新しい車と懐かしい君
春が来て夏が来て秋が来て冬になったと思ったらまた春になるだろ?それでまた、あー春だなーって思ってると夏になって秋になって…そしたらいつの間にかまた冬になるんだ。それで、寒いなー冬寒いなー早く春になってあったかくなれよーって思ってるとさ、いつの間にか…体にゆっくり馴染んでくるみたいに季節が変わって春になる。時間も気温も天気も空気も、何もかも体には馴染むのに…いくら注意してたって気がつかないくらい自然に静かに寄り添うみたいに俺の頭に体に馴染むくせに、どうしても…なァんかひとつしっくり来ないのは、一文字抜けた文書みたいに些細なそれがなくなっただけで全ての意味がなくなってしまったような…陳腐な表現『心に穴が開いてる』からなのか?

春になって、俺は高校を卒業した。



卒業式が終わる。って言っても朝学校に行くと机の上に卒業証書が置いてあって黒板に生徒の名前の書かれたでかい紙が貼ってあり『卒業できる生徒』には花の飾りが、『卒業できない生徒』には留年って書いてあるだけだ。判断基準は知らないが、俺も古市も留年は免れ無事に?卒業証書を受け取り晴れて高校卒業という事になった。

4月から俺は勤務地直行直帰可能な夜間警備員って一応社会人になる。ケンカの腕を買われて派遣会社に入った。地元だったら俺が警備してるって噂すればわざわざ挑んでくる奴いねぇだろって寸法らしい…そう上手くいくもんなのか?古市は2年に入って急に必死に勉強しだして無事にそこそこの大学に進学した。大学行って何するんだって聞いたら「ナンパっ!」って言われた。…ナンパのためにあそこまで勉強がんばれるやつが軟派ってのはちょっと矛盾を感じるが、歪み無い古市貴之だと思う。ああ、このドヤ顔ウザ市とも顔を合わせる事が今までよりずっとずっと減るんだなーって思うと、嬉しいようななんというか…とにかく違和感が残った。

ロマンチックにも帰り道には風に乗った桜の花びらが舞ってて、廃墟に置き忘れられたような卒業証書って無作法な『卒業』がまるで額に飾られた絵の様な美しい『卒業』に変わる。まだ日が高いうちに家に帰ると、家の前に見覚えの無い車が止まっていた。…だいたいうちには車はないし、このあたりの車なら色とか車種とかで覚えて居るはずだ。道のど真ん中に駐車なんてしやがって…しかも俺ん家の目の前に…蹴っ飛ばしてやろうか?


「おい、ちょっとそこの車」

邪魔だからどけろよって、言おうと思って運転席の窓を乱暴に叩く。がいんがいん見たいな変な鈍い音がするガラスには明るい所為で俺の顔が映っていた。ヴィーンと窓ガラスが内側から下げられる。それはまるで何かを出し惜しみするみたいにゆっくりゆっくりと下がった。全てが下がりきるまで、こっちを見ている運転手の顔がゆっくりとあらわになっていく様を俺は半端に口を開けてアホみたいな顔をして驚きに腰を抜かすのを必死に我慢して踏ん張って立って居ることしか出来なかった。

運転手の女が俺の顔を見てくすりと笑う。いやいやいや、何にも笑えませんけど…


「久しぶり、男鹿くん」
「…っいやだー!!!!」
「え?あ…お、男鹿くん?!」


何が嫌なのか自分でも分からない、とにかくなんかでかい声を出さなきゃあ俺のからだの中の心臓以外が動いてくれそうにも無かったからだ。みょうじに向かって叫んだ。見覚えの無い車に乗ったみょうじおなまえの顔面につばを撒き散らして叫んで、自分に気合を入れて、全力疾走で逃げた。走ったからじゃない汗が出る。全身に滲んだ汗がボタンを外してあるシャツが膨れ上がるたびににおった。頭ががんがん痛む、目がきーんってする…瞬きも忘れて乾きに悲鳴を上げた眼球を優しく涙が抱きしめる。顔が脈打つみたいに赤くなってるのが自分でも分かってその情けなさにさらに涙を誘われた。吐き出した熱い息が走り去るみたいに頬を撫でて消える。逃げ切れるわけが無い。向こうは車だ、俺が走ったところで逃げられるわけが無いんだ。それでも逃げずにはいられなかった。背後で不吉なエンジン音がする。

「男鹿くん!とまって、話があるの!」
「俺は、無いッ!!…早急に、立ち去れッ!!」

全力疾走させている足が痛い、振る手が痛い、髪も抜けそうなくらいに風を受けてて額の皮膚が伸びそうだ。急な疾走についてこられない体はもう走れないけど、止まれない。止まれない止まれない止まれない。

「おまっ、何しに…来たッ?!」
「だからそれを話そうと」
「要らんッ!!さっさと…かえ」

れ…

って

言いたかった。


ばこッ!!


すぐ背後でおかしな音と、背中を襲った激痛。倒れる寸前に視界に入ったのは見覚えの無い車。あいつ…轢きやがった、な…?!背中を巨人につまはじきされたように、前のめりに道路に叩きつけられる。顔面をこすって鼻血がでた。

「だから、とまってって言ったじゃん」

みょうじが車から降りてきて、道路に倒れこんだ俺をぽんぽんっと軽く子どもをあやすように叩いく。いや…だからって、轢くのは反則…。


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