12.不器用
昇降口で暗い空を眺めているみょうじの後姿を見つけて、傘を握った自分の手の内側がじっとりと汗ばんでくるのを感じた。困ったように頭を掻く後姿は愛らしくてたまらなくて、雨がやんで彼女が傘無しの悩みから解放され笑顔になることを望むのが普通なのだろうが、自分でも知りえなかった意地の悪さに気づかされた。ああ、このまま雨がやまなければいい。「いま帰りか」自然に訊けただろうか?振り向いたみょうじは「雨がやまないかなーって」と笑った。俺の心境なんて知る由も無いだろうその笑顔に胸がえぐられる気持ちだ。傘を忘れたのかと問えば、天気予報を見そびれた、と。雨の音にこの心臓の音が隠れていることを願いつつ、不自然に見えないように彼女の隣に立ち、この手の中の傘を広げる。「入っていくか?」隣に並び傘に入ると想像以上にその距離は近く、込み上げる何かを吐き出すことも出来ず音にも形にもならない何かを抑えるため傘を持っているのとは反対の手で口元を押さえた。みょうじが濡れてしまわぬように極力傘をそちらに寄せていると、自分の肩が雨にぬれた。そんな事気にならないのに、みょうじに見つかり、叱られてしまった。でもお前を濡らすわけにはいかんだろうと返せば、名案が浮かんだとでも言いたげに表情を明るくし、ポンと手を打ち笑った。「前後に並んで歩こう」と。自分の胸の辺りにみょうじの頭がひょこひょこと上下している。一つ傘の下というだけで、まるで別の世界だ。雨の音に閉じ込められて、すぐそこの彼女の首筋を眺めていた。隣に並んで歩けない。きっと彼女の足は降り込んでくる雨で濡れているんだろうが、それでも何も言わず楽しそうに鼻歌なんて歌っているみょうじに、俺からは何もいう事が出来なかった。それでも、ああ。このまま雨がやまなければいい。

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