かわいそうな三日月 宗近

三日月 宗近

抱きしめた体をするりと翻し、ぬらり、と主が俺の腰から刀身を引き抜いた。夜の月明かりをよく吸って、二尺六寸四分のその身を光らせた。切っ先が鯉口から滑り落ちる寸前、主にこのまま刀を抜かせてはいけないと、咄嗟に手が出た。が、俺の左手は白羽を握りとめる事は叶わず、空を掴んだ。切っ先で俺の着物をなぞり、そのまま畳みに落ちる。一歩、二歩と俺からあとずさる主。恐ろしいのは美しすぎる刀身ではなく、その愛しい顔に張り付いた三日月のくち。何がおかしいのか、一向ににたにた笑いが治まらぬようだ。「ねぇ、宗近。しってる?」三日月宗近自身、主の手にある太刀はすなわち俺の本体であり、人でいうなれば魂やら精神やらの根源だ。可笑しな様子の主にそのものを握られて、汗が噴出し総毛立つ。ぞくりと背中を駆け上がるこれは、一方的過ぎる恐怖だ。何もできない。目の前の彼女は俺の主で、俺を司る者だ。何をされようが、何もできぬ。音もなく、女の手には重いそれを構える姿は、不気味で美しい。切っ先を己ののど笛にさだめ、ずるりと押し込む。息を飲んだ。血しぶきもなければ、肉を引き裂く音も無い。押し込みきってしまえば、三日月宗近は主の体を通り抜け、自重で畳に落ち刺さった。「あなたたちでは私に傷を負わせることもできないのよ」ごめんなさいねと笑う口の、三日月が胸に焼きついた。


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