2.夜空がきれいだったから
ドッドッドッドドド…

お腹に響く重低音。ひっそりと部屋に侵入してきた排気ガスの臭い。ベッドの中で何とは無しに嫌嫌を繰り返し、私はひっくり返した石の下の可哀相なミミズのようにうね回る。いやだ、まだ違う。絶対に、起きる時間じゃない…寝たりない。耳に聞こえる具合の悪いバイクの音も手探りに見つけ出した時計の文字も(AM 3:26)何も信じない…私は、何も…信じないぞ…!!私が信じるのは懐の広いベッドと、私の全てを知る枕と優しい掛け布団だけだッ!!お、起きないぞッ!!ぜったいに、何があっても!例え地面が割れて、空が落っこちて、海が

「おなまえー!」
「くぁおるぅぅううう!!!!てめぇえぇ!!近所迷惑じゃブォケぇぇええ!!!!何時じゃ思ぉとんじゃヒゲ眼鏡がゴルァアア?!」
「おなまえ、静かに」

気づいてたさ。ああ、気づかないわけがないでしょうよ。だって愛しのダーリンの愛車だよ?何回も乗っけてもらった私のお尻にぴったりの曲線に、素晴らしい光沢を持った大型二輪自動車の排気音を…!!私が聞き分けられないわけがないんだけど…!!かおるかおる愛しのかおる、何お前?外国帰り?時差ぼけしてんの?なんでこんな時間にバイク転がしちゃってんの?!ヘイユー☆ゴムチューブでタンクからお前のケツに直通でガソリンブッ込んでチンコでマッチ擦ったろかいッ?!おいッ!!

って、言いたいことはたくさんあってまくし立ててあげたいのは山々なんだけど、かおるの言うとおり実際この状況じゃ私の喚き声のほうがご近所に大変ご迷惑なわけで、本当に自重しないと大家さんに「またみょうじさん?!いい加減にして頂かないと管理人として困るんですけど?まぁ?みょうじさんはまだ若いし、恋人と仲睦まじいのは大変結構な事ですが…そういう事はもっと穏便に済ませるか、しかるべき所へ行って済まして頂かないと、迷惑ですし?そもそもみょうじさん自身も」なんとか云々…1度やらかしてしまった『あんあん漏洩事件』をぐちぐちぐちぐち言われ続ける事になる…そしてそれは私も大変困る。から黙った。

あと、こっちが9割なんだけど、2階の私を道路から見上げてちょっと困ったように笑って、人差し指をそっと口元にあてて「しー」って言うかおるがかっこ良過ぎたから。言葉を呑み込んでしまったってわけだ。はっとね!息を呑んでしまった。窓を開けると、真夜中を明け方に傾いた地球の大気はひんやりとしてて、ちょっとだけ身震い。心なしか息も白かったり?いや、これはかおるのバイクの煙かな?

「で、何しに来たの?あ、午前 3時 30分をお伝えします」
「怒ってるね、ごめん」
「怒ってないよ、純然たる時報だよ」
「ねぇ、今から降りてこられる?」
「ねぇ、かおる、私ね、怒ってないよ」
「魚肉ソーセージ買って来たよ」
「それで釣れるか?!私はザリガニか?!」
「冗談、ミルクココア」

馬鹿野朗!ミルクココアなんぞで私がわざわざ降りて行ってやると思ってんのか?!だいいちこんな時間に彼女にミルクココアなんて飲ませて太らせるつもりか?!餌付けか?!畜産か?!なんてぶつぶつ毒づきながら、私は大人しく窓を閉めてコートを引っつかんでサンダルを履いて外にでた。あ、鍵閉め忘れた…ケータイも忘れた。

「ごめん、寝てたよね?」
「謝るタイミング可笑しくないですか?」

差し出されたココアを受け取って、さらにはかおるの手にあるコンビニの袋の中をさぐってみる。あ、本当に魚肉ソーセージある。コートを着てても中が薄着の所為で寒い。ぐいぐいかおるにひっつくと、からからした声で笑った。起されたことなんて、本当はもう、ちっとも怒ってない。でも、ひねくれた私は、いつまでもかおるを心配させていたいから、ずっとずっと拗ねたフリ。

「後ろ乗って」
「今から?」

なんていいながら後ろに乗っかる。エンジンかけたままだったから座るとお尻が温かい。ガボっと大きくてごついヘルメットをかぶせられる。これ、頭がふらふらして好きじゃないけど、これかぶらないとかおるが出発してくれない。危ないって言って、自分はノーヘルの癖に。ぎゅうっと抱きつく背中が大きくてあったかい。ベッドと枕と掛け布団以外に私を安心させるもの、私の大好きなもの。

「あ、ノーブラ?」
「寝てたし」
「ごめんね」

ヘルメットをしてると、大きな声で喋らないと声が聞こえない。かおるの声がちょっと現実味の無い響きに感じる。走り出す景色、荒ぶ風、向かう方向はきっと海岸。

「ねぇ!どうして、急に…」

彼の答えは風にかき消され、不意に見上げた空に、私は息を飲む。


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