27.ネクタイ
家庭科の授業の時だった。先生が古ぼけた、何年前から学校に置いてあんの?って素朴に疑問に思うくらい年季の入ったネクタイを数本持って教室に入ってきた。ネクタイの結び方を覚えるらしい。秀徳は学ランとセーラーだからネクタイをする機会なんて無い。そんなんじゃ社会人になった時困るでしょー?一番前の列の生徒(一列ずつずらして)にネクタイを手渡しながら、隣の人と協力して相手にネクタイを結んでみましょう。隣の高尾と目があう。「っしゃー!おなまえちゃん、新婚さんっぽく宜しくねー」ずいっと胸を張って、イスに座ったまま私に一歩、ぐっと近づく高尾。私は手に持ってたいかにも埃臭そうな濃紺のネクタイを高尾に突き出した。ネクタイくらい結べる。別に練習なんてしなくたって、私は将来サラリーマンになるつもりもないし。ネクタイなんて要らない。結べようが結べなかろうが関係ないんだ。ぽかんとした表情で突き出されたネクタイを受け取る高尾が、私の事をじっと見てから、ちょっと怖い顔で笑った。真っ暗な穴のそこの方から無理やり引っ張り出してきたような冷たい笑顔だ。こういう笑い方する人は、そう…いない。そして、いま、その笑顔を貼り付けた高尾も普段から、こんな顔するようなやつじゃない。冷たい笑顔がひやりと、さらに笑った。「真ちゃん?」全部知ってる。中学は、緑間真太郎と同じだった。恋仲にあった私に彼は小学生も驚くほどにわがままで甘えん坊でどうしようもなかった。『ネクタイを結ぶのだよ』そんなのしょっちゅうで、イスに座った彼の前に立って、向かい合ってネクタイを結んでやるなんて、日常茶飯事だった。新婚さんみたい、そんな風に自分も思ってた。一緒に秀徳に進学する事が決まったのは中3の夏。進路指導の先生に、私なら推薦がくるぞ。と安心していた。家族も、私は恋人と一緒に秀徳に進む事を喜んでくれた。全部が上手く行ってた夏、私は緑間真太郎の最後のわがままを、受け入れた。『分かれて欲しい』…「緑間は今関係ないでしょ」「でも図星の顔したジャン」「うるさい、さっさとしてよ」ネクタイを橋のように両手にかけた高尾がゆっくりと近づく。「今のセリフちょっとエロくねー?」冷たく小さな笑い声に耳が溺れかけたとき、そっとネクタイが触れたのは私の量のまぶたと鼻の筋。そっと、された目隠し。「ずりィなー、緑間は」ネクタイの結び方は忘れてない。最後のわがまま、あの表情。本心じゃないのは分かってた。私はネクタイを結んでいるつもりで、緑間真太郎に繋がれていた。

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