続続さみしい金曜日
おなまえーって、お母さんがリビングから声をかけてくれてやっと目を覚ます私。お母さんが朝ごはんを準備しておいてくれなきゃ朝食抜きは当たり前だし、そもそもお母さんがいてくれなきゃ寝坊による遅刻は確実だ。朝ごはんを食べるためにテーブルに着けばお父さんが「おはよう」って言ってくれる。私も「おはよう」って返してご飯を食べ始める。目玉焼きにはしょう油派なので、お父さんに「しょう油とって」って言えば、お父さんは自分がご飯を食べてる途中でも新聞を読んでる途中でもお茶を飲んでる途中でも、ちゃんと私のためにしょう油をとってくれる。逆に私もお父さんに「塩こしょうとって」って言われれば、ご飯を食べてる途中でもニュースの朝の星座占いで自分の星座の順番を待ってる途中でもお茶を飲んでる途中でも、ちゃんとお父さんのために塩こしょうをとってあげる。「いってきます」に「いってらっしゃい」。「ただいま」に「おかえり」。家族と囲む食卓とか、何気ない会話とか。家に帰れば電気がついてて誰かがいて、あったかいご飯があってお風呂にも入れる。お風呂から出るとリビングには順番待ちにテレビを見てる家族がいて、寝るために自分の部屋に行くまでは、誰かがリビングにいておうちのどこかでは明かりがついているって何気ない、だけどもとてつもない安心感の中で眠りにつける。家族の気配。たまに喧嘩だってある。一緒に暮らしてることで煩わしく思うことだってある。非現実的な夢のような1人暮らしに思いを馳せることだってある。それでもやっぱり、何かの用事でお母さん達が出かけてて、夜遅くまで1人で留守番なんかしてる時は、ちっちゃい子みたいに「早く帰ってきて」って思ったりしてしまうのだ。

赤司くんが沸かしておいてくれたお風呂。沸かすって言ってもピっとボタンを押すだけの。四つん這いに牛乳を舐めた所為で髪が牛乳浸しになってしまったから、トランプもお菓子もお預けでお風呂には行って来るように言われてしまった。私のおうちよりも広くてゆったりとした洗面所つきの脱衣所。真っ白でみるからにふわふわなバスタオルがたくさん積まれててホテルみたいだ。着てたものを畳んで、バスタオルがつんであるラックに乗せておかせてもらって、その上に着替え用の新しいのを積む。浴室もタイルはピカピカ、鏡もツルツル、シャンプーコンディショナーボディソープのボトル全てが新品みたいに綺麗で…なんというか、一見してわかる、使ってない感。きっと赤司くんはいつも帰って来たらトレーニングルームに入って汗を流して、そのまま汗を流すだけのシャワーで済ませちゃってるんだろうなー…。お母さんとかに「はやくお風呂入りなさいよー」とか言われないんだ。シャンプーもコンディショナーもボディソープも、1回2回押しただけじゃ何もでてこないしプッシュも硬かったから、あーこれ全部、本当に新品なんだなーって。浴槽にたっぷりのお湯に浸かって、耳を済ませても、当たり前だけど、テレビの音もしなければ人の話し声だって聴こえなかった。だって赤司くんは私がお風呂に入ってる間、赤司くんのお部屋で週末の課題をやってるからねって言ってたんだからテレビの音なんてしないし、そもそも人の話し声なんてしないに決まってるんだ。赤司くんはいまひとりなんだから。

あたたかいお風呂の中でじっと身を潜めて、赤司くんの事を考える。私ってば、赤司くんの何も知らないくせに、赤司くんの事を好きだとか言って。赤司くんのおうちにお邪魔して、なんだか他のみんなとは違う、私は赤司くんにとって何か特別なものになれたんだとか勘違いしてた。自惚れてた。お母さんとお父さんと同じお家に暮らしてないだけじゃなくって、全然あってもいなくって、それを特に気にも留めないんだ。赤司くん。大人ぶって強がってるって感じじゃなかった。赤司くんは、そういう、子どもっぽい虚勢は張らない、と…思う…し、自信ないけど…。赤司くん、どうなんだろう…。そもそも、どうして私の事、恋人にしてくれるって、あ、いや…現在はペットの位置だけど、一応、ペットとして赤司くんの事をがっかりさせなかったら、私の事を恋人にしてくれるって…。それって、いったいなんなんだ?赤司くんの雰囲気が、赤司くんの(失礼な感じではなく)見た目が、ただただ好きで、惹かれて、圧倒的で、恋人って言葉に浮かれて飛びついて、きっかけはどうあれこうして赤司くんと一緒にいられておしゃべりできて前よりずっと仲良くなれたことは本当に嬉しいんだ。だけど、私はもちろん、このまま赤司くんのペットを完全にこなして、赤司くんを満足させられて、恋人になれたら嬉しい。嬉しいに決まってる。手を繋いだり、今よりもっともっと一緒に居られるようになったりするんだきっと。…だけど、赤司くんは、それって、嬉しいのかな?楽しいのかな?私が一緒=赤司くん嬉しい!赤司くん楽しい!が成り立つ気がしない。ううむ…かといって、私が一緒=赤司くん嬉しい!楽しい!を実現させるためには何をすればいいのかとか、どうすればいいのかとかは…全く見当もつかないし、きっと、私みたいなのが、そもそも赤司くんを嬉しくしてあげるとか楽しくしてあげられることなんて、できるはずが無いんだ…だって私達は対等ですらない気がする。


せっかくの赤司くんとのお泊りなのに、なんだか落ち込んでしまう。トランプもお菓子も何も無しで、おしゃべりも、普段より少ない気がする…。新しい下着に替えてパジャマ代わりの服を着て、洗面所のドライヤーを借りて、ぶぉーっと風に吹かれ乱れた髪の私が、幽霊みたいな顔でこっちを見てる。ドライヤーを切ってみると、しーんって音が聞こえそうなくらい静かで、ちょっと怖い。赤司くんは、いつもこんななんだ。ご飯を食べても、シャワーを浴びても歯を磨いててもお茶を飲むときも、ずっと静かで、誰も居なくて、ひとりぼっちで、おやすみを言う相手も、おはようを言う相手もいないんだ。ドライヤーの温かい風で乾いてた私の目玉からぽろっと涙がこぼれた。



「お風呂、ありがとうございました」

赤司くんのお部屋に入ると、そこはうす暗くて、勉強机の灯りしかつけられてなくて、そこで姿勢良くシャーペンを走らせてる赤司くんがいた。部屋に入ってきた私に「ああ」って返事をくれて、勉強机から離れたドアの前の、お部屋の中でも特に暗いところで立ち尽くしてる私に、ちらっと視線を遣って、またすぐノートと教科書に視線を落としてしまう。赤司くんのシャーペンが何もかもを軽快に解いてしまう音を聞きながら、赤司くんのベッドの枕元においてあるデジタルの目覚まし時計を見れば22:41…ああ、今日はもうきっとトランプもおしゃべりも無しかな…「もう少しだから」赤司くんがぽつっと呟く。

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