「シャワー浴びて、服は脱水かけて乾かしておくから」
「へ?お、おう…」

みょうじの家につくとみょうじはてきぱきと部屋中を歩き回って俺にタオルを渡して玄関で靴下を脱がした。なんかもう…こうなるとこの靴下は捨ててもいい気がしてくるって位にずぶずぶのとうてい衣類とは思えないナメクジとかなまこの死骸みたいになっていた。

「…こんな濡れちゃう前に私に連絡入れてくれればよかったのに」

風呂場に俺を連れて行く途中みょうじがつぶやいた言葉がすごく耳に残ったのは、別に情緒的な理由からではなくきっとこの部屋がそうさせるんだと思う。前のみょうじの部屋はもっとこう…殺風景でなんも無くって、仮宿みたいな貧乏学生の部屋みたいなみすぼらしいところだった癖に、こんどの部屋はちょっと広めでそこかしこにみょうじのものが置いてある。ってのは当たり前だけど…空気が全部、みょうじのものだった。棚に並んだ本もテーブルの上のマグカップも床に転がったクッションもキッチンにかけられたタオルも廊下に転がってる小さなスリッパも…全部がみょうじのものでみょうじの雰囲気を持っていてそんな中に全然そうじゃない俺が一人だけ居ると不安にも似た緊張で体がこわばった。

とりあえず、と渡されたみょうじのジャージ。グレーにピンクのストライプが入ってるそれは…どう考えたって、俺が着れるサイズの服ではないけど…シャワーを浴びた後素っ裸ってわけにも行かないから一応受け取った。シャワーは温かく、肌に触れる感覚は雨にも似てるくせに全然違って俺の体をゆっくりとあたため最後には溶かされてしまいそうだとおかしなことを考えるくらい気持ちが良かった。無論、風呂場もみょうじのシャンプーとかいろいろこちゃこちゃしたものが彼女のルールにのっとった秩序的に配列されている。匂いが…みょうじので、そう思って息をすると恥ずかしいが気分が良かった。

「バスタオル置いておくよ?」
「ぅえッ?!わ、わかった…!!」

すりガラスの向こうにみょうじが映った瞬間、反射的に両手で股間を隠してしまった。お、驚いた…。けど、そう、だよな…みょうじの家、なんだもんな…。居て当然だよ、ってか連れて来てもらったんだし…

ってか、いいのか?

その、俺たちは一応…そういう付き合ってるって間柄であって…みょうじは俺の事が好きで俺もみょうじの事が…そうで…。なんか雨を理由に部屋に入れてもらってシャワーまで借りてるけど…これっていいのか?大丈夫なのか?や…べぇよな?たぶん…。部屋に入ってから感じていた緊張と違和感はしっかりとした姿を現して俺の頭をかき回した。そうだ、俺はいまみょうじん家でシャワーを浴びてるんだ…それって、なんだ?!なんてぇか…あ、アレじゃないか…!!大粒の汗が一筋、再び冷え始めた背中を流れた。


「あ、男鹿くん。なんか飲む?」

脱衣所を出るとすぐに洗面所で、鏡の前でドライヤーを使ってジーパンのすそを乾かしているみょうじが俺のほうを振り返る。俺はみょうじのちんちくりんなジャージにどうにか下半身を包んで(腰パンですそは7分になった)頭をぐっしゃぐしゃに拭いていて、結構無防備だったので、笑ってるみょうじを目の前に緊張とか驚きで急いで身を隠すように脱衣所にひっこんだ。

「なに?恥ずかしいの男鹿くん?かーわいー」
「う、うるせぇ!ズボン乾いたんならよこせよッ」
「はいはい、なによ…ありがとうくらい言ってよねー」

ズボンと下着がかるくたたまれた状態で脱衣所に放り込まれた。急いでそれに履き替えるとズボンのすそはまだ少し濡れてた。洗面所に出るとみょうじはドライヤーを手にしたまま俺のほうを見た。なんだよって言うとみょうじは笑って手を伸ばして俺の頬に触れてきた。驚きとかじゃない動悸がした。

「あったまった?」
「ま、まぁ…」
「…なんか今日男鹿くん変。熱ある?」

自分の前髪を掻きあげてそっと俺の顔に近づいてくるみょうじの肩を、それ以上近づいてこないように静止した。手に持ってたタオルが床に落ちた。

「な、なに…?大丈夫?」
「…お、お前は平気なのかよ」
「は?」

情けないにもほどがある。緊張に声がかすれて、みょうじの顔を直視できない。だって彼女の家に居るんだ。俺はみょうじの恋人なわけでいまシャワーから出てきたばかりで下着とズボンしか穿いてないわけだし、っていうかみょうじ俺のパンツまでドライヤーかけたのか?すこし温かい気がする…。じゃなくてさ、そういう…もっと、もう…恋人らしい雰囲気になったりしねぇの?俺はちょっと、風呂場でいろいろ危惧して今だって頭の中で暴れまわるいろんな良くないことを何を整理して何を抑えて何をどうすればいいのかわかんなくておかしくなりそうだってぇのに…なんでみょうじはそんな平気そうなんだ?そんなのって平等じゃない、し…なんか俺だけ舞い上がって子供みたいだ…。そういうのは、いやだ。

「家に、男が来てんだぞ?シャワーも浴びてるし…パンツまで乾かして…!!」

俺が顔を伏せてそう言ってもみょうじは微動だにしなかった。みょうじとの色々を期待しているのは俺だけ?こんなに好きなのはやっぱり俺だけなのか?悔しさに歯を食いしばっていると、みょうじが突然、肩に乗せた俺の手を振り払いすっと一歩だけ俺との距離を縮めた。

「…じゃない」

俺の胸に顔をこすり付けるようにみょうじがぎゅうっと抱きついてきた。あっけにとられた。風呂上りの素肌にみょうじの頬は少しぬるく感じて、それでもすぐ近くに感じる息遣いはもっとずっと熱いものだった。

「平気なんかじゃないよ…男鹿くん」
「…みょうじ」

俺の胸に抱きついたままみょうじが顔をずらしてうつむくと髪がこすれてくすぐったかった。湿気を含んだ空気で満たされた洗面所は外の雨の所為で寒くて、そんな中で俺たちの体がじょじょに熱を帯び始めていることを口にせずとも互いに触れ合っている部分から痛いくらいによく伝わった。

「男鹿くん、わたし子どもじゃないんだよ?」

今になって外で降ってるひどい雨の音がスイッチを入れたみたいによく頭に響いた。


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