旅行
受付のあるらしい母屋の正面に車は止められ、私と男鹿くんは、なんだか場違いな豪華さ荘厳さにあっけにとられ、ぼうっとあほの様に口をあけたままでいた。わらわらと、あちらこちらから現れた着物姿の仲居さん方が、私たちから荷物を奪い上着を奪い、封筒に入った宿泊予約券を取り出し、ねっとりとしたニヤニヤ笑いで「こちらへどうぞ」って恭しく私たち(今はちょうど二人で天井の高さに驚いてる)を案内してくれた。

「…なに、ここ」
「離れの山茶花の間でございますゥ」
「…おい、こんなすげぇ部屋、いいのかよ」
「先生様方は毎年このお部屋でお過ごしになられていますよ、静かで落ち着くと、お褒めいただいて下りますゥ」
「お礼のお土産、いくら位の買ってこう…」

豪華な母屋から、長い廊下を行って、屋内なのに小さな橋を渡って、また廊下を進んで、庭に出て、品の良い砂利道を山茶花に囲まれた細道を進んでいくと、少し小さいながら、ひっそりとした落ち着きのある建物がたたずんでいた。

「それでは、お食事はお部屋で。18時にはご用意に参りますので、それまでお風呂や、母屋の売店などでお過ごしになられる事をお勧めします。お風呂はこちらの案内に載っている通りにございます」

おしゃれな和紙でつくられた旅館の要項。無駄な写真がなくて、実にシンプルなそれを受け取ると、仲居さんは深々とお辞儀をして、部屋を出て行った。

「…なんだか、これは…あの、落ち着かないね?」
「スケキヨとか出てきそうだよな…」

荷物を抱きしめて部屋をうろうろ。テレビも置いてない。無駄な照明は無くって、本当に…昔の人の暮らし?みたいだ…。部屋は2つしかなくて、あとはおトイレ。外に繋がってるらしい障子を開くと、つぼみたいなお風呂がひとつ、なみなみとお湯をたたえて置いてあった。外なのに…!!す、すげぇ…!!これが、プライベート風呂…!!ぜ、ぜひ夜に男鹿くんと入ろう…!!っても、これじゃあ狭すぎるかな…?!男鹿くん大きいから、入らないだろうな…。って、なんか、男鹿くん大きいから入らないって、エロいな…。

「お、風呂は結構ちかいみてぇだな」

腰掛に収まった男鹿くんが、さっきの案内を見ながらこぼした。なんだかここだけ疎遠だから、温泉旅行に来たというよりはなんか、隠居?隠居生活を始めるみたいな…お尋ね者の暮らし?みたいな、ね。あ、でもなんだか、駆け落ちってスパイスを足すととっても切ない感じ?情熱的な感じ?がしていいねッ!!うん!!そういうのは、好きだッ!!ってかお風呂ッッ!!!!

「こっからすぐなの?」
「おう、そっちの出口からまっすぐ行くと脱衣所に続く道に出るってよ」
「なんだか、迷路だね」
「隔離されてる気分だよなァ」

座ってる男鹿くんの横に四つん這いになって、一緒に案内を見ていたけど、そんなことしてたって始まらない…!!さぁ!男鹿くん!!さぁさぁ!!一緒に混浴!!KON☆YOKU!!レッツ混浴トゥギャザーなうッ!!背中流しあいっことかしようよッ!!へいへいッ!!

「じゃあーそろそろッ!」
「別々な」
「混浴露天風呂ォー」
「俺は男湯、お前は女湯」
「…」
「…」
「……」
「…な、なんだよ」
「…」
「…なッ泣いたって、ダメだからな?!」
「…」
「…、…」
「…(ぽろっ)」
「…ッ!!あーもー!!分かったよッ!!はいりゃいいんだろ、はいりゃ!!」
「いやぁ、男鹿くんがどうしてもって言うんならねッ!!入ってやらないことも無いねッ!!」
「おーまーえーなー?!」


泣き脅されて、結局いっしょに風呂入ることになっちまった…。みょうじは化粧落としたり、なんだかんだと準備があるらしく俺が先に入ることに。…と、とりあえず…便所で一回おさめておこう…。

風呂場を確認してから、俺が先に部屋を出る。曇り始めた空が重たくて、本当に今にも雨が降り出しそうだ。旅館の下駄を履いて砂利道を歩いているが、母屋のほうを眺めてもあんまり宿泊客がいない様なのは良くわかって、なんとなく、活気がない。従業員はなんだかリラックスした様子で廊下を歩いているし、なんというか…とても落ち着いた空気だ…。嫌いじゃねぇけど、慣れない。

少し長めのトイレを済ませて、少し晴れた気持ちで脱衣所に入る。古き良き共同浴場って感じだ。籠があって、扇風機があって、マッサージ機があって…。って、観察してたってしょうがねぇ…。とりあえず、脱衣所は男女別らしい。みょうじと、混浴…。嬉しくないわけじゃないけど、楽しくは…無い。だ、だって…そ、そういう…あの、アレな展開になったら…風呂で、なんて…考えたって想像が追いつかなくって頭が真っ白になる。

がらり、風呂と俺を隔てていた一枚のガラス戸。開いて一歩踏み出せば、そこは露天混浴…お、ん…せ…、…



なんだ、これ…?

風呂に足を踏み入れたとたん、目の前に広がったのは絵に描いたような立派な露天風呂…だったわけだが…。サルの群れよろしく、そこには十何人かのおっさんがいて、何を期待したのか、まぁ…そりゃあ若い女か、女か…女を期待してんだろうけど…俺の姿を目にして、あからさまにがっかりした様子でうなだれた。いやいや、がっかりしてんじゃねぇよ!!え、あ、喜ばれても困るけど…!!ってか、こんなに客いたのか?!客少ねぇって、言ってたじゃねぇか…!!

「あのー、あんたらみんな宿泊客なのか?」
「いや、ここのお風呂は18時までなら、宿泊客じゃなくっても利用できるんだよ」
「いい湯だからね、みんなこうして入りにくるのさ」
「景色もいいし、料金も良心的だしなァ!」
「…混浴だしな、エロおやじどもめ」

都合のいい理由ばっかり並べやがる中年太りのエロおやじ達に吐き捨てると、恥ずかしそうに笑ったり、豪快に笑ったり、心外だ!という声が上がった。いやいや…おっさん方、そのいやらしい目つきがすべてを語ってるんっすよ…。…下らねぇなァ…男って…。いや、でも…この貪欲さこそが、今日の人類社会を築き上げてきたといっても過言ではないわけであって、無下にには出来な「男鹿くーん?」…ッ!!!!

ふたつあるすりガラスの扉の、俺が入ってきたのとは別の…つまり女の脱衣所に続く方…!!露天風呂を楽しんでいるていで、本当は腐りきっていたおやじ達の目がギラギラと輝きながら、そこを捕らえる。や、やばいッ…!!洗い場で湯をかぶったばかりだったが、飛び上がってみょうじめがけて走り出す。目の前で、少しだけ扉が開く。おやじどもの黄色い歓声が上がる。く、っそう!!あんなエロおやじどもに見られてたまるかッ!!

「みょうじッ!!」
「え、男鹿くッ、わぁッ!!!!」

濡れた床の所為で俺はすっ転んで、みょうじを抱き込んで脱衣所に突っ込む。脛を打って、膝を擦って、ひじをぶつけて散々だが足の指をフル活用して、光の速さで扉を閉める。向こうではおやじどものブーイングと歓声。ど、どうにか阻止できた…。

「お、男鹿くん…その、あんまり急がないで…?ちゃんと、してあげるから…」
「…え、…あッ!!なッ…!!こ、これは…!!違くて…違くてェエ!!!!」



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