4.今日も空が青いから
素直に「ごめん」が言えれば、人は、生きる事は、もっと簡単に単純に軽やかに時間を滑っていくんだろう、か?とても心地よく、難しい事を気に病んで悶々としたりせず、ずっと笑って素敵な事ばかりに囲まれて、雨に降られる事も無く風にふかれる事も無く…春の日のぽかぽか陽気のような、そんな素晴らしさにシミひとつもない、そういう人生を送っていくことができるんだろうか…?枕を抱え込んで、そんな事を考え出すと、どうにも涙が抑えられなかった。どうして私は素直じゃないんだろう…

握り締めたケータイは、さっきから古市の電話番号とかメールアドレスが表示されては消されてしまう。私に素直さが足りない所為で、電話番号に発信も、メールアドレスへのメールの作成も叶わぬまま、ケータイの充電は知らないうちに虫に齧られてしまうセーターの穴のように、ちょっとずつちょっとずつ減っていく。まるで私の気持ちみたいだ。初めは爆発しそうな酷く強大な怒りだったのが、…いつのまにか、ずぶ濡れのちっちゃな自責と後悔に変わって行く…。

学校の帰り道、古市と喧嘩した。いや、喧嘩なんて立派なものじゃない。あれは私の只の八つ当たりだ…。思い出せば恥ずかしいくらいに理不尽で自分勝手な言い分を、小さな子どものように古市に投げつけて、ぶつけて、叩いて、突き飛ばして…本当の暴力なんかより、もっともっと酷い。自分でもわかんないくらい、酷い事をいっぱい言ったと思う。あの時は必死で、言って良い事とか悪い事とか…古市がそんな事言われてどう思うのか、こんな事を言う私の事を、どんな風に思うか…そんな事考えられなかった。言った事と、言ってしまった事に自分でショックを受けて、古市を置いて帰ってきてしまった。古市は追いかけてこなかった。びっくりした顔で、ずっと私の事を見てた。

「おなまえ…」

名前を呼ばれたことは気が付いたけど、自分の理不尽さを責められるんじゃないかって怖くて、笑われたり呆れられたりするんじゃないかって恥ずかしくて、私のほうとしても振り返るなんて事はせずに、一目散に走って逃げた。

家に帰って、気分が落ち着いて、酷い事をしたって後悔した。電話が着たら、メールが着たら謝ろう。「さっきはごめん」って言えばいいだけだ。それだけ。余計な言い訳なんて考えれば、きっと私はまた、爆発して酷い事いっちゃうそうだから…。古市から何か連絡があったら…。なんて、ほとんど祈るみたいにずっとケータイを握り締めてたけど、鳴りもしない、震えもしない。古市は、私に起こっているんだ。古市は、私に呆れてるんだ。古市は、私の事このまま嫌いになっちゃうんだ…。落ち込みきった私は、ケータイの充電が切れて真っ黒になっちゃうみたいに、心の許容範囲を一線超えた所でぷつんと電源が切れたみたいに眠ってしまった。

「おなまえー!おはよー!」

会いたくなかった。怒ってるか呆れてるか嫌われちゃったか…想像も追いつかないけど、きっと良い方向には傾いていないだろう古市のご機嫌メーターの事を考えると、やっぱり私と会わないほうが、古市のためでも私のためでもあるんじゃないかなーって。

私と会えば、昨日の理不尽な私の八つ当たりの事を思い出す。さらにはその事についてなんの謝罪もしてこなかった、素直じゃない可愛くない私なんて、もう要らないんじゃないか…。根底まで落ち込みきっていた私に、古市はいつも通りの晴れやかな笑顔で大手を振って爽やかな朝の挨拶を告げる。私は…まさか、「おはよう!古市っ」と笑顔で返せるほど元気はないし、もちろんそんな気遣いも出来ない。どこまでも可愛くない…。

「どうした?元気ねぇな?」
「…どうして」

本当に私の体調でも気にするかのように、私の顔を覗き込んでくる古市。こ、れは…昨日の事なんて忘れちゃってるのかな…?私の、あの…怒ってたのなんて、古市にとっては、そりゃあ…どうでもいい事だもんね。忘れちゃったほうがずっと合理的だし、「忘れちゃったよー」って笑ってくれれば、私だってこれ以上きのうの事を気に病む必要もないし、お互い気持ちよく日常生活に戻れるわけだけど…そういう、気の遣い方も…あるのかも、知れないけど…。可愛くない私は、それはそれで、やっぱり不満で…勝手にすごく傷ついた。古市にとってはもしかして、私のする事言う事なんてどうだっていい事なのかもしれない…それって、とっても…とっても…

「どうして、そんな普通にいられるの?!私、きのう…古市に、ひどい事…勝手に…、…怒らないの?それとも、私の事はどうでもいいの?!」

可愛くない。古市の事、困らせるようなことして、自分で「なんでこんな事しちゃうんだろう」って勝手に悩んで傷ついて、でも、そんな事真剣に考えておいて、本当はどこかで、私が傷ついた事で、古市にも悩んだり困ったり傷ついたりしてもらわなきゃ、嫌なんだ…。驚くほど、わがままで…自分でも自分の事が嫌いになる…。

「…どうして、私に…嫌に、ならないの?」
「…それは」

私の頭を撫でて、ゆっくりゆっくり撫でて…ちょっぴり悲しそうに笑う古市。いつの間にか泣き出していた私のほっぺたの、涙をふき取って、その指で高い高い空を指す。可笑しな答えに、呆気にとられて何もいえなくなった私を、ぎゅううっと抱きしめる古市に、とんでもなく優しくて、とんでもなく馬鹿で、とんでもなく愛しいと感じた。


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