安田と自転車
通学と君

〜自転車編〜


しゃこーしゃこー

まだ朝の空気に包まれた通学路。耳を澄ませると、通り沿いのお家の生活音が、ちいさく聞えてくるくらいに一日は生まれたばかりで、綺麗だった。

ペダルをこげばふたつの車輪はからからと音を立てて回り、景色が流れていく。風が吹いて前髪をさらっていく。走って居る間に戻したって仕方がないんだけど、どうしても気になって、自転車をこぎながら、何度も、何度もくしゃくしゃになった前髪を撫で付ける。

周りには同じ学校の生徒達がばらばらと登校している。女の子が何人か固まって、きゃあきゃあと騒ぎながら、ゆっくりと進む。一人ですーっと無口に走っていく子。ケータイ片手におしゃべりをして居る子。競争してる子。たくさんの、色んな子たちの中に、私の探してる人は居ない。だって、まだ…彼と会う交差点までには時間があるから…。

信号に止まるたびに、近くの建物のガラスや自分の鏡で髪をセットしなおす。ああ、ここ!はねてる気がする!!ピン持ってこればよかった…!!スカートは大丈夫だろうか?捲れ上がってないだろうか?何度もスカートを撫で付けて、靴下を伸ばしたり、また元に戻したり…靴は汚れてないだろうか?ああ!!全身鏡と時間が欲しい…!!リップを塗りなおして、青信号をわたる。

次の信号で、いつも一緒になる男の子が居る。学年証は同じ色だったから、同じ学年の子。名前も知らない、クラスも知らない。だけど、毎朝、次の信号を待ってると、右手の方から走ってきて、同じ信号を、同じ道で、同じ時間待つんだ。

いつもおしゃれなヘッドフォンで音楽を聴いてる。たまにケータイをいじりながら走ってて、危ないな…って思うんだけど、注意できるわけないし、そんな…声だってかけられない、し…!!直視すら…出来ない…んだ…。かっこよすぎて、なんだか、見てるだけでドキドキする、し…やましい気持ちになっちゃう…なんだって私はこんなにも弱虫なんだ…!!

いつもどおり赤信号。本当は行っちゃいけないのに、みんな信号待ちが堪えられないから信号無視でレッツゴー。私は一人だけ、しっかり止まって、赤信号の一つ目を見つめる。

心臓のドキドキが、赤信号を青信号に替えないためのおまじない。

まだ来ない…いや、もうすぐ来る…。ああ、前髪が気になってきた…!!急いで胸ポケットから鏡を出して、前髪を撫で付ける。分け目を作ったり、戻したり…ううあああ!!やっぱりここ!はねてる…!!はねちゃってるううう!!

っがっしゃーん!!

「どぅわッ!!」
「うきゃッ!!」

強い衝撃。自転車がへし曲がっちゃうんじゃないかって思った。怪我はしなかったけど、右から突っ込んできた何かに、心臓のドキドキは一瞬殺されてしまった。衝撃をこらえられずに、自転車ごと倒れそうになる私。鏡を持っていた所為で、ハンドルは握ってなくて、傾いたハンドルはレッツゴー地面。体勢が崩れた私も道連れに…

ぶつかる…!!


ん?


「あっぶねー!!ごめんね!大丈夫?!」

また、がっしゃーんって大きな音がした。今度は2つ。

体勢を崩した私の腕を、ぐいっと誰かが引っ張って、私の自転車は一人で地面に突っ込んでいった。カバンのポケットに突っ込んであったペンが地面に転がる。

私の腕を引っ張ってくれた男の子。彼は私にぶつかったあと、自分の自転車を放り投げて、急いで私の身体を支えてくれた。一瞬の出来事と、大きな音と、衝撃の怖さに目を瞑っていた私の耳に届く、私を案ずる優しい言葉。

「マジでごめんね!!大丈夫?!怪我とか無い?!痛いとことか?あー!マジでごめんね!女の子に怪我させるとかマジで俺!万死に値する悪魔の所業だろこれ?!もう一生ケータイいじりながら運転しないんで!!マジで!!約束します!!怪我してないでね!!」

ぎゃあぎゃあごめんねを繰り返す男の子の腕の中で、嫌な予感に、嫌な汗が吹き出る…。ゆっくり目を開けて、きっとそうであろう…彼の顔を見上げる


「ねぇ、君いつもここで信号待ちしてる子だよね?救急車?!パトカー?!」
あ、ばばばばば!!!!!

「俺、A組の安田貢広なんだけど!とりあえず一緒に職員室行こう!!」

自転車大丈夫かな?動きそう?

私の自転車なんかより、自分の自転車のほうがひどい事になってるのに、私の自転車の事ばっかり心配してくれる安田くん。

大変な恋の予感に私の頭の中の救急車が総動員してます。

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