消えたようにしおらしく懇願される。湿った声に、ぞくりとした。こいつ、本当になに考えてんだ…。とって食われたって文句もいえやしないぜ、これじゃあ。ちらっと彼女を見遣れば暴れた所為で寝巻き浴衣は肌蹴て、真っ白な足が覗いている。暗い部屋で陰ったそこに浮かび上がる白い足。喉が鳴りそうになるのを堪えて「どうしてこんな時間に来たんだい」と問えば「ひとりじゃつまんない」と返された。つまり、"俺"に会いたくて着たわけではないんだな。「つるまるのへやにあかりがついてたから」まだおきてる奴を探してたってわけか。完全に、夜伽の誘いではないわけか。とんでもない嬢ちゃんだ。

「そんなに見たいかい?」
「みたい」
「いいぜ」

ただし、と続けて、振り返り、彼女の手をとり布団に仰向けに押さえ込む。無防備に開いた足の間に膝を立てて閉じることは許さない。一瞬の事で何がなにやら分かっていない様子の彼女の首筋に顔をうずめて、ちくりと刺すように白い肌を吸ってやれば「つ」と声を漏らした。痛みを訴える声なのか、鶴丸と、俺の名を呼んでくれる声だったのか。彼女を寝かせた拍子に布団の傍にあった酒が零れ、少し彼女の髪を濡らした。なんとも艶っぽいじゃねぇか。鼻筋を彼女の熱い肌に触れ、つつっと首筋を耳までなぞり上げる。ひくりと彼女の体に緊張が走るのが伝わってくる。さあいよいよ面白くなってきた。やわらかな耳の輪郭に舌を這わせてなぞる。わざと音を立てて耳たぶを吸ってからわざとねっとり囁く。掴んだ手首を広げるように、さらに無防備な格好にしてやれば、きっと潤んだ瞳を見開いているだろうな。

「夜伽に付き合ってもらうぜ?そのあとに君が起きていたら見せてやろう」
「あ、や…」

手首を離して、空いた手で腰を撫ぜる。そのままわざとその体の輪郭を確かめるように撫ぜ上げて、浴衣を乱そうとしてやる。「ごめんなさい」の一言でも出ればもちろん辞めてやるつもりだ。酔った彼女に乱暴する気なんてさらさら無い。少しおどかして、ひとり呑みが寂しいからと男の部屋に入り込むなんて事、今後無いように教え込んでやる必要があると思っただけだ。偶然、俺でよかった。これが三日月のじいさんの部屋だとしてみろ。完全に食われていたぞ。はあっと湿らせた息を首筋にかけてやり、頭の下に手を滑り込ませ体を抱き上げるように密着させる。抱きしめた彼女の身体は正気を保っていながらもぞくぞくと劣情を掻きたてた。熱く柔らかく、こちらまで酔ってしまいそうなほどの酒の匂いと少し汗ばんだ肌のにおいが堪らない。ぶるりと彼女の体が震えるのが分かった。すこし脅かしすぎただろうか?こうして君が乱暴される可能性だってあるんだから、気をつけるんだ。と叱って、部屋に返してやろうと力を緩めたその瞬間

「あああああああ!!!!いやあああああ!!!!だれかっだれか!!たすけてッ!!!!つるまるがあああああ!!!!」

顔を真っ赤にして涙をこぼし、聞いていて胸が痛くなるような声で叫ぶ。あ、お、おい君!そんな、誤解を招くようなッ!!ぼこすこと拳や足蹴を受けながらも、頼むから静かにしてくれとその口をふさぐ。本当に誰か来たら如何する気だ?!「むま!ふぁまむむ!ふふむぁふ!!(いや!はなして!鶴丸!)」けって殴っての所為で本格的に彼女の浴衣が肌蹴ていく、こ、これは…!なかなか…!が、ムラっときてる場合じゃない!!こんなところ、もしもアイツに見つかっ「主?!こちらですか?!」っちまった…

「ふぁへぶぇ!(長谷部!)」
「主!もう大丈夫ですよ、長谷部が参りました」
「な、なぁ君…勘違いしてくれるなよ?これには訳があってだな」

部屋に入った瞬間抜刀して彼女に見えない角度で俺の急所にその切っ先を向ける長谷部。泣き濡れた彼女を落ち着かせるためその顔には笑顔をたたえているが、俺には般若に見えるぜ…。彼女は浴衣を整えることもせず長谷部にすがり付いてうわあああとこどものように泣きつづけた。

「鶴丸国永。訳は明日、懲罰房で聞いてやろう」
「え、あ、おい!ちょっと待ってくれ!懲罰房?!」
「さ、主お部屋に戻りましょう。念のためすぐに薬研を起こしてまいります」

ぐずぐずと長谷部に抱き上げられる彼女の姿は本当のこどものようであっけにとられてしまった。と、いうよりも…この本丸に、懲罰房なんてもんがあったのか…お、驚きだぜ…。

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