女と男
派遣会社の説明会みたいなのに参加してなんたらかんたら長たらしい話を聞いてはいどーぞって弁当出されてそれ食って建物出ると、どうも天気がおかしい。家を出るときは晴れててあたたかかったのに今ではどうだ?目に見えないくらい細い雨がレースのカーテンみたいに黙って降り注いでてたっぷりの湿気と雨の匂いを含んだ冷たい空気はサランラップみたいにぴったりと俺の肌に張り付いた。

「ちくしょう…やむまで待つっきゃねぇな…」

説明会に参加していたらしい他のやつらは雨宿りをしながら電話をしたりメールをしたりとどうにか帰りの足を呼びつけて、まったく参ったよと傘を持って迎えに来た家族やら走りこんできた車の運転手やらに小気味のいい苦笑いを見せた。俺は…どうすっかなー。親父は仕事だしお袋…姉貴にわざわざ連絡取ったところで走って帰って来いって言われるに決まってるし…。やめとは言わずももう少しだけ雨足が弱まれば走って帰るんだが…。春の陽気に慣れていた所為でしっとりと寄り添うその湿った寒さにふつふつと鳥肌がたった。午前で終わるっつぅから調子乗ってTシャツで来たらコレだ…ジャージでも持ってこりゃよかった…。



細く静かだった雨は俺が止めとか弱まれと願えば願うほど大粒になり轟音を伴う大雨になっていった。これじゃもう止むのとか弱まるの待ってたってしょうがないと思い走り出した。服はほとんど一瞬で雨に濡れて真っ黒になった。ジーパンも足にぴったりくっついてシューズは水溜りから雨水をたっぷりと吸って一歩足を進めるたびにずばッずぼッとおかしな音を立てた。素肌を打つ雨は案外と冷たくは無くぬるかった。それが唯一の救いだと思ったが、家に着く頃にはきっと体は冷え切ってるだろう…。っつうか、会社で傘とか借りればよかったんじゃねぇ?なに俺ばか正直に雨の中走っちゃってんの?怖ッ、若さ?

「やだッ!!男鹿くん?!」

雨の音の中に聞こえた女の声。振り返るとワイパーを酷使した車が1台ちょうど立ち止まった俺の横に停車した。雨が入るのもかまわずに運転席の窓を全開にして窓から身を乗り出そうとするみょうじが目も口もこれ以上開きませんって位に開いて馬鹿顔しててなんかつられてあほな顔をしてしまった。

「…みょうじ」
「なにやってんの?!乗ってッ!」
「え…あ、はい」

助手席に回ってドアに手をかけたときそういや俺べたべたなんだけどいいのかなーって思って乗るのためらったけど、みょうじが内側からドアを開けて早く乗れと怒鳴るからとりあえず乗った。座席に腰を下ろした瞬間雨水をたっぷりと含んだズボンとパンツがぐじゃあっといやな音を立てた。

「何やってんの?小学生じゃないんだから雨だけでテンションあがってちゃだめだよ?」

心配してくれてんのか馬鹿にしてんのか分からんがみょうじは到底役不足な小さなハンカチで俺のまぶたや額をなでるように拭いてくれた。拭いたところで髪から滴る水がまたすぐ顔にかかってくる。服もべたべたであんまり背中をもたれないように気をつけていたがシートが濡れて黒くなっていくのをみょうじは全然気にしてないみたいだった。

「で、何してたの?」
「あ、会社。帰りに急に降ってきやがって…」

ハンカチでは仕様も無いとあきらめたみょうじは重たくなったハンカチを俺に押し付けて車を動かしだした。例によってシートベルトを締めると胸に食い込みTシャツにしみていた水が泡を立てて姿を見せた。気持ち悪ぃ…。冷たい服やズボンが体に張り付くとなんだか全身から温かい血でも抜かれているような気分になった。鳥肌は鎮まらないし唇が冷たく硬くなっていくのが自分でも良く分かった。

「お家帰るのよね?送っていくから…」

前方を確認しながらもちらちらと俺の様子を伺うみょうじ。急にぷつっと言葉をきったと思うとハンドルを握っていた左手を放しぬっとこっちに伸ばしてきて俺の頬に触れた。あたたかい手が濡れて冷たくなっていた俺の頬に温度差の所為でまるで吸い付いてくるように感じた。

「な、なんだよ急に」
「冷たい…」

その声は静かで短かった。俺の家に帰るなら真っ直ぐ進まなきゃいけない道をみょうじは急遽右折。急にゆれる車にぐんっと体制を崩す。

「おい!どこ行くんだ?」
「私のうち。男鹿くん家よりは近いから」

マジですか…?



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