9.背中
安定感、とは。ぽかぽかあったかい日光が降り注ぐ学校の図書館で、ぶっとい辞書をどかんと広げてみた。安定(あん-てい)[名]物事が落ち着いていて、激しい変動のないこと。安定感(あん-てい-かん)落ち着いていて、いかにも安定している感じ。ふむふむ、いかにも落ち着いていて激しい変動のない感じ。頬杖をついてほうほうと賢くなったつもりで、私みたいな人生経験も乏しく特異な発想力もなく不思議な能力もない平凡な女子校生なりに安定感のあるものってなんだろうと考えてみれば、ぽっと浮かぶのは大きな大きなたくましい誰かさんの背中。全然似合わない洋風の制服をまとったその体はまるで原始人みたいに大きくてたくましくてところどころ毛深くて、筋肉で全身カッチカチのくせに耳たぶとお尻だけはめちゃめちゃ柔らかくて手足も象みたいに太くてどしっとしてて、ああ、あれがまさに安定感の象徴、すたちゅーおぶあんていかんだと思う。あーほら、ほら?岡村くんのこと考えてたら体のそこから会いたいなーって衝動がじわじわ湧き出てきた。体の芯がしびれてきて、いてもたってもいられなくなる。岡村くんの背中、好きなんだよねー。服の上からでもぐっぐって押して触ると、筋肉の流れがぼこぼこしてるのがわかるんだ。背骨から脇腹にかけて、ぐいんっとカーブしてる筋肉が、ミケランジェロとかなにやらダヴィデ像を思わせるのだ。宗教学校だから講堂とかになにやらそういう全裸でエロいのにエロくない大きな像がたくさんあったりして、岡村くんと一緒にそおれ見てる時に、岡村くんも部活で体鍛えてるし体大きいから脱いだらあんな感じ?って訊いてみたら、何をどう勘違いしたのか、陰部丸出し艶かしいポーズの像の事いってるんだと勘違いしたのか、毛むくじゃらで大きな両手で顔を隠して女の子みたいに体をふるふる震わせて「みょうじ〜ッ!!お前ッ・・・!」とかきゃあきゃあ言ってて、それがまた格別に可愛かった。凛と伸びた大きくてたくましい背中も大好きだけど、似合わない可愛い仕草に丸くなる背中も大好きで、いつだって「待たせたのォみょうじー」「ぅ岡村くーん!!」図書館まで迎えに来てくれたその巨体にタックルみたいに飛びついて、それでもビクともしない、息子を扱うお父さんみたいに愛と慈しみに満ちあふれた優しい人格と、あと借りてる少女漫画の続きと、お遊びでねだるおんぶを快く受けてくれる岡村くんをいつだって何度だって求めてしまうんだ。

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