5.いつもより早く目が覚めたから
朝一番の空気をお腹いっぱいに吸い込む。はぁー、なんて爽やかな朝なんだろう?!太陽がさんさんと輝いてて、窓の外では小鳥さんの楽しげな鳴き声。穏やかな人々の足音、きゃっきゃうふふと若い声、車の音…ん?…耳をすませば、お母さんの怒号…?何度目かも分からぬケータイのアラーム音…。背筋を流れる冷や汗と、嫌な予感がバチバチと電流のように脳みそではじけた時にはもう自分で分かってる。

「うっわ…遅刻ッ!!!!」

ベッドから飛び起きて、乱暴に制服を着こなしながら手ぐしで髪をどうにかして階段を転げ落ちる。いっ…たい!!とか言ってらん無いッ!!本当に、遅刻ッ!!お母さんの小言を右から左へ聞き流しながら顔を洗って、歯を磨いて、机の上のお弁当箱を引っつかんで、行って来まーす!!お家の中でも何回も自分の足で自分の足を引っかけてすっころんだ。通学路ではいつも仲良くしてるわんちゃんにまで吠えられて、それに驚いて後ずさったら車に轢かれそうになり、それを避けると電信柱にぶっつかった。しかもそれを見ていた生徒にも笑われて、恥ずかしさのあまり全力疾走したら学校には遅刻どころか、いつもより早いくらいに到着。こんなことってありますか…



「信じられる?榊くん…」
「神聖ドジっ子ちゃんみょうじ」

やっと落ち着いたお昼休み。榊くんと机をむき合わせて、のどかなランチタイム。今朝の私の不幸自慢をしたら、榊くんは真顔で「萌え」…、なんかそれ女子同士の会話の「あ〜、分かるぅ〜」くらい使い勝手いい言葉だよね。あと「微妙」ってコメントくらい便利そうだよね…。いや、まぁ…榊くんにしてみればそれって結構褒め言葉なんだろうけど…、今日の私はちょっと卑屈なので、些細な事がガラスの破片のように繊細な十代の無垢な心に突き刺さるのさ。ずぶりとね…いや、まぁ…榊くんに言われるなら「うんこみょうじ」ですらプロポーズだけどね、私にとっては…。

「で、弁当を忘れたわけか」
「え?いや、お弁当はちゃんと…」

そうそう、お弁当はちゃんと、机の上においてあったから持って来たよ…リビングの、机の上にあった…

「ティッシュ箱を、持ってきたよォォオオちくしょおおお!!」
「超時空天然みょうじ」

カバンから取り出した四角いもの。机の上にその姿を晒してみれば、何が弁当だと?400枚(200組)188mm×229mm…ティッシュ箱じゃねぇかぁぁああぁあぁああ!!机をばっしんばっしん叩きながら悔しさに涙を流す私を、すごく冷静な顔で眺めてて…ああ、くそう…!!どうせ萌えとか言うんだろう?!馬鹿にすんなよてめぇ!!さっきまでは榊くんかっこいいから大好きだからなんだってバッチ来いよッ☆ってテンションだったけれども!!空っぽのお腹が満たされないと分かれば私だって仏じゃいられねぇえ!!現役学生の胃袋事情なめんなぁああ!!ってかお母さんんんんん!!届けに来てよぉぉおお!!

「さて、みょうじ。涙を拭きなさい」
「いやだぁぁああ!!お腹空いたぁぁああ!!」
「だから、ほら。顔を上げなさい」

鼻水をすすりながら、穏やかな榊くんの声にしたがって顔を上げてみる。あ、私ちょっとよだれ垂らしてる…。榊くんに顔を見られる前にそっと、じゅるりとよだれをすすって拭って消し去ってしまう。と、目の前に現れた

「…私?」
「正確には『みょうじおなまえちゃん〜あなたのオカズは私だけっ!〜』だ」
「…なにこれ、髪の毛…海苔?なんか、すごい…本当に写真みたいなんだけど…」

これっていわゆるキャラ弁じゃないか、キャラクター弁当じゃないか。幼稚園のママが知恵を絞ってもてる力全てを発揮して丹精こめてわが子のためにドラちゃんだかアンパンメーンだかぴっかちゅー!!をありとあらゆる彩り豊かな食材で弁当箱の中に再現しちゃう…あれじゃないか。でも、ひどくでかい弁当箱に描かれた食べられるイラストは、二頭身の可愛いキャラクターではなくて、マジで写真か?!位に完成度の高い私の顔…。にっこり笑った食べれる私が、私を見上げる。どことなくドヤ顔な榊氏に問う。

「で、これはなんだい?」
「『みょうじおなまえちゃん〜あなたのオカズは」
「榊氏ぃいッ!!いい加減にしてくれ榊氏ぃ!!」
「みょうじ氏、俺はガチだ。そしてこのキャラ弁はもちろんみょうじ氏のために用意させてもらった」
「なっ…わ、わたしのために…?!」

榊くん…私のためにお弁当を…?ドキーン☆では無い。もちろん。今のは、マジで?!お弁当くれるの?!私が食べていいの?!咀嚼していいの?!吸収しちゃっていいの?!ああんもう榊くん大好きッ!!の略。食べ物が手に入ったことによる私のいやらしいニヤニヤ笑いを、榊くんは本当に純粋に可愛いなーとか思っちゃってる顔しちゃってる。あー、なんかね。そういうところが好きなんだよね。なんだか、その、博愛?というか…私の事ならなんだって好きだもんね。榊くん。きっと私が坊主にしたって「萌え」とか言っちゃうんだろうな…それで、「萌え」とか言われちゃったら私だって榊くんのこと余計になっちゃって…終わんないんだろうなー…。…うわ、なんて恥ずかしい事を…

「だけど、自分で自分の顔なんて食べづらいよ…」
「みょうじ×みょうじ…?!」

がったん…!!イスを倒しながら飛び上がった榊くんに驚いて、私まで立ち上がってしまう。2つのイスが倒れるすごい音に教室に居たひとみんなが私達を見る。

「で、なんで急にこんな凝った物…」

彼らしいといえば彼らしい、単純で笑えるその理由。手のこった愛情弁当をおいしくいただける私は大変な幸せ者だ。


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