7.ことばじゃ伝えきれないから
「おなまえー」 「なに?」 「…いや、お前可愛いなーって」 「…そう?ありがとう」 なんなんださっきから。このデカブツ英虎は…。今日はバイト休みだから一緒にアソボー!!ってきゃっきゃわいわいした声で、小学生か?!ってテンションで電話がかかってきたのが今朝の4時。電話口の相手を殺せる呪文があるならぜひ教えて欲しいと思った早朝4時。布団の中で、低くて武骨な…それでも大好きな声に耳を傾けていた一日の始まり。 『久しぶりにさ!キャッチボールしようぜ!キャッチボール!!』 父子か?!って突っ込みじゃあ英虎の屈強な胸板を貫通して心臓を射止めてやることはとうてい出来っこないと私は心得ているから、わざわざそういう突っ込み入れない。こっちが疲れちゃうだけだしね。しかも余計困るのは英虎はだいたい私の皮肉とか突込みとか冗談とかを理解できないから、目をてんにして頭の周りに可愛くはてなマークを飛ばしてしまうから…それに付き合ってあげられるほど私はお人好しじゃない。もちろん英虎と遊べるのは嬉しい。たとえキャッチボールだったとしても嬉しい。でも 「英虎、バイトが無くても学校はあるのよ?」 『…、…?えーっと…。……ん?』 「だから、学校。今日は平日でしょ?」 『…ハハっ!なぁおなまえ!河原でキャッチボールしようぜ!』 「そうね、英虎の金玉引きちぎって投げあいっこしましょう。最後は犬に食わせてしまおうか?」 『じゃあ!学校で会おうぜッ!!』 「分かればよろしい」 で、学校に来てみれば即効で「屋上行こーぜッ!!」と、親指をぐっと…それはもう凛々しく…キラッキラの笑顔で。悪びれた風が無いから、いっそうの事わたしがおかしいのか?私が間違っているのか?と自分の思考を疑ってしまう。英虎の可愛い頭の中では学校=建物であって、学校=授業とか、学校=集団活動の訓練所っていう認識が出来ないんだ。かわいそうに…。それでも付いて、屋上に向かってしまう私は、別段にキャッチボールが大好きなわけではなく、ただただそれはもうこの屈強な男・東条英虎に惚れているからである。でっかいのに赤ちゃんみたいに無邪気で可愛い。放っておけない。 「で、本当にキャッチボール?」 「あ、そういや俺グローブ持ってねぇや」 「…ボールならすぐに用意できるんだけどね」 「野球部の部室に行けばあるだろ?」 「荒らすつもり?ダメよ。大人しくしりとりでもしましょ」 「えーしりとりー?それならメールでも出来るだろ?」 メールでわざわざしりとりする奴なんていねーよ。って突っ込みも飲み込んで、適当な場所に座り込むと、英虎も大人しく横に座った。すると冒頭のやり取りが始まる。 「おなまえー」 「なに?」 「…いや、お前いい匂いするな」 「そう?トリートメントの匂い?」 「いや、なんだろ?わかんねぇ」 「…おなまえー」 「…なに?」 「…あのさ、お前…爪きれいだな」 「そんな事無いよ」 「…おなまえー」 「なに?!英虎さっきからうるさいんだけど?!」 「あの…あー、うん。好き。好きだ」 「は?なにそれ?」 「俺やっぱおなまえの事好きだわ」 「いや、だから…それがどうしっ?!」 しゃべってる途中で、ぎゅむぅううっと頭を抱きしめられる。かと思ったら、赤ちゃんみたいに抱え込まれて、ぶっとい腕と分厚い胸板に挟まれてぎゅうぎゅうされる。廃車が無常にプレスされてスクラップにされていく光景を思い出した。でもそれよりもはるかにあったかくて、愛おしい、英虎の唐突過ぎる抱擁は、かのメロスとセリヌンティウスのそれに引けをとらないほどに熱いものだ。 「なに?急に…」 ちょっとだけ、どきどきする胸を抑えつつ、彼の、彼らしい、全く持って彼に似合いの間抜けた応えに、ときめきも愛しさも大きな笑い声に昇華されていった。 |